最後の放送
ZAP ……ZAP
おはようございます。
ちょっと早い時間から始めてしまいましたけれども。
ハローハロー世界、誰か聴いている人はいますか?
ついにこのしょうもない放送も最終回。最後の最後、最後まで聴いてくれたお友達はいるのかな? お友達って言いかた、良いよねぇ。大きいお友達、小さなお友達。お金が絡むお友達、お友達のお友達、やらせてくれるお友達。全員引っ括めてぼくたち・わたしたちはお友達なんだよなあ。おっと、最終回だからって、最初から飛ばして良い事言おうとしなくても、いいよねぇ。メンゴメンゴ。
このマニアックなラジオは、将棋の棋譜を読み上げるっていうだけの始まりで、最初は誰も聴いて無かったんだよね。そりゃそうだ。僕個人でやってるラジオ局だからね、延々と、何を喋る訳でもなく、ただ単に棋譜を読み上げる何て奇妙な番組にリスナーなんてつく訳がなかったんだ。
そもそもの始まりは、神保町の古本屋でね。僕はそこに、初版本を求めていつも通っていた。初版本だったら何でもって訳じゃないんだけど、その、明治とか大正あたりに発行された本で、出来れば美品であればありがたい。誰かのファンって訳じゃないよ? 本が好き、それも初版本で、明治・大正あたりのっていう、いささか変わった趣味を持ってたんだ。自分で変わった、とか言っちゃうあたりが痛々しいのだけどね。風変わりな趣味だと、自分でも思うよ。
ある時、分厚い和紙が店の端っこに積み上げられているのを見つけてね。店主に聞いたら「棋譜だ」って言うんだよ。将棋の。いつ頃のかって聞いたら、「江戸時代」って。江戸時代だよ? ちょっと想像付かないよね。店主が言うには、都内の豪邸に古書の買い付けに行ったら、まあその豪邸に住んで死んだ人も相当風変わりだったらしいんだけど、山程資産的価値のある本や食器を抱えていたらしくてね。娘さんとしても、最初は保存しておきたかったらしいのだけど、如何ともし難く、全部手放すことに決めたらしいんだ。そんで、本を一山二束三文でたんまり引き取って、じゃあって言って帰ろうとしたら「これも持っていけ」ってな風に押し付けられたのがこの棋譜って訳ですよ。ですよって言われても、ねぇ。
なんかさ、そう聞いたら俄然興味が出ちゃってね。
嘘みたいな値段で良いっていうから、つい買っちゃったんだよその棋譜を。単なるゴミだよね、普通に。俺、将棋、やらないし。棋譜、ゆうても。知らんがなって言うさ、そういうスタンスだった。
でもさ、家に帰って、パラパラっとめくってみたら、墨汁で延々と、誰それがこう打って、次こうなって、っていうのが馬鹿丁寧に書いてあるのさ。それ読んでたら、何か不思議な気分になっちゃってね。
江戸時代と言ったら、もちろん電気もない。病気に掛かったらだいたい死んじゃうし、平均寿命だって今よりずっと若かった。娯楽だってほとんど無かっただろうよ。しょっちゅう火事が起きて、燃えて、建て直して、燃やして。誰も「火事が起きるからコンクリート製にしようぜ」とか言わなかった。まあ、そんな技術もなかったんだろうけど。
そんなところで、きっと昼だよ。夜は油代が掛かるからね。
どこかの軒下で、暇を持て余した野郎どもが将棋を打ってたんだ。そう思うだけで、風流じゃないか?
でも僕がもっと、いいなって思ったのは、その将棋の棋譜を採っている人がいるって事なんだ。ああでもない、こうでもないって、将棋を打ってる人は考えながら、まあ楽しみながら打つ訳だろう? それをいちいち、感想を挟むでもなく、五手五二金とか、延々と書き連ねている人が居たってことだよね。僕はそういう人の事が好きなんだ。
生きていると、記録をとっておきたくなる。
今、僕は呼吸をしているけれど、これは人生で何回めの呼吸なんだろう?って、そう思った事はないかな? 有名なやつだと、今まで食べた食パンの枚数だとかね。右足で階段を登り始めた回数だとか、左手でドアノブを回した回数。みんな覚えてるかな? 覚えてる訳、ないよね。だって、そんなの必要ないんだもの。猫を何度撫でたか、犬に何度吠えられたか。そんな記録なんて、全くの無意味だ。
でも、僕が読んだ棋譜を書いた人は
「これは絶対、将来役に立つ」
って思って書いていたと思うんだよね。当時、筆も墨も高価なものだったんじゃないかな。それで一生懸命、どこの誰かも分からない将棋の棋譜を書き続けたんだ。それが百年くらい? もっとか、時を経て、神保町の古本屋に並び、僕が買うと。そういう流れって、素敵じゃない?
そうしたら何だか、その良さを誰かに伝えたくなってしまって。誰かが書いた棋譜を、ラジオで流したくなってしまったんだ。それが、最初のこのラジオの始まり。このユビキタス革命とも呼ばれるインターネットの普及で、メールアドレスを公開したら、何だか全然関係のないメールがチラホラと、やってくるようになったんだけれど。いつのまに俺、こんなにベラベラと喋るばっかりの番組になっちゃったんだろうね。誰か聞いてる? ヤッホー?
そんな訳で、今日で最後。もう君たちと会う事もないでしょう。最後に言いたい事があるとすれば、そうだな。
あ、今、朝日が昇ったよ。
いや、嘘じゃないって。
本当に、今、目の前で水平線から、キラって雲の間から、新しい太陽が昇ったんだ。すごいぞ……本当に綺麗だ……。
みんなに見せてあげたい。
あ、思い付いた。
最後に贈りたい。
新しい日!
それじゃあな。
みんな、元気に暮らせよ。
(OFF)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます