第二話 『イッパイいっぱいの日』
エルデネの魔王“イラ”に空中で抱きしめられてるボク・・・。
わずかな時間の流れの中で、魔王“イラ“と目があう。
魔王“イラ“がボクにむかって、なにか言ってる・・・
「お・も・い・・・」
「はい?思い?」
「重いぃ!!」
“
「お、オネェちゃん!怖いよー!!」
「チ、チカちゃん?!大丈夫!オネェちゃんを絶対離しちゃダメ!」
ボクの首元にしがみついているチカ。
左腕に抱えた気絶したお母さんをボクは絶対に離せない。
「うおーなんで俺、空飛んでんだよ!落ちるー助けてくれー」
目を覚ました運転手のおじさんがボクの足に必死にしがみついてる。
魔王イラはそんなボクを抱えて必死にホバーバイクの態勢を立て直そうとしてる。
「動くな!動くな!後ろでしがみついているおっさんが重すぎてバランスが取れない!!!」
足の石化が進んで更に重くなる。
「落ちるって!落ちる!落ちちゃう!なんとかしてよ!!」
「だから動くなって!!」
さっきまでの夢見心地はいったい何だったんでしょうか?
ボクは下を見て気が遠くなりそうになる。
どんどん近づいてくるエルデネの緑の大地。
もーダメ・・・
魔王イラはすれすれでアクセル
「上がれぇえ!!!」
ホバーバイクの
一瞬、ふわりと浮力が戻った!
激突すれすれで浮力を取り戻すと、ボクたちはこんもりと積まれた巨大牧草ロールの中へ突っ込んだ!
遠くで聞こえる牛の鳴き声。
牧草が絡まりボサボサになったボクの髪。
チカもお母さんもおじさんもイラ様も、とにかくみんな無事みたいだ。
「魔王イラ様!魔界選挙管理官アン、ただいま着任しました・・・。寒っ!」
あっけにとられているイラは、笑い出す。
なんか、ボクおかしかったかな・・・。
ぶるっと身震いするアン。
さすがはアルドラマ最北端に位置するエルデネ。
この季節になると“マスラ山脈”から吹き下ろす大寒波“エルデネおろし”。
ボクはいま、北国の寒さに震えてる。
とにかく、ボクたちが乗ったマイクロバスは、こうして突然現れた巨大炎壁のせいで、大事故に巻き込まれてしまったわけです。
イラ様のおかげでみんなの命は助かったけど、事故調査のためにあとからやってきた“炎壁守備隊”とかいう国境警備隊からボクは尋問を受けることになってしまいました。
今は“エルデネ牛のなめし皮”で作られた“ゲルト”と呼ばれる移動式簡易テントの中にいるので、なんとか寒さを我慢できるけど、さっきまでの炎壁はいったいどこに消えたのか・・・
まあ、エルデネはこれから本格的な冬に突入するみたいです。
「はあ?炎壁は突然消えましたって?」
「ですからさっきから何度もいってるじゃないですかー」
“炎壁守備隊”の隊長ロキはボクがさっきから何度説明してもぜんぜん信じてくれない!
「いきなり炎壁に突っ込んだ後の記憶なんてほとんど覚えてないし、必死でみんなを担いで飛び出したとたん吹き飛ばされて気がついたらイケメンにキャッチされて・・・あっ・・・」
さっきからずっと黙って壁に寄りかかっていたイラ様がボクを見る。
「・・・ま、仕方ないだろ消えちゃったものは・・・」
「しかし・・・イラ様」
不満そうな顔をしたロキはまだ何かいいたげ。
その時、ゲルトの中に長い黒髪の綺麗な女性が入ってきた。
「イラ様、“ペコス“お持ちしました」
「あぁ、ありがとうメリス」
なぜか・・・ボクをみる目がちょっと怖い。
イラはメリスから“ペコス”という名のエルデネで古くから使われている小さな携帯用ランタンストーブを受け取ると、取手を持ち上げ開いた。
イラは白く長い指でしなやかにペコスの中を指し示す。
するとポゥっと指先が赤く染まっていく。
小さな炎がペコスの中へ取り込まれると炎が燃え上がり、ゲルトの中を暖めだす。メリスはペコスのそばに水の入ったポットを置く。
魔王の火のエレメンタル・・・
ボク、初めて見たかも・・・
一般的に自身に宿す
しかし、魔王のエレメンタルは、フラクタルを媒介として、魔力を具現化させる能力を持つ、それが魔王たる存在なのだ。
こんなにもはっきりと炎になるんだ〜すごい!まじですごいよ!
さすがは魔王!エレメンタル空っぽのボクからしたらもう神話だよ!
