時のながれに

稲の音

第1話 時のながれに

 僕はやっと帰ってきた、誰も僕を知らない地球に。

そして今、第24宇宙空港の脇にある、小高い丘を登っている。


そこには、僕の愛した人の墓碑があるはずだから。


坂を上りながら、地球時間で約300年前の事を思い出していた。


地球時間で303年前。僕は、冷凍睡眠で人類初の太陽系外惑星を目指す、

通称アクエリアス・プロジェクトのメンバーを決めるための、

リブラカレッジの門をくぐった。


そこは、国連により全世界から、15歳から16歳までの希望者が募られ、

各種検査の結果、1000人の学生が入学を許された、夢のプロジェクト。

ー片道149年の宇宙の旅のためにー。


そこで、3年に渡り、座学・実技・工作・格闘の訓練がなされ、

卒業時までに100人に絞られ、卒業が即、他の太陽系のバビタブルゾーンにある、

ある惑星を目指す宇宙飛行士になるシステムだった。

何でも、遺伝子上、冷凍睡眠は、第一回目を、肉体年齢18歳から19歳時点で

行われることが、最もベストの状態を保てるからだそうだ。


 そのカレッジで、僕は、ラティスという、妖精のような美しい少女に出会った。

ラティスの黒い瞳、黒緑色に光る髪、躍動する姿、控えめな態度、

僕は一目で彼女に惹かれ、恋に落ちた。


許されているとは言い難い、他の惑星を目指す学生同士の恋。

しかし、彼女は僕の想いを受け入れてくれた。


ラティスは、全てのカリキュラムで最上位にいるような、別格の存在だった。

10人に1人しか、残る事のできない、厳しい毎日。

僕もラティスがいなかったら、助けがなかったら、早い機会に脱落していただろう。

ふたりで励ましあい、未来を語り合いながら、無事、卒業式直前のDNA審査まで

進むことができた。


しかしそこで予期しない事が起こった。

彼女が最後のDNA審査で不適格の結果をだされたのだ。

もし1年前なら何の問題もなく、適格者になっただろう。

だが1年の時間の経過は、DNA審査機器をバージョン16からバージョン17へ

レベルアップさせていた。


仮卒業者は120人。ここで宇宙船に乗るか乗らないかの、

最終意思の確認がある。

AIは計算で20人が、棄権すると弾き出していたらしい。


「アマト。絶対に行くべきだよ。」


ラティスはそうすすめてくれた。けど、僕には太陽系外惑星に行くより、

ラティスとの人生を送る選択肢の方が、もう大きくなっていたのだ。


「今はいいかもしれないけど、行かなきゃ、あとあと絶対に後悔するって。

私の方はだめだったけど、アマトは権利を勝ち取ったんだから。」


そう言うラティスの目に、涙が浮かんでいたのを、僕は昨日の事のように

覚えている。


最終意思決定の締め切り日。


その日、僕に何も言わず、ラティスは、退学していた、一通の手紙を残して。


『 愛するアマトへ


  きのう、アクエリアス・プロジェクトを棄権して、私との人生を選びたいと

 言ってくれたあなたの想いは、ひとりの女性として、本当に嬉しかったわ。


 あなたと過ごした学園での3年間は、まさにバラ色の時間だった。

 あなたは、自虐的に私に、おんぶにだっこなんて言う事もあったけど、

 むしろ支えられていたのは、私のほう。

 こんなに、ひとりの人を好きになるなんて、国を出た時のわたしは

 想像もしていなかったわ。


 けど、ダメなの、宇宙へ行って。じゃないと、あなたはきっと後悔する。

 なぜ、わかるかって、わかるわ。

 私はあなたのすべてを愛したのよ。 

 その情けないところも、やさしいところも。


 これだけは約束して、絶対に地球に帰ってくるって。

 その時は、地球の大地と一緒になってると思うけど、

 おかえりなさいと私の想いだけは、あなたに届けるから。


                         あなたのラティスより。』

   



 

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