第50話 先生、誤解なんです!12

「どういうことだよ!」

「ちょっと! お店に迷惑でしょうが!」


 ユヌブリーズで急遽集まり、入店早々九十九が怒り狂っていた。


「おい嵐! たしか遅れた西尾の授業に遅れた理由って、丹波の奴の仕事を手伝ってたんだよな!」

「……あぁ」


 あの時遅れた訳を九十九と漆葉には少し話していたため、九十九は丹波先生が誰を犯人と決めつけていたのかすぐに理解し、ユヌブリーズに俺達を集めたわけだ。


「一体何があったの? 僕は嵐がそんなことするような奴じゃないって信じてるけど」

「当然だろ! 嵐があんなくだらねぇことする訳ねぇ!」

「だから声! まぁ、私も同じ気持ちだよ。そもそも陽太が世話してたのに」

「陽太君、犯人に心当たりはありませんか? 倉庫からあの花壇はそう遠くはありません。誰か見かけていれば……」


 希望を見出そうとする純香だったけど、俺は無慈悲に首を横に振る。


「倉庫で作業してたから何にも……」

「そう……ですか」

「でも……心当たりなら」

「誰だ!?」


 全員が身を乗り出す。

 できれば、そんなことはあってはならない。

 しかし、それ以外考えられない。

 俺は重たい口を開き、その人物の名前を告げる。


「丹波先生」

「は? 丹波?」

「なんで丹波先生?」


 疑問に思う二人とは違い、険しい表情をする純香さんと梨花さん。


「まさか、昨日の腹いせ?」

「丹波先生を擁護するつもりはありませんが、疑い根拠は?」

「昨日は一度も花壇に入っていないし、荒らされたってタイミングは体操服だったから、生徒手帳なんて、落ちてるはずない」

「それってつまり……どういうことだ?」

「体育の時間中に制服から手帳を抜かれたって言いたいんだよね」


 漆葉の問いに一度だけ頷く。


「なら陽太は無実ってことじゃん! だったら堂々としてれば」

「いえ、そういうわけにもいきません。よくあの場所を利用している可能性もあるのですから。事実、最近まで陽太君はあそこに行っていましたし。そして、そせいのせでもう一つの疑いもかけられています」

