恋はどこを向いているの?

一色 サラ

 店内に、ジャズの音楽が、時の流れを緩やかに、包み込むように流れていた。13時の待ち合わせだったのに、時計の針は13時半を差せている。やっぱり、大学からの友人である久実は時間通りに現れることはなかった。『遅れています』というメッセージが、スマートフォンの画面に表示されている。だから、いつも、楓は待ち合わせ場をこのカフェにしている。ソファ席で、久実が来るまで、ゆっくりとマンガ本を読みながら、待つのが、楓のお決まりだ。


「いらっしゃいませ」と店員の声が聞こえてきた。

「ごめん、遅くなった」

楓に詫びを入れて、目の前にある一人がけのソファに腰を下ろした。

「なんかあった?目が腫れてるけど。」

「彼氏と別れた」

「そうなんだ」

「大丈夫。楓には、関係ない話だから」

そう言って、何かあったかを楓に話すことはなった。彼氏と別れた詳しいことを一切話すつもりなどない様子だった。楓は26年間、彼氏がいなかったけど、マンガで培った恋愛話には自信があった。


「何のマンガを読んでたの?」

「主人公の女の子がツンデレ彼氏に振り回される話だよ?」

「それもいいけど、現実の恋愛にも向き合ったら」

「そうだけど…」

 マンガの世界でも、十分幸せだった。久実は、大学の頃か彼氏を切らしたことがなかった。男性が参加している飲み会に行っているようだが、楓が誘われたことは、一度もなかった。

 出会いがないのも事実だ。どうやったら、出会いがあるのかを知りたい。仕事場でも、男性は居るが、既婚者しかいないし、しかも、おじさんばっかりだ。


「じゃあ、少し痩せたら」

「私、太ってないよ」

「体重、何㎏だっけ?」

「80㎏くらいからな」

「身長は?」

「156m」

「それで、本当に太ってないって思えるのがすごいわ」

「私は中身を見てくれる人がいいから、外見にはこだわってないのよ」

「だったらいいけど。楓って優しいけど、恋愛に対応して、世間知らずだよね」

「世間知らずって?」

「えっとね…」久実が、何か言い出すところで、「失礼します。カフェラテになります」男性の店員が笑顔で、2人を交互に見る。「私です」久実が言うと、「お待たせしました」テーブルに置いて、満面の笑顔で「ごゆっくりと、お過ごしください」と言って、回れ右をして立ち去った。

 久実は楓の返答を忘れたかのように、カフェラテに手が伸びていた。


久実が言葉を詰まらせるように、

「今野さん、結婚したみたいよ」

「そうなんだ。」

「あんなに良い人って、そんなに世の中にいないわよ。」

「じゃあ、久実が付き合えばよかったんじゃない」

「そうだね。一度、告白したけど、フラれた」

絶句した。今野は、大学で同じゼミ仲間だった。何度か告白されて、断り続けたのが楓だった。


「楓、そうやって、現実の恋愛から目を背けて、マンガに逃げるのはやめたら」

「別にいいじゃん。」

「私は、何もしないで、年だけは取りたくないからね。だから、どこかで必死になってしまうのよね」

必死に現実の恋愛をしても、果たして幸せなれるのだろうか。誰が与えてくれるのだろう。


「恋愛なんて、自己満足なんだろうね」

「自己満足?」

「自問自答の中で、自分に合った恋愛を探し続けるかもね。それが、現実でも、マンガの世界であっても、構わないのかもしれないなって思って」

「うん」

何か色々と考えているのだろうが、楓には、底知れぬものがある気がして、何も聞けなかった。

久実の恋愛に楓が足を踏み入れられないように、楓の恋愛に久実も足を踏み入れない。

私たちは恋愛観が違うので、恋愛の話は、いつも平行線のままに終わってしまう。


さっき、カフェラテを持ってきた男性の店員が、横を通り過ぎた。

「あの店員さん、恋人いるのかな?」

久実は、何でこんなに恋愛に積極的なのだろう。







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