ピーッ
ペコスのそばのポットが沸く。
魔王は、ボクに“シナモン・ティ”を入れてくれました。
「ほら」
「ありがとうございます」
火のエレメンタルを燃やしたペコスのおかげでゲルトの中は暖かくなってきた。アンは、親子からもらった、防寒マントをぬいだ。
「あなた、そのバッジ!」
驚くメリス。
みんながボクの胸元に釘付けになってる。
急いで襟を正して制服のシワを伸ばす。
「魔界選挙管理官アン、エルデネに着任致しました!」
決まったぁ!
メリスさんがこっちを睨みつけてて気になるけど・・・
ボク初対面ですよね何かしましたっけ?
「い、いやーーなんだ、人が悪いなぁ選挙管理委員会からいらっしゃった魔管の方ならそういってくれれば良いのに・・・。ご苦労様です!」
ほらこれ見てくださいよ。
ロキさんのこの豹変っぷり。
これが魔管効果ってやつですね。
「おれは、さっきこの子が墜落した時にいきなり挨拶してきたから知ってた」
そう言うイラにメリスが冷たい眼差しでアンの胸のバッジを指差す。
「
「いやははは・・・まあ確かにそうですけど・・・」
でも魔管に限りなく近いんです!
「ようするに新米てことですか!?」
ロキは一気に冷めた目をアンに向ける。
メリスは姿勢を正し、アンの荷物の中から資料を見て確認すると質問を始めた。
「アン補佐官!」
「は、はい!!!」
「着任後は速やかに担当上司に連絡を入れ合流後、速やかに赴任支局に出頭する補佐官規則を忘れたのか!」
え!?
な、なんでこの人そんなこと知ってるの!?
「はい!あ、あれ?ボクのモバイルが・・・?」
も、もしかして、どこかに落としたのかも?
必死で探すボクを、呆れた顔で見てくるメリスさんの視線が痛い・・・
「補佐官の乗ったバスの事故に関係して、エルデネの炎壁が消えてしまったと聞いている。貴公なら何かを見てるはずだと思うのだが?!」
「すいません・・・ほんとボク見てないんです」
大きなため息をつくメリス。
うぅ、助けてオジー・・・
「メリス。なにも彼女に責任があるわけじゃないだろ」
ボクを見て助け舟を出してくれたイラ様。
「しかし、イラ様・・・」
「アン、申し訳なかったね、もう行っていいよ。たしか明日、着任の挨拶にくることになっていたな?また明日会おう」
ようやく解放されたボクはゲルトを出ると冷たい雨が降っていた。
炎壁があった辺りを大勢の“炎壁守備隊”が調査している。
なにを探しているんだろうか?
―・―・―・―・―・―・―・―・―
エルデネへと続く大穀倉地帯の旧街道を、タイヤの小さなピンクのオールドカーが一台、砂埃を撒き散らしながら走っていた。
車内には
目の前に続く荒れた車道を見つめアクセルを踏む。
『DD』
エルデネに赴任するアンの上司だ。
グシュァァァ
何かおおきな物体が車に叩きつけられた。
フロントガラスには青い液体が飛び散り、砕けた体の残骸のようなものがべったりとへばりついている。
車を止めるとDDは外に出て確かめた。
崩れた物体の残骸をじっと観察し、辺りを見回す。
ここまでたくさん生えていた穂がこの辺りには生えていない・・・。
視線の先に黒い塊をみつける。
骨と化した豚が2体。
DDはポケットからハンカチを取り出し車体についた血をぬぐい
再び車を走らせた・・・
―・―・―・―・―・―・―・―・―
事故調査が終わり、撤収作業が始まった頃・・・
ロキに頼まれたメリスは装備品の回収を手伝っていた。
“炎壁守備隊”のゲルトに装備品を届けたメリスは、隣に設営された
魔王執務用ゲルトの入り口から漏れた灯りが気になりそっと中をのぞく。
提出された事故調査のレポートを整理するイラの姿が見えた・・・
なんだか楽しそうで、時々、少し微笑んでいた。
中をのぞくメリスに気づいたイラは照れ隠しのように話しかける。
「さっきの子、なんか面白かったなぁ」
胸になにか小さな疼きを覚えるメリス。
「・・・イラ様、お先に失礼します」
自分では引き出すことのできない“なにか”を見つけてしまったようで彼女は
少しすねたように目を伏せ去っていった・・・
暗い夜道をボクはひたすら歩いている。
道が合っているのかどうかも分かりません。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ
お腹すいたな・・・
「あんたこんなとこでなにしてんだ?夜はあぶねーど」
古いトラクターに乗った農家のおじさんが声をかけてきた!
