第51話 先生、誤解なんです!13

「漆葉君、何か策があるのでしょうか」


 梨花さんと九十九と別れ、二人で歩いてる最中、純花さんが呟く。


「どうだろう。無茶しなければいいんだけど」

「そうですね」


 話が途切れたところで、純花さんのスマホが鳴り始める。

 純花さんは「失礼」と言って、通話を始める。


「もしもし……どうしたの? うん……うん……こっちは心配しないで。……うん……うん、それじゃあ」


 普段とは違い、砕けた口調でスマホの向こうの相手と話す純花さん。

 家族の誰かからの電話だと容易に想像できた。


「家族からの電話?」

「ええ。妹が体調を崩したようで、病院に連れて行くようです」

「えぇ!? 大丈夫なの!?」

「……陽太君は他人の家族なのに、まるで自分のことのように心配してくれるのですね」

「あ、いや、その、病気は辛いからさ」

「大丈夫です。少し熱があるだけで、念のため連れていくだけですから。だだ、私以外の家族は各自で済ませてくるようなので、私もそのようにしてほしいと」

「そっか……それなら、うちで食べてく?」

「いいんですか?」


 前のめり気味に聞き返され、思わず一歩後ろに下がる。


「う、うん。あ、ちょっと待って、一応美月さんに連絡してみるから」


 美月さんに連絡をすると、快く承諾をしてもらえた。

 会話の最後に純花さんのことで茶化されたが、無視して通話を切る。


「オッケーだって」

「でしたら、お言葉に甘えて、お邪魔させてもらいます」


 ということで、純花さんを連れて家に帰ってきた。


「いらっしゃい風無ちゃん!」


 そう言ってフレンドリーに純花さんに抱きつく美月さんに。

 一方の純花さんは表情ひとつ変えない。


「美月さん、すいません、突然お邪魔してしまい」

「いいのいいの! 風無ちゃんなら大歓迎だから! 風無ちゃんのために、私も何か作っちゃおっかな!」

「ダメに決まってるでしょ。純花さんに劇物を食べさせるわけにはいかないから。あ、スリッパ使って」

「ありがとう、陽太君」

「……ん? おやおや〜?」


 と、何か言いたげにニヤニヤと笑っている。


「いつから君達は下の名前で呼ぶようになったのかな〜?」


 これはしまった。

 家では「風無さん」と言っていたけど、隣に純花さんがいたので、つい下の名前で呼んでしまった。


「いや、別に深い意味はないよ。ただ、前より仲良くなったから自然と……ね! 純花さん!」

「えぇ、私と陽太君の関係は次のステップに進みましたので」

「進んでないよ!?」

「そっかー……いやー、私が知らない間にそんな関係に……」

「それ以上何か言うなら、今日の晩酌用の肴は無しだから」 


 奥の手を使うと、焦った美月さんはそそくさとリビングに戻っていった。


「じゃあ、準備するから、純花さんはくつろいでてよ」

「いえ、晩御飯をご馳走になるのですから、手伝いをさせてください」

「そう? じゃあ、サラダを作ってもらえるかな?」

「わかりました」


 純花さんと一緒にキッチンに立って、それぞれ作業を始める。

 制服が汚れないように、俺の予備のエプロンを純花さんに渡したんだけど……同級生の女子のエプロン姿って、結構いいものだね。


「どうかされましたか?」


 レタスをちぎっていた純花さんが俺の視線に気がつくと、小首を傾げる。


「いや、なんでもない!」


 俺は誤魔化すために、作業に戻る。

 醤油につけた鶏肉に小麦粉と片栗粉を混ぜ、油の海に沈める。

 一度目は弱火で二分ほど。一分のインターバルを挟んで、強火で一分。

 カラッと揚がった唐揚げの油を切り、次の唐揚げを上げていく。


「陽太君。サラダができました」


 そう言って、ガラスのボウルに入ったサラダを見せる。

 レタスの上に、きゅうりとミニトマトと、それにスライスした玉ねぎが乗せられている。


「ありがとう」

「まだ、何か残っていますか?」

「そうだな……あとは味噌汁を作ろうと思ってたんだけど」

