第48話 先生、誤解なんです!10
ユヌブリーズへ向かう前に、水やりのために花壇に寄る。
不意に伊吹さんがいないかと確かめてしまう。
土曜日のこともあって、もしかしたら来づらいのかもしれない。
「陽太君?」
俺の行動に不信を持ったのか、風無さんは1オクターブ低い声を発する。
「もう水やりは終わったから行こっか!」
問い詰められ前にと、二人をユヌブリーズへと連れて行く。
入店してすぐ、二人をテーブルに座らせて奥でエプロンに着替える。
一応事情を説明し、料金は自分持つから二人に料理を振る舞わせてほしいと、店長の
「半値で好きに使っていいから。そのかわり、私の分も作ってくれるかな? お昼を食べ損ねてしまってね」
と、ありがたい申し出をしてくれたので、お言葉に甘えてそうさせてもらうことに。
何度も作ったナポリタンを迷いなく作るが、どうしても二人の様子が気になる。
梨花さんのあの怯えようは、俺が呼び出した時と引けをとっていなかったし、ちゃんと仲直りしているといいんだけど。
ナポリタンにオムレツを乗せ、三人前運んでいく。
「梨花さん、先程は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
冷静になった純花さんが、梨花さんに謝っている。
どうやら俺の心配は無用だったみたい。
「気にしないで、ください。全然、大丈夫……ですから。純香、さん」
いやダメっぽい。
まだ梨花さん怯えてる。
……できれば
「お待たせしました。天草さん、出来ましたよ!」
「待ってました」
三人の前にナポリタンを並べる。
そして持っていたナイフでオムレツをスーッと切れ目を入れると、花のように開いたオムレツから半熟の卵が溢れ出る。
「半熟卵! 美味しそう!」
恐怖の色が混じった目は、今は無邪気な子供のように輝やく。
その姿にとりあえず胸を撫で下ろす。
「とうとうマスターしたんだね」
「はい! これで逆さオムライスが提供できます!」
俺は胸を張って笑顔でピース。
「あの、陽太君。はしたないのは重々承知なのですが、もういただいてもよろしいでしょうか?」
珍しくソワソワしている純花さんしていて、とてつもなく可愛い。
「もちろん! 食べてよ」
みんな行儀良く手を合わせてからナポリタンをフォークで巻き取る。
「美味しい! 卵トロトロ〜」
「ええ、それにナポリタンも、前に食べた時と変わらずとても美味しいです」
「うん、腕を上げたね嵐君」
全員から手放しで褒めてもらい、気恥ずかしさと嬉しさで笑みが溢れた。
「ご馳走様でした。美味しかったよ」
「え、もう食べた終わったんですか?」
一足先に食事を済ませた天草さん。
もう少しゆっくり食べてもいいのに。
「信用していないわけではないんだけど、仕事を任せっきりするわけにはいかないからね」
「なら、洗い物だけでも俺がやっときます」
「悪いね。お嬢さん様方はゆっくりしていってください。コーヒーの一杯ぐらいはお出ししますから」
「ありがとうございます」
「おじさまありがとう!」
にっこりと笑った天草さんは他のテーブルのお客に注文を取りに席を外す。
その後は二人も食事を終え、天草からコーヒーを一杯いだだく。
「いつ飲んでも美味しいですね」
「コーヒーって、苦いからあんまり飲まないんだけど、ここのコーヒーは何故か飲めるのよねー」
コーヒーを飲んでまったりしている二人。
俺はすぐ近くで備品の整理をしていると、梨花さんが話しかけてくる。
「あ、そうだ陽太。あんた、明日から気をつけなよ」
「え? なんで?」
「なんでって……あいつに目をつけられたの気づいてないの?」
「俺が教師陣に目をつけられるなんて、今に始まったことじゃないしさ。さほど気にする必要はないよ。それに、ちょっと今日は怖かったけど、正義感のある人みたいだし。もしかしたから悪い噂のある俺をマークしてたのかも」
「そういえば、教師からの評判はいいんだっけ。でもなんか、胡散臭いというか、あいつは異質ってゆーか」
「それは気のせいじゃない? 嫌なことされたからフィルターがかかってるんだよ」
とフォローはしつつも、俺も他の教師とは別の意味で目をつけられているとは思っていた。
憎しみを持った敵意の目は他の教師達とは全く別物。
だけど、仮にそうだったとしても、丹波先生はもうすぐ俺達の学校を去るんだし、変な事は起きないだろう。
この時の俺はそんな甘い考えを持っていた。
「純花も気をつけなよ。またあいつに言い寄られたら、私を呼んで」
「はい、もちろんです。梨花さんも、同じような状況でしたら、私に声をかけていただければ、すぐに駆けつけますから」
「ありがとう。純花ちょー大好き!」
「ち、ちょっと、梨花さん」
梨花さんに抱きつかれて困惑の色を示す。
二人の微笑ましいやりとりについ仕事の手が止まってしまう。
気を取り直して、備品の整理を続ける。
「そういえば、なんで花壇の世話なんかしてんの? もしかして西先からの罰?」
「いや、罰ってわけじゃないし、今では率先してやってるっていうか」
「ふーん……よーやるね」
「本当にそうです。陽太君の優しさはとても評価しています。ですが、優しすぎるのも欠点です。だから西尾先生に仕事を押し付けられるんです」
純花さんは西尾先生を嫌っているのだろうか。
他の先生達とは扱いが雑というか。
「あれ? 純花は西先苦手なの?」
「決してそういうわけでは。梨花さんはどうなんですか?」
「私? たしかに怒るとちょー怖いけど、私達のことを思ってやってるって事はちゃんとわかってるし。だから、西先のことは先生の中で一番好きだよ」
「……まぁ、西尾先生のそういうところは、評価するべき点とは思っています」
ちゃんと評価するところは評価するんだ。
「ですが、そのせいで陽太君が私ではなく、花壇に夢中に━━ではなく、陽太君の帰りが遅くなっていたのは事実です。陽太君の優しさを利用しています」
西尾先生の扱いが雑だったのはそういうことか、納得。
「と、純花がお花に嫉妬していますが、いかがですかな陽太君」
ニヤニヤとこの状況を面白がっている梨花さん。
「……あ、外が暗くなりそう。二人共、早く帰った方がいいよ。女の子が暗い道を歩くのは危ないから」
心配したそぶりでその場は誤魔化すと、つまらなさそうに梨花さんは口を尖らせる。
「はいはい帰りますよ。私達はか弱くて可愛い女の子ですから。じゃあね」
「ご馳走様でした陽太君。また明日」
二人は席を立ち、店を出ていった。
席に残ったコーヒーカップを片付けようと、それに手を伸ばした。
が、持ち上げた瞬間、するりと手から逃げたカップは落下し、パリンと音を立てて床に散らばる。
「嵐君?」
心配そうな顔でこちらの様子を伺う天草さん。
「ちょっと手元が狂っちゃって。すぐに片付けま━━イッ!」
慌てて拾おうとして、破片が指の皮を裂く。
赤い線が滲み、血が溢れ出す。
思った以上に深く切ってしまった。
「大丈夫かい?」
「すいません。指切っちゃいました。絆創膏貰いますね」
すぐにカップを片付け、救急箱から絆創膏を取り、患部に巻く。
「珍しいね。君がカップを割るなんて。もしかして初めてなんじゃないか?」
言われてみればたしかに。
今日まで食器類を渡ったことないな。
でも、長く働いていれば、いつかはしていたミスだろうから、さほど重大な事ではないと楽観していた。
もしかしたら、これが不吉な前触れだったのかもしれないと、先の未来の俺はそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます