第2話 エリート少女

 せっかく撒いたバケモノとまた鉢合わせするのも馬鹿らしいので、さっきとは別のルートで森林へ入る事にした。


「真っ直ぐ向かってるけど、こっちで合ってるの?」

「あのなあ、俺はここに住んでるんだ。迷うわけねえだろ」


 少年が乱暴に言う。

 ウリアは彼の後ろをついていく。


 彼はギン、と名乗った。


 前を全開にした鰐皮のジャケット同様に、短パンも同じ素材だ。

 光が当たるだけで輝く服は、光なくとも存在感は大きかった。


 フードについている白毛は刺々しい。

 刺さる事はないと思うが、それだけ鋭利に見える。

 その白毛は半袖と短パンの先っぽにもついていた。


 武器は持っていない。

 判断するに、ギンは素手が武器なのだろう。


(さっきのだけじゃ分からないけど、相当、腕に自信があるのかしら)


 技術としてだけではなく、力としても。


 たとえ危機を救ってくれた者だとしても、人間観察は怠らない。


 救ってくれたからこそ、どんな人間か把握する。


 正義感を振り回す者ほど、裏ではどろどろな悪感情を持っている。


 どうやら、ギンはそうではないと分かったが。


 その点で言えば、人間よりもバケモノの方が純粋だとも取れる。


 だが、単純なカテゴリーエラーで、バケモノは該当しない。


 ウリアは溢れ出そうになった憎悪を必死に抑えて、蓋をする。




 お姫様抱っこをされて大木から下りたウリアは、すぐにでもこの島から出ようとした。


『泳いで帰るのか?』

『そんなわけないでしょ。イカダでも作って海を渡るわよ』

『どっちにしろ無理だぞ』


 と言う、ギンの言葉は無視できなかった。



『ここからじゃ見えないけど、海を進めばいずれ分かる』


『島を囲むように巨大な竜巻が発生してんだ』


『近づく事もまともにできねえが、無理やり突っ込めば体は多分、千切れるな。

 それくらい振り回される力は強い』


『俺はお前の事を知らないから、なんか策があるならいいけど』


『竜巻を抜ける手がないなら、おすすめはしねえな』



 ウリアは考える。

 千切れる、という不穏なワードは、表現が大き過ぎてイメージできない。


 だが、島を囲むほど大きいと言われたら、途轍もない力だと分かる。


 島の全部を見たわけではないので広さはイメージできないが。


 外から海、砂浜、森林。

 砂浜から見える、高くそびえる山。


 山を中心と仮定すれば、向こう側も同じ順番になっているだろう。


 森林から山まで、そこまで距離があるわけではないが、歩いて数時間はかかるだろう。

 端まで行くには倍だ。


 島、と言っている事から、広さはそんなものだろうと予想ができる。


 もしもこれが大陸だったら、山を越えても下りるとは限らない。

 そこから二つ三つ、障害が増えても不思議ではなかった。


 大体だが、分かった島の広さから考えて、

 囲む竜巻は自分では処理できないとウリアは結論を出す。


 イカダだけでも不安なのに、そこに肉体を千切れさせるような竜巻が待ち構えているなど、どう対処すればいいのだ。


 プランを練り直す。

 持っている物ではどうしようもないので、調達する必要があった。


 森林を見る。

 ウリアはこれでもハンターだ。

 未知なる領域に入り活動する事など、これまで多くの機会あったのだが。


(さっきの事を思い出すと、どうもね……)