「でしたら、私に任せてください。母が忙しい時はよく作ってますから」

「それなら、任せちゃおうかな」


 純花さんに味噌汁を任せ、俺は唐揚げに集中する。

 十五分後、唐揚げを上げ終えたところで、純花さんも味噌汁を作り終えたようだ。

 出来たものを机に並べると、待ってましたと言わんばかりに席に着く美月さん。


「おっ! 今日は唐揚げ! いいわね!」

「唐揚げでそんなはしゃがないでよ。子供っぽいよ」

「働いた後の食事とお酒が大人の数少ない楽しみなのよ」

「純花さんもいるんだから、今はお酒はやめてよ」

「わかってるって! さ、食べましょうか」


 席についた俺達は手を合わせてから食事を始めた。


「う〜ん、この唐揚げジューシー……それにこのお味噌汁。風無ちゃん──じゃなくて、純花ちゃんが作ったんでしょ? 美味しいわ〜」

「そんな大したものじゃありませんから。粉末の鰹出汁で作った簡単なものですから」

「そんなことないわよ! ね、陽太」


 純花さんの作った味噌汁は、ワカメと豆腐だけのシンプルな味噌汁。

 だけど、味噌の濃さはちょうどいいし、鰹出汁もキツくもない。


「うん、すごく美味しい。これなら毎日飲んでも飽きないよ」

「それはプロポーズと捉えても問題ありませんね」

「捉えないで! 今の言い方が悪かったから!」

「えー、そうなのー?」


 またニヤニヤと笑っている美月さんの視線を無視しようと、再び味噌汁を啜る。


「でも、本当に美味しい。料理は自分で覚えたの?」

「いえ、料理は母から教わりました」

「そうなんだ。じゃあ、料理はよくするの?」

「みんなのお弁当は私が作りますが、夕飯はいつも母が作ってます。ただ今日は妹が体調を崩してしまったので、母がその付き添いに」

「そう、妹さんは大丈夫そう?」

「はい、先ほど母から連絡がありました。熱で体調が悪かったようですが、薬ももらって、今はぐっすり眠っているようです」

「早く良くなるといいわね。妹さんがいるってことは、純花ちゃんの家は四人家族?」

「いえ、大学生の姉もいるので、五人家族ですね」

「へー、じゃあお父さんも家族のために頑張って働いてるのね」

「……そうですね」


 数秒の間に妙な空気が流れる。


「えーっと、もしかして、お父さんと仲が悪い?」

「ちょ! 美月さん!」


 まさかストレートにそんなことを聞くからつい声が出てしまった。


「あ、すいません。勘違いさせてしまいました。父とは別に仲が悪いわけではないんです。尊敬もしてますし、仲も良好だと思います。ただ最近、少し口論をしてしまって」


 冷静な純花さんが口論とは。

 よほど許せないことがあったのだろう。


「まぁ、思春期なんだし、親と喧嘩なんてよくあることよ。そうやって、子供は成長するんだから」

「流石、歳を重ねた人の言葉は重みが違う」

「もしかして喧嘩売ってるのかしら陽太?」


 俺はわざとらしく明後日の方向に視線をそらす。

 その後も他愛ない会話を楽しみながら、食事を続ける。

 そして食後のお茶を飲んだところで、純花さんは席を立つ。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。そろそろ私は失礼します」

「あ、なら送っていくよ。もう日も落ちたし、一人じゃ危ないから」

「待った。私が送っていく」

「いや、別に俺が──」

「結局警察に勘違いされて補導されて私が迎えにいくんだから、同じことよ」


 理由に納得してしまったのだから、俺の負けだ。

 大人しく引き下がる。


「じゃあ、純花ちゃん行こっか。車で送るわ」

「ありがとうございます。では、陽太君、また明日」

「うん、また明日学校で」


 美月さんに連れられた純花さんと挨拶を交わし、帰っていく後ろ姿を見送った。

 楽しい食事で忘れていたけど、俺が直面している問題をどうするべきか。

 頭を悩ませながら、俺の一日は終わっていく。

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