第13話 愚かな、ところ

 冒険者依頼所の入り口が見える建物の陰から、俺達は顔を出した。


 辺りに俺達の存在がバレないように、顔の上半分だけを建物の角から見せる。まだ、依頼所に出入りする冒険者はそう多くないみたいだ。……当然か。午後二時を過ぎる手前なんて、新しい依頼がまだ貼られていないから、一番ガラガラな時間だ。


 天気が良い。こんな日はのんびり遊びにでも出かけたくなるが、それでも数名の無骨な鎧を纏った冒険者が、依頼所の前で座って談笑していたりする。


 ここは、そういう場所だ。


「……あの様子だとまだ、依頼は貼られていないな」


 俺がそう言うと、レオが同じように建物の角から顔だけを覗かせて、言った。


「ラッツの変な作戦が有効だと良いんだが」


「変とはなんだ変とは」


 メノアが同じく顔を覗かせて、通りを見る。


「主よ。あそこに座っている数名の冒険者は何なのだろうか?」


「多分、依頼待ちじゃないかな? 冒険者依頼所の依頼って基本、先着順だからさ」


「なるほど……」


 だからこの作戦が有効になるというものだが。今度はフルリュが角からフードごと顔を出す。……建物の角から、縦に並ぶ顔が四つ。発見されたらただ、変な集団である。


「こうして見ると、皆さん犯人のように見えてきました……」


 まあ、格好が似たり寄ったりだからな。


 冒険者は名前が売れなければ仕事にならないから派手な装備が多い。基本的に、一人二人なら目立つものだ。でも、街の中を堂々と武装して歩く人間なんて冒険者くらいだから、それが集まっていれば結局、みんな似たように見えるというわけだ。


 ふと、フルリュは俺の姿を見た。


「……」


「何?」


 今度は、剣士の姿をしたレオを見る。


「……ラッツさんって、あんまり冒険者っぽくない格好ですよね」


「そうか? すごく冒険者っぽくないか?」


「えっ……で、でも、着てるのはジャケットだし、ゴーグルだし……」


「違う、よく考えてみろフルリュ。鎧を着ていないと冒険者じゃないのか? あんなもの着ていたら動きにくいし、攻撃も避けられないだろ。かえって喰らう攻撃が増えそうじゃないか?」


「う、うーん? 確かに、言われてみれば……」


 メノアがちらりと、俺を見て言った。


「主は、金が無いだけだろ?」


「そうだな」


「ええっ!? じゃあなんで言い訳したんですか!!」


 フルリュが多少憤慨して、俺に抗議した。俺は胸を張って、フルリュに言う。


「言い訳したんじゃない。マイナスをプラスに言い換えただけだ」


「……ラッツさんって、なんだかひょうひょうとしてますよね。あまり人目を気にしない、というか」


「ふっ。人目を気にしたら絶望的な評価しか貰えないからな」


「ラッツさん……」


 フルリュからかわいそうな目で見られてしまった。


 これは石を投げられ続けてきた俺が前を向くために、長年訓練して鍛えた上っ面なのだ。そう簡単に変えられるものでもない。


「ラッツさんの魅力は、分かる人にしか分かりませんわ」


 ふと、背後から腕を取られた。さあ、と鳥肌が立っていくのが分かる。


 普通、女の子に腕を抱かれたら嬉しいはずなのに。この恐怖はなんだろうか。


 フィーナも大概プロポーションは良く、脚はすらりとしていて胸は大きく、腰はすっきりくびれているのが服の上からでも分かる。顔だって、どう考えても美人なんだが。不思議なものだ。


「将来、お金を稼いでわたくしに沢山払ってくれるんですもの。ね?」


「……さあ、そんな約束をした覚えはないが」


「お見積り、後で見ておいてくださいね」


「注文前提の見積りか?」


「そうとも言いますわね」


 くそ。書面にして来る予定だ。これじゃあ逆らえない。


 フルリュが苦笑して、フィーナの様子を見ていた。


「フィーナさんは、本当にラッツさんが大好きなんですね」


「ええ。あなたもきっと、ラッツさんの魅力に気付く時が来ますわ」


「あはは。ちなみに、どこを好きになったんでしょうか」


 おお、良い質問だぞフルリュ。どうせ俺の事なんて金づる位にしか考えていないだろうに。こいつの仮面を剥がしてしまえ。


 フィーナは頬を染めて、ニヤけた顔を隠しもせずに言った。




「…………愚かな、ところ」




 ひいいいいいいぃぃぃ!!