「……タバコの喫煙か。学校にしちゃ、花壇が荒らされるよりかはそっちの方が大事だよな」

「あいつ、ほんっと最悪! 昨日私達が誘い断ったから、陽太を悪者にしようとしてるわね」

「さっきから二人は何か知ってるみたいだけど、丹波先生と嵐の間で何かあったの?」


 事情を知らない二人に昨日のことを話すと、再び九十九は声を荒げた。


「クッソ野郎じゃねぇか! 明日ぶん殴りに行く!」

「九十九……その時は僕も呼んでね」

「やめろって! そんなことしたらお前ら謹慎になるぞ! 特に九十九はスポーツ推薦狙ってるなら、なおさら大事にするな!」


 珍しく暴力で解決しようとする漆葉に驚きならも、二人を止めるが、二人の怒りはおさまらない。


「じゃあどうするんだよ!? あいつの言う通り『俺が犯人です。ごめんなさい』って、言うのか!?」

「そんなわけないだろ! なんとかして探すんだよ。俺がやってない証拠。あるいは、丹波先生がやったって証拠を」

「ですが、時間はありませんよ。来週からは夏休みに入ってしまいます」


 そうなると、残り三日……か。


「それまでに何も出来なきゃ、あいつは教育実習を終えて逃げ切り。一方の嵐はさらに悪評が広がるってわけか」

「とにかく明日から捜査よ捜査! 何とかして手がかりを見つけないと」


 俺以上に張りきっている梨花さんと九十九により、翌日から詳しく調べることに……なったのだが、


「ぜんっぜん! 収穫ねぇ!」


 翌日もユヌブリーズに集まり、情報共有をしたが、ほとんど成果は得られなかった。


「まだ、初日なんだしさ。落ち着けって」

「バカが! あいつがいるのは明後日までだけどな! 俺達が動けるのは実質明日までだぞ! なのに大した手がかりもないんだぞ? もっと焦れよ!」

「俺だって焦ってないわけじゃないぞ。今日だって、頑張って色んな人に声をかけようとしたし」

「どうせ全員話す前に逃げられたんだろ」


 はい、その通りです。

 俺が一歩近づいた途端にみんな逃げていきました。


「陽太君を悪く言わないでください。陽太君だって頑張っていたんですから」

「いや、嵐のこと庇ってるけど、成果は嵐とどっこいどっこいだからな?」

「何を言っているんですか。私は自然に世間話をして情報を集めていました。ただ、何故か梨花さんに邪魔をされただけで」

「あ、世間話してたんだ。それはごめん。どっからどう見ても詰問してるように見えたからさ」


 結局のところ、人に情報を聞く時点で俺と純花さんはほとんど無力なわけで。

 まともに調べた三人に頼り切っていた。

 が、これはさっきも言ったことだが、手がかりになるような情報はなかった。


「やっぱ、丹波がやったところ見た奴はいなさそうだ。まぁ、それを見越してたんだろうけどよ」

「私も、女子に聞いてみたんだけど、やっぱあいつ女子は優しくしてたみたいで、みんな『カッコいい!』とか『優しい!』とかで、全然話にならない。都和瑠の方はどうだった?」

「僕は……」


 漆葉は不自然に間を開けると、眉をハの字に垂らして微笑する。


「僕も手がかりはなかったよ」


 一瞬、何かを言おうとしたように見えた気がしたんだけど、気のせいだったか?


「あ、それとあの花壇! 完全に美化委員が世話したことになってたわよ! ムカつくわよね!」


 と、鼻息を荒げて俺に同意を求めてくる梨花さん。

 一瞬、伊吹さんの顔が浮かぶが、すぐにかき消す。


「いや、そこは別になんとも。というか、なんで梨花さんが怒ってるの?」

「だって、ムカつくじゃん! 頑張った人が褒められずに、横着してた奴が得をするなんてありえないでしょ!」


 俺のために怒ってくれるのはいいけど、それにしても怒りすぎでは。


「……それと、一つ残念な知らせがある」


 真剣な面持ちの九十九。

 何を話そうとしているのかは予想が出来、俺が先に答える。


「俺がやったって噂が流れたんだろ?」

「……やっぱ、知ってたか」


 当然だ。

 どれだけ耳を塞いでも、その噂が俺の耳に入ってくるほど、学校中に広まってしまったものなんだから。

 噂のシナリオはこうだ。

 ある日、教師の模範である丹波先生に仕事を頼まれた不良の俺がそれに腹を立て、近くの花壇を荒らした。

 そして、丹波先生は実名で名指しすることはせず、犯人に謝罪の機会を与えたが、俺は悪びれた様子もなく、謝罪の言葉は未だにないと。


「あんまりです。陽太君はやっていないのに」

「でも、現状証拠が揃いすぎてるからね。しかも、人気の先生が逆恨みで捏造したなんて思わないだろうし」


 漆葉の言葉で黙り込む純花さん。

 さらに続けて、漆葉は尋ねる。


「嵐はどうするの?」

「どうするって、何が?」

「このままだと丹波先生はいなくなって、全ての罪を嵐が背負う羽目になる。なら、いっそのこと、冤罪でも謝罪をした方が……」

「おい! お前自分が何を言ってるのか分かってるのか!?」


 漆葉の胸ぐらを掴み、鬼の形相で睨む。

 しかし、漆葉は眉を一つ動かさず、真剣な眼差しだった。


「僕は嵐に聞いてるんだ。九十九はちょっと黙ってて」

「なんだと!!」

「九十九、やめろ! その手を離せ」


 俺が制すると、舌打ちをして手を離す。


「元々俺の評判なんて、たかが知れてるよ。でも、たしかにここで謝った方が、少しは印象が良いかもね」

「本当にそう思ってる?」


 自虐ネタで答えると、怒るわけでも、笑うわけでもなく、同じ口調で尋ね返される。

 まるで全てを見透かしているかのような目に、俺はハッとした。

 なんて惨めで、情けないんだ。

 俺のために動いてくれる友人達の前で、誤魔化す必要はないはずなのに。


「……あんな奴に、死んでも頭を下げたくない。それで評判が地に落ちても」

「なら、よかった。じゃあ、手加減なんてする必要ないね」


 意味深な言葉を呟くと、一人席を立った。


「僕は先に帰るね」

「お、おい! 嵐の件はどうするんだよ」


 九十九が呼び止めるも、一足先に帰ってしまった。

 残った俺達はお互いに顔を見合わせた後、また話し合うのだが、身にならない話し合いを続けるばかり。

 漆葉が帰って間もなく、自然と俺達は帰り支度を始めた。

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