おはよう

 二人はたらふく餃子を食べ、白いバンに戻った。

 どこか公園の脇に駐車し、注文されたDVDを焼きつつ寝袋で惰眠を貪る。明日もたくさん走って、たくさんDVDを売らなくてはならない。


 ◆


 佐田は車の異様な揺れで目を覚ました。

 既に車内は窓から入ってくる朝の光で明るくなっている。

 ドスン、ドスン、と車が揺れる。


「おはようございます!」


 ドスン


「おはようございます!」


 ドスン


 という具合に。

 どうやら外から蹴られているようだった。


「ななな、なんだ?」


 佐田が慌ててスライド式のドアを開ける。


「おはようございます! ヤクザです!!」


 タコみたいな顔をした、頭髪をツルツルに剃り上げた男が大声で挨拶した。隣には昨日の店の黒服らしき男が、お揃いの黒いロングコートを着て立っている。タコみたいな男は小さな体躯であったが、黒服はずいぶん良いガタイをしていた。蹴っていたのはこのガタイが良い方だ。四角い顔をして、四角いサングラスを掛けている。表情はない。


「おは、ようございます?」


 佐田はぼんやりした頭のまま挨拶をすると、未だ惰眠を貪っている拓を揺り起した。


「おい、起きろ。なんか、面倒くさい事が起きそうだ」


 拓は寝袋のままモソモソと上半身を起こした。


「先日は当店のご利用、ありがとうございました!」


 タコの方が90度の見事なお辞儀をして見せた。声が大きい。隣の黒服は、直立不動のままだ。タコが見事なお辞儀を10秒続けた後、動いた。


「テメェこの野郎! 俺が頭下げてんのに、何故お前は立ったままなんだこの野郎!」


 黒服との身長差は30cmといったところだろうか。黒服との体躯の違いはほぼ大人と子供の違いに近いが、立場はタコの方が上らしい。黒服の腹にパンチを入れたり、尻を蹴っ飛ばしたり、ローキックを入れたりする。


「頭下げろこの野郎!」


 タコが黒服をボコボコにする。黒服は無抵抗だ。時折苦痛に顔を歪ませながら、基本ノーガードでタコのパンチやキックを受けている。それはエスカレートしていくばかりだ。 ──ついに黒服が片膝をついた。タコはその背中にキックを容赦なく入れていく。


「ちょっと、すみませんやめて下さい」


 なす術も無く、車内から暴行を見守るだけの佐田。

 一瞬暴行をやめ、じっと佐田を見て、また再開するタコ。


「おらぁ! お前のせいで素人さんに『やめろ』言われちまっただろうがあ! 恥ずかしくないんかコラァー!」


「いやいや本当にやめてください、ほら」


 佐田がつっかけを履いて、二人の間に入ってやめさせようとした。


「昨日あなたがチェンジ希望した女子ー!」


 ようやく暴力を振るう事をやめたタコ頭が大声を出した。


「ものすごく身体がボロボロになってましたけどー!」


「はぁ?」


 佐田が驚いた。


「いや、昨日? あのジャバザハットとは何もしないで、ただ単に俺、隣で寝てただけだけど……?」


「SMプレイとかー! 別の料金でやってくれないと困るんですよねぇ! うちの嬢、しばらく使えなくなっちゃうからー!」


 佐田は知らなかったが、嬢は佐田が帰った後、ジャバザハット呼ばわりされた事に腹を立て、自らの身体に濡れたタオルを叩きつけ、ミミズ腫れを大量につけた。そして黒服とタコが待機する部屋に泣きながら倒れこみ、「あの客にやられた、許せない」と一芝居打ったのだ。それを受けてタコと黒服は昨晩二人を尾行し、寝床まで確認しておいたのだった。


「いや、何もしてないっすよ。本当に、ジャバザハットには興味がないんで」


「ジャバザハット、ジャバザハットって、あなた嬢に大変失礼じゃないですかぁー!?」


 タコがブチギレた。

 ジャバザハットはタコのオキニなのだ。

 宇宙外生物同士、何か通じるものがあったのかも知れない。


「訂正してくださぁい!」


「いやぁ、その……」


 佐田は思わず苦笑してしまった。

 ジャバザハットはジャバザハットだ。タコの勢いで、佐田はタコがジャバザハットが好きな事が分かってしまったのだ。似合いすぎる。


「何笑ってんだコルアァーーッ!!!」


 そうタコは大声で叫ぶと、佐田ではなく隣の黒服に最大級のひと蹴りをかました。


「事務所まで来い!」


「え、何ですか?」


「事務所まで来い!」


「嫌です」


 黒服はすっくと立ち直ると、佐田の正面に立った。

 佐田も悪くは無い体格だったが、黒服は壁のように大きく、筋肉質だった。


「ぐ」


 気が付くと、佐田のみぞおちに黒服の拳がめり込んだ。

 声も出せず跪いた佐田を、黒服はあっという間に後ろ手で縛ってしまった。


 そのまま白バンに佐田を詰めると、黒服は白バンの運転席に座り、車を発進させた。タコが乗った黒いマークIIがバンについて行く。


 拓はまた眠ったままでいる。


「拓! おい起きろお前!」


 佐田はゴホゴホと時々咳き込みながら、拓を大声で起こそうとしたが、拓は深く眠り込んだままだ。


 こうして、二人は軽く拉致されてしまったのだった。













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