 逃げよう。なるべく早い段階で、こいつからは逃げよう。命の危険を感じる。


 ……ん? フィーナの服が変わっている。出会った時のような祭服ではなく、薄黄色のリボンが付いたワンピースを着て、帽子も被っている。メイクもしているのか。


 どちらかと言えば、町娘風だ。こんな感じの娘をセントラル・シティでもよく見る。


 そして、普段は青い眼をしているのに、今日は赤色になっている。メノアが驚いて、フィーナの目を見て言った。


「フィーナ殿、その目は?」


「うふふ。お化粧、ですわ」


 魔法を使ったお化粧だろうな。きっと。


「……あ!! 依頼が貼られたみたいだぞ。冒険者が入って行く!!」


 レオが変化を発見して、声を掛けた。フィーナは俺の腕を離して、身なりを整えた。


 いよいよ、始まりだ。素直に相手が見付かってくれると良いんだが。


「さあ、いざ参りましょう!! みなさんは、離れて見ていてくださいまし」


「お、おう。任せて大丈夫か?」


 フィーナが女神のような笑顔を。……貼り付けていた。


「造作もありませんわ」


 怖えよ……。




 ◆




 ひとまず冒険者依頼所に入って、俺達はそれぞれ椅子に座った。壁に大きく設置された掲示板の近くに、わらわらと冒険者が集まって来る。


 ここは、臨時でパーティを組む時などにも使われるカフェテリアのスペースだ。夜はバーにもなっている。


「待たせたな。コーヒーを買ってきたぞ」


 メノアが人数分のコーヒーを持って、俺達の所に戻って来る。寒い俺の懐に、またもフルリュが貢献してくれた。正直、成り行きとはいえこいつには感謝しかない。


 じっくりと、様子を窺う。フィーナは少し離れた場所で座り、同じように掲示板を眺めていた。


 一応、スーツで現れた俺の妻という設定である。


「……ラッツよう。本当に、あいつがやるのか」


 レオが不安そうな声音で、そうぼやいた。


「仕方ないだろ。お前だって賛成してたじゃねーか」


「あの状況だぞ。……あいつ本当、聖職者にあるまじき腹黒さだよな。アカデミーの時も先生脅して単位貰ってたって噂だし、あれでよく信徒が務まるもんだ」


「それは俺もマジでそう思う」


 見た目は清楚で、ぴったりなんだけどな。見た目だけは。


 フィーナは微笑を浮かべて、静かに席に座っている。その姿は、冒険者依頼所には相応しくない。稀に、こういった一般人が依頼所に訪れる事がある。依頼を受け取った冒険者にすぐ会うため、待っているセレブが居たりもするのだ。


「あれ? ラッツ? ……と、レオ? 何、やっぱりあんた達、仲良いんじゃない」


 そう言われて、俺は振り返った。見ると、桃色の髪をポニーテールにした、オーバーオールの娘が……げっ。ゴリ……チークだ。


 相変わらず腰骨が見える程オーバーオールの横が開いていて、横から見るとローライズジーンズのように見える。ごろごろと、大きなカートを転がしていた。商人御用達のアイテムカートだ。


 レオが驚いて、チークに言った。


「チーク? 久しいな」


「レオ。相変わらず、モテなさそうな顔してるわね」


「失礼な!! 男気溢れるだろ!!」


 見た目だけはな。


 しかし、あまり大きな声で話されるとまずい。俺は人差し指をチークに向かって立てて、椅子に座るよう促した。


 チークはまったく意味を理解していなかったが、合わせてくれたようで、俺の隣に座った。


「依頼所に収集品でも売りに来たか?」


「そうよ、これでも商人の端くれだからね。良い値段で手に入れたパペミントがあったから……何なのこれ。何ごっこ?」


「強いて言うなら、探偵ごっこだな」


 ごっこのつもりは毛頭ないが。


 チークが何か言いかけたが、俺は手でその口を塞いだ。フィーナが立ち上がり、歩いて行く。俺の書いた依頼を手に取った奴が現れたのだ。


 依頼を取ったのは……いや、待て。あれは、ダンド・フォードギア……!?


 チークが俺の手を掴んだ。


「ちょっと、やめてよ……!! どうしたのよ!?」


「しーっ。悪いが、俺達は今忙しい。黙ってここに座ってるか、それとも用事を済ませて帰るか、どっちかにしてくれ」


「むっ……何よ、私だけ仲間はずれにする気?」


「別に仲間じゃねえだろ。笑い話じゃ済まねえぞ。悪いことは言わないから帰っとけ」


 チークは頬を膨らませて、腕と足を組んで背もたれに体重を預けた。


「武器貸してあげたでしょ。変な事してたら私も疑われるのよ。話しなさいよ」


 帰らないつもりか。何の関係もないくせに……。まあ、黙って座ってるだけなら居てもいいや。


 俺はダンド・フォードギアとフィーナから目を離さないよう注意しながら、チークに言った。


「分かった、分かった。後でな。良いから今は黙ってろ」


「分かったわよ。もう、態度悪いわね」


 怪しまれたら次の作戦は考えてないんだよ。ずっと動き辛くなってしまう。


 ダンド・フォードギアが依頼の紙切れを手に、受付嬢と何か話している。冒険者たちの話し声のせいで、何を話しているのかはここまで届かない……が、フィーナが遅れてダンドの所に行った。何かを話している……どうやら、怪しまれてはいないようだ。


