出戻り勇者の失恋報告
ひろか
第1話
コイツは、なんで、こう、無防備なんだ……。
タンクトップに前を開けたままのパーカーからは片膝立ちで押しつぶされた、おっぱ……、膨らみがイヤでも目に入る。それに加えて見せびらかすかのような短パンからのむっちりした太もも! 溶けかけて胸にポタポタ垂れてるクチに咥えたままのミルクバー!
ほんと、コイツは無防備すぎる!
「おぉっしゃ! あたしの勝ちぃ!」
「あっ」
カートゲームになんて集中できやしない。
「チアキ、アイス垂れてるぞ」
「ん? あーホントだ」
タンクトップに手を突っ込んで胸に垂れたアイスを拭き取る姿が目の端に入る。
世良チアキ。オレの、好きな、ヤツ。
チアキとは幼馴染で同級生であり、保育園の時から一緒に過ごしてきた。
男同士のように同じことで遊んできたが、中学に入りセーラー服とポニーテールの姿を見て女の子なのだと、ホントいきなり意識するようになった。
だんだんと女の身体に変わっていく様子に、自分とは違うものだと気づき、接し方まで分からなくなった中学時代。なのに、チアキはなにも全く変わらずで、オレだけがポニーテルから露わになった白い頸や、見せびらかすような細い足にドキドキしていた。
今だって無防備に短パンで来て、白い太ももに心は落ち着かないでいた。
コイツはオレのこと、何もわかってない。
早くこんな関係を変えたい。
チアキは壁のカレンダーを見上げていた。チアキが見ているのは明日の、オレの十六歳の誕生日。
その日は金曜日。ナイスなことに父さんも母さんも飲み会でいない。二人きりで過ごしたい。
「な、なぁっ」
声が上ずってた、やばい、心臓がバクバクする。
ん? と顔を向けるチアキに思わず目をそらしてしまった。
「今年もケーキくれるんだよな?」
「うん、今年もケイの好きなチョコケーキにするよ」
料理が得意なチアキはお菓子作りも上手い。小学校低学年のころから、毎年贈られる誕生日ケーキはチアキの手作り。チアキと、ウチの親と一緒に祝ってくれてた誕生日。今年は父さんも母さんもいない。オレの誕生日だからと、日をずらして祝うかとまで言われたが、高校生にもなって家族と一緒とかもういいからと断った。チアキと一緒に過ごしたい。そんなオレの考えは親にはバレてるようだったが……。
「明日、父さんたち、会社の飲み会なんだって、母さんも。どう、する?」
ちがう、どうするじゃなくて、ふたりきりで誕生日を過ごしたいって言うところなのにっ
「じゃ、二人だけでお祝いしよっか」
「っ!」
おっしゃ! と、思わず拳を固めたよ。
「ケーキ、楽しみにしてて」
「お、おうっ」
そろそろ晩御飯だからと、立ち上がったチアキが振り返った。
「ねぇ……」
開いたクチから続きが出ないチアキ。
「あ、いやー」
何かを探すように斜め上を見上げるチアキ。悩んでいる時、考えごとをする時のクセだ。
「やっぱり明日、言うよ」
「お、おぅ……」
なんだよ? めっさ気になる。
隣に住むチアキを見送るのはうちの玄関までだが、ドアノブに手をかけたチアキの動きが止まった。
振り向いた顔は、見たことないくらい不安そうな顔で、
「あ、あのさ、……明日、待ってるから」
はっ!?
は? え? なにを? 何を待ってる? え? 待って、まさか、オレからの告白? もしかしてチアキも? オレをとか!?
食事中もその言葉の意味ばかり考えてた。米をボロボロこぼして、母さんには怒られ、布団の中でもなかなか寝付けずで、翌朝起きれなかった。
「ケイ! チアキちゃん待ってるよ!」
「今行くって、あっ」
鞄を掴んだ拍子にスマホが落ちた。
手を伸ばしたオレの足元が、なぜかライトアップされたように光りだした。
浮かび上がるのは円に複雑な模様の、ゲームによくある魔法陣のようで、光に飲み込まれる瞬間、目に入ったのはスマホの画面の“7:45”だった。
*
「ケイ、何してんの? 遅刻するでしょ!」
「え?」
扉を開けて入ってきたのは懐かしい母さんの顔。
「え? 母さん?」
「何言ってんの、チアキちゃん待ってるよ」
「は? え? 戻った? え、いつ!? 今日何日!?」
「はぁ? ケイあんた、何言っ「何日!?」ケイ?」
床に落ちているスマートフォンに表示されているのは、十六歳の誕生日の日付と7:45。
「戻った? 嘘だろ、本当に? 戻ってきたのかよ……、キーファ! セリスフィア! なんでっ!!」
「ケイ、あんた何言ってんの……」
「うあ、うわぁぁぁぁぁっ!! なんで、なんでっ!」
十六歳の誕生日のその日、オレは勇者として異世界に召喚され、再び戻ってきた。
あちらで過ごした二年間をなかったことにして。
共に戦った友の命を犠牲にして。
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