イザナクエスト

柴咲ゴウゴゴウ(キャットフード安倍)

第1話 生と死

 ザラマート王国辺境伯領エイデンの街で一つの命が失われようとしていた。


 カール・ピリオッド辺境伯の三男ドット・ピリオッドである。


 彼が乗馬の訓練中に落馬して昏睡状態に陥ってから一週間程経った。


 治癒術士の回復魔法で外傷は癒えたが、頭の打ち所が悪かったのかこんこんと眠り続けている。


 ネテスハイムと呼ばれているこの世界には、なまじ魔法やスキルという奇跡が存在するおかげで医療技術が発達することはなかった。


 破れた脳の血管を魔法で治せても、脳を圧迫している血液を取り除くという発想には至らないのだ。


 結果、彼は脳死状態となり後は肉体の死を待つばかりとなった。


 しかし自分の息子の生を諦め切れない辺境伯は一計を案じる。


 数日後に予定されていた祝福の儀を前倒しして執り行うのだ。


 祝福の儀とは数えで十を迎える子供が神からスキルを授かるという儀式である。


 辺境伯はそれに賭けたのである。


 もし、身体の欠損をも修復してしまう【再生】などのレアスキルが宿れば息子の命は助かるのではないかと考えたのだ。


 「これより略式ではありますが祝福の儀を執り行います」


 ベッドに横たわっている彼の傍らでは家族が不安げに見守っている。


 教会から派遣されてきた神官が膝をつきまだ温かいドットの手を取る。


 そして神官は持参した聖典の上にその手を載せ、自らの手で優しく包み込んで祈りを捧げた。


 柔らかい光芒がドットに降り注ぐ。


 その光のすじが止むと彼の瞼は薄く開かれた。 







 目を覚ますと見慣れた真っ白い天井と対面していた。


 どうやらまだ生きているらしい。


 俺は身体を癌細胞に蝕まれホスピスに入所している。


 もはや医療用麻薬では苦痛を取り除くことが困難となり、鎮静薬によって夢とうつつを行ったり来たりする毎日を送っている。


 そして、突然どこからともなく話しかけられた。


 『スキルを選んでください』


 意味の分からない幻聴が聞こえてきた。


 もしかすると遂にお迎えが来てしまったのだろうか。


 人生の最期を愛する家族ではなく幻覚さんに見送られるとは思ってもみなかった。


 「なあ、煙草を吸わせてくれよ?

  肺癌と宣告されて以来一度も吸っていないんだ」


 どうせ幻覚だと思いダメもとで頼んでみる。


 『煙草に限定した創造スキル【煙草】の作成に成功。

  それと合わせて【生活魔法】を習得しました』


 突如頭の中にスキル【煙草】と【生活魔法】の情報が流れ込んできた。


 リモコンで電動ベッドを稼働させて上半身だけ起き上がる。


 そして念じるだけで現れた煙草に生活魔法で火をつけた。


 「嗚呼美味い……」


 久方ぶりの煙草を吸っているうちにだんだんと頭が冴えてきた。


 「幻覚……ではない…のか?」


 指先から立ち昇っている紫煙を眺める。


 「おい!なんだこれは!」


 『リソースにはまだ余裕があります。スキルを選んでください』


 「お前は神か?目的は何だ?」


 『スキルを選んでください』


 頭の中に響く声は俺の質問に答える気はないらしい。


 考えを巡らせる。


 異世界転生もののネット小説が少し前に流行っていたことを思い出す。


 俺は死後別の世界へと旅立つのだろうか?


 だが転生前にスキルを使えているのはなぜだ?


 「この世界にも俺たちが認識していないだけでもともとスキルは存在する?

  いわゆる才能と呼ばれているものの正体はスキルなのではないのか?

  だとしたら……」


 『スキルを選んでください』


 「では運気上昇、健康を頼む」


 『【運気上昇】【健康】を習得しました』


 この二つのスキルはパッシブスキルのようである。


 病気が治らないかと思ったが身体に変化は感じられない。


 末期癌には【健康】の効果では勝てないようだ。


 「次は回復魔法を」


 『この世界で魔法を使うことはできませんがよろしいですか?』


 「やっぱり回復魔法は止める!無しね!無し!」


 死を回避することはできないらしい。


 だが俺にはまだやらなければならないことがある。


 『スキルを選んでください』


 「自身の権利や財産を他のものに移すようなスキルはないか?」


 『スキル【譲渡】を習得しますか?』


 「じゃーそれで」


 『【譲渡】を習得しました。

  リソースを使い果たしたので以上になります。

  なおスキルクリエイションはやり直すことが可能です。

  【煙草】【生活魔法】【運気上昇】【健康】【譲渡】でよろしいですか?』


 なんだかゲームのキャラクリをしている気分だ。


 「【煙草】【生活魔法】の代わりに鑑定と収納を覚えることはできるか?」


 『リソース不足でどちらも習得できません』


 もし異世界へ転生するのならその二つは欲しかったのだが残念だ。


 「そうか。ならゲームがしたいな」


 俺の趣味である。


 『もう少し具体的にお願いします』


 「RPGみたいにさ、クエストを受けて冒険したりするやつだよ」


 自分で言っておいてなんだが意味不明である。


 そんなスキルがあるはずないではないか。


 『スキル【クエスト】を作成、習得しました』


 「あるのかよ!」


 『【クエスト】【運気上昇】【健康】【譲渡】の四つでよろしいですか?』


 「YESだ」


 『スキルクリエイションを終了します』


 以降頭の中で響いていた声が話しかけてくることはなかった。


 「それじゃー始めるとしますかね」


 次第に意識が朦朧としてきた。


 あまり時間は残されていないのかもしれない。


 まだ生まれたばかりの娘の姿を思い浮かべ願う。


 「スキル【健康】を譲渡!」


 次の瞬間には俺の中からスキル情報が消え去っていた。


 「賭けだったが成功したようだな」


 スキルの行使により身体が悲鳴を上げている。


 そして最期の力を振り絞り叫んだ。


 「陽子!後は頼んだぞ!」


 涙が零れる。


 俺は残される妻と娘に【運気上昇】と【健康】を置き土産に異世界へと旅立った。


 


 


 

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