 ダンドは剣、他の仲間は弓と、素手の筋肉ダルマ。メノアの推測した人物像と一致する。どうやら、ダンド・フォードギアで間違いないようだ。


 メノアが俺の服をつまんで、ちょいちょいと引っ張った。


「……主よ。彼は確か」


「ああ、レオの上司だ。どうやら、そういう事らしいな」


 レオは絶句していた。よもや、自分とこのボスがハーピィ捕獲の犯人だとは、夢にも思わなかっただろう。


 おっと。フィーナはダンド一行をカフェスペースの方へ誘導するようだ。この場合、何も喋らないというのもまずいな。


「あー、そういやあチークは、もう収集品は売り終わったのか? カート、そんなにモノ多くないよな」


 面食らって、チークが小声で俺の耳に囁いた。


「えっ……何よ急に、喋るなって言ったり話し掛けたり」


「今は喋る時なんだよ。話を合わせてくれ」


 咄嗟に、チークは考える。どう喋って良いものかと思っているんだろう。


「あーうん、冒険に出た訳では無いんだけどね。師匠が収集品を取って来たから、代わりに売ってきてくれって」


「そうか。てことは、暫く暇なのか?」


「別に暇じゃないけど、今日はお客さんも少ないから。少し時間に余裕はあるわよ」


 話していると、ダンドとフィーナが俺達の取り囲んでいる机のすぐ横を通り過ぎて行く。


 フィーナが、後ろ手に人差し指と親指で、丸マークを作っていく。どうやら、作戦は成功らしい。


「実はさあ、あんまりこんな事は言いたくないんだけど」


「何。剣でも折った?」


「……よく分かるな?」


「折らないでくれって頼んだ所で、剣の一本や二本折って帰って来る事くらい予想済みよ」


「ごめん。色々あってさ」


「貸して。直しておいてあげる。これ、代わりのやつ」


 チークがカートから、長剣を取り出して俺に渡した。……あれ?


「随分、用意がいいもんだな?」


「何本か持ってたから、それだけよ」


「……ありがとう、助かる」


「あんたが私の武器を使ってるって思ったら、心配でしょ。それだけ!!」


 ふと、メノアが俺とチークの会話を聞いて、口を挟んだ。


「収集品を売りに来たのだろう? カートに剣が入っているのは邪魔なだけなのでは?」


 すると、チークはみるみるうちに真っ赤になって、机をバンバンと叩いた。


「もしラッツが戻って来てたら、ここに居るかと思ったのよ!! 別に他意はないから!!」


「お、おお……そうか……。何故怒る……?」


 そんな会話を聞きながら、俺はフィーナのいる座席の方に意識を集中した。


 レオは……もう、冒険者依頼所を出て行ったようだ。発見されたら気まずいだろうし、仕方ない。チークが来たのを見て、フルリュもそれとなく出て行ったか……まあ、安全な所にいてくれればいいや。


 相手がダンド・フォードギアとあっては、無理にレオを巻き込む訳にも行かなくなってしまった。


 しかし……治安保護隊が魔物をセントラル・シティで拉致するなんて、ただ事じゃないぞ。


「……そうなんですか?」


 ダンドがフィーナに、丁寧な言葉で問いかけた。レオの時とはえらい違いだ。


「ええ、どこにいるかまでは特定できていないんです。ただ、これがセントラル・シティの周囲に落ちていたもので……」


「一体、どこに?」


「それが、田舎から出てきたもので、はっきり覚えていないんです。ごめんなさい」


 ダンドは落ち着いた風を装っていたが、言葉が走っている。フィーナの報告を意識せずにはいられないのだろう。


 ……どうやら、上手く行っているみたいだな。


 どうでもいいけど、フィーナの口調が『ですわ』じゃない。


「そうですか。とにかく、セントラル・シティの周囲なんですね?」


「拾ったものはこれだけですが、周囲に何枚かありました。わたくしも図鑑などで見たことがあるのですが、それよりも少し小さいですわね」


 本当にどうでもいいんだけど、微妙に『ですわ』が隠し切れていない。


 フィーナは無垢な表情で、フルリュから引き抜いた羽根を見ながら言った。


 あえて、小さいものをチョイスしてもらったのだ。


「……子供のものかも」


 奴等が慌てて、立ち上がった。


「分かりました。貴重な情報をありがとうございます。あとは、我々にお任せください」


 本当に、フィーナの言った通りになったか。依頼所に入る前、フィーナが言っていた。


『妹なのでしょう? ハーピィの羽根を見せられてとっさに考えるのは、姉がこの辺りをうろついている可能性と、もう一つあるのではなくて?』


 そうだ。確かに言われてみれば、どれだけ妹の警備をしたって、小さな羽根をちらつかせられたら、依頼所に来る人間は絶対に不安になる。


『わたくし達は、嘘を付く必要なんてないのですわ。……相手の方からご勝手に、ご自分で掘った墓穴にご自分で落ちてくださるのです』


 あとは、俺達がダンドの跡を付ければいい、というわけだ。


 ……しかしフィーナ、なんて奴だ。絶対に敵には回したくない。

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