【新訳】超・初心者(スーパービギナー)の手引き - 全職業スキルレベル1のままで最強を目指す男 -

ヨーキなくらげ

第一章 初心者でもできる! 平和の象徴の壊し方

第1話 ちょっと待て落ち着いて状況を整理しよう

「やっちまった……」




 アカデミーの卒業証書を握り締めて、俺は身も心もすっからかんになって、虚空を見詰めた。


 見上げれば、雲ひとつない青空が視界いっぱいに広がる。何もなくて、間抜けで……まるで、今の俺のようだ。


 何も知らない通行人が、放心している俺を一瞥して、そして去っていく。


 何かの間違いだろうか?


 俺は、アカデミーの卒業証書を見た――冒険者養成所、『ライジングサン・アカデミー』の卒業証書だ。


 何度見ても、変わらない。俺は今日、アカデミーを卒業した。


 いや。この場合、卒業『してしまった』と表現した方が、いくらか正しいかもしれない。


 よくある話じゃないか? 学校を出たら、やっぱり仕事先を探す。冒険者を目指している俺にとって、その就職先とはつまり、ギルドのことだ。


 そして俺は、ついに今日までどこのギルドにも所属できないままに、卒業を迎えてしまった。そういうことだ。


 今、俺はまさにNEET……『プー太郎』の道を歩んでいる。


 何故? 一体、何がいけなかったのか。


 こんなはずじゃなかった。だって、ライジングサン・アカデミーといえば、冒険者きっての名門養成所でエリートの集まる場所だ。


 そもそも人によっては養成所なんかに行かなくても冒険者をやっていたりするのだから、学校上がりの俺は即戦力として期待されていたはず。


 色々な勉強をした。スキルも身につけた。


 体術。剣術。弓。魔法。戦闘技術だけに留まらず、商業。経済。経営。法律。


 しかもこの状況で、リクルート。どこにでも通用する、どこにでも行ける、そう言われている立場の人間じゃあないだろうか。




 なのに、何故。




 俺は、ギルドの就職面接を思い出した。


『まずはあなたの長所について話してください』


『ダンシングバードの卵を……こう、割らないように、倒れないように、床に立てて……ドミノを作るというのを三年続けてたんで、それが一番長い所だと思います』


『えっ? いや、長所っていうのはこの場合、得意な事って意味で……』




 一体、どこで何を間違えたというのだ。




 ぶっちゃけ言えば、模試も技術試験もかなりギリギリではあった。ギリギリではあったが、それでも合格していた。だから、スキルについて問題があったとは考えにくいと思う。


 でも何故か、面接までいくと必ず落ちるのだ。


 ふっ、いやいや待て考え直せ俺。そんなバカな。よほどアホな面接官でもない限り、俺が面接で落ちるって事はないだろう。


 今思い返しても、俺は面接、かなりまともな受け答えができていたと思う。


『では、苦手な事はなんですか?』


『コーヒーですね。ほら、打合せとかでよく出るじゃないですか、コーヒー。でも克服しましたよ。今では飲めますね』


『……なるほど。……コーヒー、ですか』


『ブレンドでもエスプレッソでも、なんでもいけますよ。カフェオレなんかで誤魔化したりしません――男は、ブラック』


 俺の見立てでは、誰がどう見ても『超が付くほど使える、優秀な男』に見られていたはずだ。


 今思えば、コーヒーが一番高いハードルだった。なんかめっちゃ苦くないアレ? なんなの?


『……はい。次の質問行きますね』


 そういや、面接官が人差し指でテーブルを何度も叩いていたが。


 あれには一体、どういう意味があったんだろう。


 自分をより大きく見せるために、面接のイメージテストを何度も行った。絶対に、間違いはない……はずだ。


 本屋で買った面接対策本にも、ちゃんと『自分の短所を聞かれた時は、それを長所に言い換えられるような回答をしましょう』って書いてあったし!


『もし、あなたの部下が失敗したらどうしますか?』


 俺は少し考えて、口を開いた。


『慰めますかね』


『ほう。して、どのように?』


『気にするなよ。失敗は成功の母って言うだろ。成功ってのは失敗の赤ちゃんなんだよ。みんな母乳吸って大きくなってるってこと。つまり、大事なのは――おっぱい』


『結論!!』


 面接官は、机の形が変わる勢いでテーブルを殴っていた。


 俺の懐の深さに感動したに違いない。


 きっと、頭の良さも伝わったはずだ。


 あの時確かに、俺は面接が最高の形で通ったという、確信を得た。


『最後に、一分程度であなたの思うアピールをしてください』


『田舎から出てきたんで、正直右も左も分からない所がありますけど、PDCAは得意なんで!! ……あ、DDACDでしたね。ドゥドゥアクションチェック――ドゥッ』


『いやお前どんだけドゥしてんっ!! えっふん!! くっそ……はい。ありがとうございました』




 何故だ――――…………。




 俺は地面に膝をついて、頭を抱えた。お気に入りのゴーグルが、額から垂れ下がった。




 いや。待てよ。


 そもそも、問題は面接じゃなったのかもしれない。もしかして、タイミングか?


 まさか――……皆が就職戦争している中、バイト代を使ってリゾートビーチに遊びに行っていたのがいけなかったのか?


 後じゃなくて、先に行かないといけなかった……?




 いや、だって!!




 ヒーローは『遅れて来る』って言うじゃんか!!




 何度考えたって、答えなんか出るわけがない。


 俺は完全に綿密で最高な計画を練って……練ったつもりで、負けた。


 きっと、今の俺には理解できない何かが間違っていたのだろう。


 アカデミーが増え、ダンジョンが増え、一部では冒険者革命到来とも呼ばれているこの時代に、どこにも雇って貰えず、金は少なく、コネはない。






 これから、どうしよう……。


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