 自分を確実に殺せる力を持つバケモノがいるとなると、進んで入りたくはない。

 しかし、入らなければ状況は動かない。


 そうやって悩んでいると、


『困ってんなら助けてやろうか?』


 ギンが無責任な事を言い出した。


『どうやってよ。あんたが竜巻を吹き飛ばすとでも? できるわけないでしょ。

 同情でもしてるのかしら。

 ふん、間抜けなハンターを見て、内心で笑ってるんでしょ』


『なんでそう強気なのかね。威圧的なのは悪い事じゃねえけど』


 この世界じゃな、と付け足した。



『同情はしてねえし、ハンターとかも知らねえけど、竜巻を吹き飛ばすってのは正解だ。

 ただし、俺がやるわけじゃねえ』


『この島から出る時は大将に許可を取る必要があるんだ。

 大将にできなかったら誰もこの島から出られないからな』



 許可とか大将とか、新しいワードがどんどん出てくる。


 一つ一つ処理したいが、とりあえず重要なところだけを聞く。


『どうすればいいわけ?』

『大将に会いに行けばいい』


 大将が分からない。

 容姿を聞けば分かるのだろうか……。


 この島で人を探すとなると、時間がかかりそうだな、と溜息が出る。


 いつになったら帰れるのだろう。

 任された依頼もきちんと成功しているのか気になった。

 戻って確認しなければいけないのに。


『それで、大将ってのは?』

『あの山』

 ギンがびしっと、指を差す。


『頂上だな』


『遠いなあ…………』


『そうか? ぱぱっと行っちゃえばいいんじゃねえの?』

『あんたと一緒にすんな。ぴょんぴょん木を伝って跳べるかっての』


 人の身になって考えろ。

 自分基準で考えるな、と目で訴える。


『じゃあ、連れてってやろうか?』

『はあ?』


『いや、だから山の頂上まで運んでやろうかって』

『どうやって』

『さっきみたいに持って』


『…………』

 またあのお姫様抱っこを体験するのか。


 頼ってしまえばあっさりと目的は達成されるが、まだギンの事を信用したわけではない。


 我が身が大事だ。

 なら、時間がかかってもいい、自分の足で行く。


『助けはいらない。山なら真っ直ぐ行けば着くでしょ』

『そうでもないんだよなあ』

『馬鹿にしてるの? それくらい方向感覚はあるわよ』


 そう言って、ウリアは森林の中に入っていく。


 進む進む。

 鋭利ではない草むらをかきわけて進む。


 早い段階で光が見えて飛び出した。

 浜辺だった。

 横を見ればギンがいる。


『あれ?』

『だから言ったじゃん。真っ直ぐ進むだけじゃ着かねえよ』


『なんで!?』

『慣れてないと、途中で方向感覚が狂っちゃうんだよなあ、これ』


 方向感覚が狂ったというレベルではない気がする。


 森林に入ってすぐ逆走したような位置だ。

 もちろん、ウリアは逆走などしていない。

 真っ直ぐにしか進んでいない。



『ほら、植物も生きてるから』


『部外者はあんまり入らせたくねえんじゃねえの?』


『この島自体、俺らの家みたいなもんだしなあ』



 規模は大きいが、言っている事は普通だ。

 誰も、自分の庭に勝手に入られたら嫌だろう。


 住民が植物に置き換えられただけで、正論と言えばそうである。


 それに。

 植物もバケモノに分類される。


 好戦的ではないだけ獣類に比べれば危険は少ないが、それでも人間よりも上の生物だ。


 人間の理解を越えていても不思議ではない。


『分かった。分かった分かった!』


 ウリアは手を上げて降参のポーズをする。


 ギンからすれば、責めているつもりはまったくないのだが。


『連れて行ってとは言わない。案内なら許すわ』


『なんでそんな上から目線? いや、俺も進んでしたいわけじゃないんだけど』


『だって、さっきから私の事を助けたがってたじゃない。

 そうさせてあげるわって言ってるのよ』


『助けたがってる、ねえ』


 ギンがじっと見つめてくる。

 なんとなく、目を逸らす。


 その瞳を直視できない。

 じっと見ていると、自分の汚い部分が浮き出てきそうで、嫌になった。



『ま、いいか』


『助けたがってる、っていうのは本当だし』


『案内……は、一緒に行けばいいんだよな?』



 俯き、質問されている事にしばらく気づけず、ウリアは間を空けてしまう。


 首を傾げるギンに気づいたウリアが、慌てて返した。


『う、うん。それでいいわ。えっと……』


 こうして、お互いに名乗り、それぞれの名を知る。



 森林へ入る前、ウリアが後ろから声をかける。


『行く前に一つだけ聞かせてよ……、なんで私を助けたの?』


 どうして助けたがっているのか、も含めて。


『だって、あそこで死んだら、お前に聞きたい事を聞けないじゃん』

『聞きたい事?』

『おう。俺は人間を知らないからな』


 笑顔で言った。

 人間を知らない人間にどう対処していいのか、ウリアは知らない。



『俺以外の人間の話を聞きたかったんだ』


『理由はそれだけだ。それじゃあ、足りなかったか?』



 いや、とウリアは微笑む。


 悪感情のない、きちんと本人が利益を望める理由だった。


 ウリアは、とりあえずは信じる。

 なんにせよ、ウリアがこの島から出るには、ギンの協力は絶対だ。

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