第47話 先生、誤解なんです!9

 次の日は西尾先生の言葉に従い、学校に行くのは諦めた。

 そもそも、ユヌブリーズへの出勤日ということもあって、どちらにせよ行く余裕はなかったんだけども。

 というわけで、月曜日の今日、授業後すぐに花壇の様子を見に向かっている最中。

 もしかしたら誰も世話をしていないのではと、今朝は機嫌の悪そうな純花さんの視界から逃げ、なんとか花壇を確認した。

 花達は元気そうで、心配は杞憂に終わる。

 どうやら西尾先生が日曜日に水やりをしてくれたようだ。

 が、安堵するのも束の間、結局純花さんに捕まってしまい、一時限目の時点で既にヘロヘロだった。

 だけど、なんとか気力を保ち、放課後を迎えた。


「なんだ? まだ西尾のパシリやってるのか?」

「パシリじゃなくて、花壇の世話だって」

「どっちでもいいけどよ。何でもかんでも引き受けるなよ。たまには断れ」

「わかってるよ。だけど、今回は俺の意思でやってることだから」

「あ、そう。物好きだな。んじゃな」


 九十九はぶっきらぼうに部活はと向かう。


「あんな言い方してるけどさ、九十九は心配してるんだよ。もしかして、いいように使われてるんじゃないかって」

「わかってる。あいつは不器用だからな」

「あ、よかったら何か手伝おうか? 今日は特に予定はないし」


 と、漆葉は申し出てくれるが、俺はそれを断る。


「大丈夫だよ」

「そう? なら僕はもう帰るから。また明日」


 漆葉が帰り、すぐに俺も花壇へと向かうため、廊下を歩いていると、ふと隣の校舎にかけていく女子生徒二人が視界に入る。

 いつもなら何も気にしないのだけど、知り合いであれば話は別だ。


「純花さんと梨花さん?」


 梨花さんが純花さんの手を引いていたけど、一体……


「あ、君」


 後に続くようにして丹波先生が足早に俺の元へ。


「こっちに梨花と純花━━じゃなくて、松園さんと風無さん見なかったかな?」


 先程の二人を探しているようだ。


「それなら……あそこを曲がって行きましたよ」


 何故だか嫌な予感がし、咄嗟に嘘の情報を教えると、感謝の言葉もなく、スタスタと歩いていった。

 一体何があったのか気になり、隣の校舎へと向かう。

 さて、二人がどの階にいるかはわからないけど、こっちの校舎は基本的にほとんど施錠されてるはずだから、きっと……

 真っ直ぐ階段を上がっていき、屋上へと上がる。

 扉に手をかけた瞬間だった。


「来ないでよ! あんたストーカーなの!?」


 梨花さんの罵倒が俺へ向けられる。

 しかし、これは誰かと勘違いしているのだとすぐに気がつく。

 勘違いしやすい梨花さんではあるけど、友人のことを傷つけるような人ではないと知ってるから。

 ……でも傷つかないとは言ってはいない。


「あの、陽太だけど」


 身元を明かしながら、扉を開ける。


「え、陽太!? どうしてここにいんの?」

「それはこっちのセリフだよ。純花さんまで連れて」

「いえ、梨花さんは悪くありません。これには深い事情が」

「事情って?」

「それは……」

「躊躇う必要ないって! あんな奴のことなんか」

「ですが……」


 怒り心頭の梨花さんと困惑した様子の純花。

 意地悪な質問をしてしまった。


「もしかして、丹波先生?」


 その言葉にかすかに純花さんは反応を示した。


「さっき二人を探してたみたいだから、何か関係してるんじゃないかなって」

「あいつ、断ったってのに」

「一体何があったの?」


 質問を投げかけたと同時に、後方の扉が開かれる。


「こんなところにいたんだね。梨花、純花」


 噂をしていた人物の突然の来訪にその場にいた全員が驚きを隠せなかった。


「丹波、先生」

「あんた、何しに来たの!」

「何って、なんか誤解があったようだから、解こうかと思って」


 二人と会話をする丹波先生。

 俺のことなど眼中にない様子だった。


「誤解? なんの?」

「ほら、この後遊びに行かないかって話。あれは、他の子も誘ってるから、二人もどうかなって、誘っただけなんだけど」

「だから、それでも行かないって言ってんでしょうが!」

「私も、そういったお誘いは遠慮しますと」

「それに、私達陽太とこの後遊ぶ約束があるし!」

「……え!?」


 身に覚えのない約束に狼狽てしまい、梨花さんから「話し合わせろ」と鋭い眼光を向けられた。


「ひな、た?」


 ここでようやく俺の存在を認識するが、俺を見る目は冷たく、殺意すら感じる。

 こんな丹波先生、見たことがない。


「君、さっきの。あっれ、おかしいな。さっき二人のこと聞いたのに、全然違う方向教えてくれたよね? 一体どういうことかな?」


 微笑んではいるが、全く笑っていない目。

 これが教師を目指している人の目なのか。


「この子って、不良で有名な嵐陽太だよね? なんで君達がこんな生徒と一緒にいるの?」

「「……こんな?」」


 丹波先生は、二人の怒りを買ってしまったようだ。


「それは失礼ではありませんか? 彼は素敵な人です」

「そうだし。あんたなんかと遊ぶよりも断然楽しいし」


 予想外の反応に目を丸くする丹波先生だったが、すぐに納得したかのように手を叩く。


「そういうことか。たしかに、俺もそんな時期あったな。わかるよ、不良とつるんでる自分がカッコいいとか、特別とか思っちゃうんだよね。でも、そういうことは、後の人生で足を引っ張るから早いうちに止めた方がいいよ」