「良かった!!すいません!お願いします!街まで乗せてください!!」
トラクターの後ろに乗ってボクはなんとか街の中心部までたどりついた。
ここはエルデネ中央広場。
通りの溝からモクモクと水蒸気が立ち上っているのがよくみえる。
広場の中央に立っている“大きな時計台”を中心にして、きれいな放射状に敷き詰められた石畳の街並みがひろがっていた。
ここから南に向かえば宿泊施設が多い一番の繁華街だとトラクターのおじさんに教えてもらった。事故のおかげで予定が狂い、時間的にも魔管エルデネ支局は閉まってる。
ボクは、宿を探すことにしたのだけど・・・。
「ごめんなさいねぇ、感謝祭前は毎年どこもいっぱいなのよ」
宿の主人が申し訳なさそうに頭を下げる。
いま、九件目の宿を断られたところです・・・。
そういえばオジーも言ってたな。
もうすぐ感謝祭だって。
もう今日は野宿なのかもしれないよ・・・
こんな寒い国で野宿したら・・・
凍死しちゃう。
ふと、道の斜向かいからこちらを見つめる視線に気づく。
目の窪んだおじさんがジッとボクをみている。
いかにも、怪しいおじさん。
しかもフラフラしながらずっとついてくるし。
まったくもって、怪しいおじさん。
ボクはおじさんと目を合わせないように歩いてく。
でも・・・お腹が空きすぎて・・・
すると通りすがりにどこからか食欲をそそる香りが漂ってきた!
匂いのもとをたどっていくと、
そこには!エルデネの気候を生かして作る“寒仕込みミッソ”を使用した
“ミッソヌードル”屋を発見!
店の入り口からじっと店内を見つめ、ボクは呪文のように心の中で繰り返す。食べたい食べたい食べたい食べたい・・・
すると怪しいおじさんが突然話しかけてきた。
「ここの麺は、コカトリスの卵が練りこまれてる。すごくモチモチしててあのちぢれ麺の喉越しはここでしか味わえない」
聞いてもないのにミッソヌードルの美味しさを語る「怪しいおじさん」。
怪しいおじさんもお腹が空いているのかヌードルをうっとりと眺めてる。
ボクはその語りに思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
「食べたいなぁ・・・あったまるんだろうな」
ダメだ・・・
怪しいおじさんの話でもうボクの我慢は限界を超えてしまう。
「おじさんはボクに恨みでもあるんですか!?」
「え?いや、お嬢さんずっと見てるから説明してあげようかなって・・・」
おじさんそれは余計なお世話なんです
「おじさんのせいでもっとお腹空いてきました!」
「だったら食べれば・・・」
「お金がないんです!それともおじさん奢っていただけるんですか!?」
「え〜」
「何してるんですか?」
振り向くとそこにメリスが立っていた。
メリスは黙って店に入っていこうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
メリスは黙ったまま立ち止まる。
「あ、あの・・・奢ってもらえませんか!」
「・・・補佐官が賄賂の強要ですか?」
「いや、あ、あの違うんです!」
「通報しましょうか」
「お、お金はあったんですけど、その、いちご買っちゃって・・・」
「バカ・・・なの?」
ヌードルくらいご馳走してよ!ケチ!
怪しいおじさんが、メリスに声をかける。
「あの〜メリスさん」
「あなたは守備隊ボランティアのパブロさん」
たんなる怪しいおじさんじゃなかったんだ!
「こちらのお嬢さんお金がないみたいでね」
「はぁ・・?」
「さっきからずーっと店の前で止まってたから」
「・・・」
パブロの言葉を聞き、じっとアンを見つめてメリスは何かを考えている。
「はは、僕がご馳走できれば良いんだけどね。ちょっと持ち合わせがね」
するとメリスは首をしゃくってアンを店の中へ連れて行く。
「良かったなぁお嬢さん。じゃあ自分はこれで・・・」
そう言って帰ろうとするパブロを止めたメリス。
「パブロさんもです。ご一緒にどうぞ」
遠慮するパブロを無理やり店内へと押し込んでいく。
ドン!
とうとうボクとパブロさんの前に置かれたミッソヌードル!
寒仕込みのミッソスープの上に、うっすらと張った油膜からエルデネ産バターの甘い香りがぷ〜んと漂う。ちゅるんとしたコカトリスの卵麺を一口すすると、しっかりとした喉越しを感じる。
「美味しい!」
ボクとパブロさんは夢中になってすすった。
「美味しい!」
それ以外に言葉は出てきません。
ドン!
メリスの前に置かれたミッソヌードル。
どう見てもボクたちの十倍はある。
“グレートジャンボミッソヌードルトッピング全部乗せ”
この量は、
そして・・・
メリスは腕をまくりとてつもない吸引力で麺を吸い上げ始めた!
なぜか、つられてボクたちも慌てて麺をすする!
もうこれは食事じゃない。戦いだ!
まったく意味不明な!
必死で食べるヌードルバトル!
まったく意味不明な!
店を出ると石畳の道路が霜でパリパリと鳴った。
ボクはメリスさんに“火苺”を渡した。
深々と頭を下げるボク。
黙って帰っていくメリス。
「はぁ・・・これから朝までどうしよう」
「泊まるとこなかったらうちへ来るかい?」
「ありがとう!」
この時のボクの「ありがとう」は音速を超えてたと思います!
ヌードルが繋いだこの奇妙な縁を、ボクはずっと忘れることはない!
おやすみ!エルデネ!
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