「は? 話通じないの?」


 見当違いの推測に我慢の限界な梨花さんは、キレ気味に噛み付く。


「陽太君はそんな人じゃありません。彼は誰よりも優しい人です」


 純花さんも静かな怒りを向けるが、丹波先生には何一つ効果がない。


「それは元々が不良だから、ちょっとしたことで優しく見えるだけだよ。本当に優しい奴は、優しくしたこと気づかれにくいものなんだ。そいつの本性を知ったら、絶対に後悔するから。その前にそんな奴とは縁を切ってさ。先生と一緒に━━」


 肩に触れようとした丹波先生の腕を梨花さんがバチンッと振り払った。


「あんた最低。二度と話しかけてくんな」

「これ以上ここにいる必要がありません。行きましょう陽太君」


 両腕を二人に掴まれ、連れ去られる形で屋上を後にする。


「ほんっと、あいつキモい!」

「キモいは言い過ぎですが、できれば金輪際関わりを持ちたくはありませんね」

「二人共、少し落ち着こうよ」


 腕を引っ張られながら憤慨する二人を宥める。

 しかし、二人の怒りはおさまらない。


「あんな奴のフォローする必要ないから。あいつ、顔はいいかもしれないけど、差別酷いんだから」

「差別?」

「お気に入りの女子は馴れ馴れしく呼び捨てで呼ぶのよ。んで、気に入らない男子生徒は苗字どころか、名前すら呼ぼうとしない。心当たりあるでしょ?」


 ……そういえば、今日初めて名前を呼ばれた気がする。


「それに放課後はお気に入りの女子をはべらせて放課後デートよ。私の大っ嫌いなタイプ! やっぱ結婚するならお父さんみたいな人だよね〜」


 父親である松園さんのことを口にした途端、さっきまでの怒りが嘘のような照れた笑みを浮かべた。

 お父さん大好きっ子だとは薄々思っていたけど、もしかして……ファザコン?


「私は父のような人との結婚は少し遠慮したいですね。だから陽太君は父のような人になってはいけませんよ」


 いや、純花さんのお父さん知らないし、さらっと俺と結婚しようとしてない?

 でもきっと、純花さんのお父さんは真面目な人なんだということは安易に想像できる。


「……ところで、今はどこに向かってるの?」


 素朴な疑問をしてみると、二人は足を止めてお互いの顔を見る。


「どこに向かって(んの)(るんですか)?」


 どうやら怒りのあまり、アテもなく進んでいたようだ。


「それなら、俺は用事があるから離してくれる?」

「おっと、ごめん」


 梨花さんはすぐに手を離した。


「…………いや、あの、純花さんも」

「何故です?」


 そんな不思議そうな顔しないでほしいな。


「だって、その……色々と恥ずかしくて」

「私達は親友なのですから、この距離感は適当かと」


 ノット適当。この距離感は親友の先まで行ってるから。


「……冗談です」


 ようやく離してくれた。

 心臓がバクバクだったの気づかれてないかな。


「んで、なんの用事なわけ?」

「ちょっと、花壇に水やりを」

「花壇? あ、もしかして他の女子との密会? 純花がいるのにそんなことしちゃいけないんだー……なーんちゃって! 陽太がそんなことするわけないか! 強面だし! あはは! ……は……」


 梨花さん。君はなんで笑えない冗談をしたんだ。


「密会……女子生徒……土曜日……二人で……」


 みるみると瞳から光を失っていくその姿に、早鐘を打っていた俺の心臓はキュッと締められる。


「な、え? どうしたの純花?」

「親友の私に隠れて女の子と密会するなんてそんなわけないですだって私達は親友なんですから親友がいるのに女の子と遊ぶなんてあり得ませんよそう二人きりでなんて二人きりでなんて二人きりでなんて二人きりでなんて」

「ひぃっ!」


 壊れたCDのような。あるいは呪詛のようにぶつぶつとつぶやく姿に悲鳴を梨花さん。

 これはまずい。一刻を争う事態だ。

 そう思い、俺は逃げ出す準備を始めるが、俺の右腕を今にも泣き出しそうな梨花さんががっちりとホールドする。


(逃げたら許さないから!)


 そんな心の声が聞こえるほどの睨み。

 さらにしがみつく力を増し、俺の腕はマシュマロのような柔らか双丘に挟まれるわけで。

 そうなると、思わず顔に出てしまうわけで。

 そんでもって、純花さんの機嫌は斜めになっていく一方なわけで。


「梨花さん……何故陽太君にしがみついてるいのですか?」


 濁った目を見開き、背後から黒いオーラが幻覚で見えるほど純花さんは不機嫌な様子。

 何が恐ろしいかって、不機嫌ということがわかるのに、表情は乏しい点。

 それほどまでに純花さんには凄みがあった。


「こ、これはそういうのじゃないから! 陽太にはこれっぽっちもそういう気は起きないから!」

「……陽太君には魅力がないと言いたいのですか?」


 今の純花さんには、どんな言葉をかけても地雷を踏むことになるみたい。


「そ、そうじゃなくて……」


 とうとう泣き出してしまった。

 ここは俺がなんとかするしかないよね。


「純花さん」

「なんですか?」


 うおっ! やっぱり面と向かうと怖い!


「その、この後ユヌブリーズに行くんだけど……よかったら、晩御飯ご馳走させて━━」

「是非お邪魔させて戴きます」


 食い気味の返事。

 少しは機嫌は戻ってくれたようだ。

 それと梨花さんも連れて行こう。

 お詫びとなればいいんだけど。

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