第34話 風無さん、落ち着いて13

 放課後、テスト対策のため勉強することに。

 テスト準備期間中は学校の図書館に入り浸って隅っこの席で一人で勉強するのだが、今回は九十九と漆葉も同席することになっていた。


「なぁ、これどう解けばいいんだ?」


 向かいの席に座る九十九は問題集を広げて指を差しながら尋ねる。

 その隣で漆葉は教科書とノートを交互ににらめっこをしていた。


「えーっと……う、俺も分からない」

「なんだよー、これじゃあいっしょに勉強する意味ないじゃんかよ」


 解答が聞けずに九十九は不貞腐れてしまう。理不尽だ。

 この中では教える側に回る俺だけど、実際の成績で言えば平均点付近を漂う程度で順位は常に中間の少し下に位置していた。

 しかも勉強を教えること自体得意な方ではないみたいで、自分が理解している内容でも説明すると九十九はたびたび眉を顰めている。


「文句を言うなら他の人に頼めばいいだろ。別に俺じゃなくても」

「そうなんだけどよ。一応勉強しながら橘について話そうかと思ってたんだよ」

「そう言ってくれるのはありがたいけど、もしかして勉強から目をそらすための理由にしてない?」


 俺の指摘は図星のようで、へたくそな口笛を吹いて明後日の方に目をそらした。

 冷めた目で睨んでいると、スマホの通知音が図書室に響く。

 マナーモードにするのを忘れてしまったことを恥ずかしく思いながら画面を確認する。

 どうやら風無さんからメッセージが届いたらしい。

 すぐに『トーク』を開く。


『今からそちらに向かいます』


 たったそれだけが『トーク』に送られていた。


「どうしたんだ?」

「なんか、風無さんがこっちに来るみたい」

「風無か……」


 何か思いついたのか、ニヤリと笑う。


「たしかあいつ、成績は学年トップだったよな。ちょうどいい。どうせこっちに来るならついでに勉強を教えてもらうとするか。とりあえず図書室にいることを伝え──」


 九十九に言われるまでもなく図書室にいることを伝えようとメッセージを作成していると、九十九の言葉が不自然なところで途切れた。

 スマホに向けた視線を上げると、目を見開いた九十九が俺を真っ直ぐ見ていた。

 でも九十九が見ているのは俺ではなく、俺のすぐ後ろということに気が付くのはこの後すぐのことだ。


「おまたせしました」

「うひゃい!?」


 後方からの呼びかけに素っ頓狂な声を上げてしまい、図書館にいた生徒の視線が集まり、司書の人には睨まれてしまった。

 耐えれず誰とも目を合わせないように俯く。


「図書室は静かにしないといけませんよ」

「それは風無さんが急に声をかけ──」


 振り向くと、当然風無さんが経っていた。

 しかし風無さん以外にもう一人。

 風無さんの後ろに隠れるようにいたが、昨日の話したばかりの相手だったこともあり、すっと口から名前が出てきた。


「え、橘さん?」


 風無さんに手を引かれ。居づらそうに顔をしかめている橘さん。

 でもなぜ橘さんが風無さんと一緒に?


「橘さんも一緒に勉強したいようなので連れてきました」

「はぁ!? 嘘言うなし! 昼食の時も急にやってきて無理矢理屋上に連れていかれたし! しかもそれからずーっと『放課後一緒に勉強しましょう』ってうるさいし! 十分の休憩中もわざわざ私のクラスにきてずーっと私のそばに立って終始誘ってくるし! ちょっとしたホラーじゃない!」

「でも最終的にこうして快くついてきてくれたじゃありませんか」

「この手を離せたら今すぐにでも逃げてるっつーの!」


 繋いでいると思っていた手はよく見れば橘さんの手首リストをがっちりと風無さんが掴でいる。

 それを外そうと試みているけれど、離れる気配が全く感じられず断念。

 風無さんって、基本誘いが強引というか、ほぼ強制だよね。


「それで風無君。見たところ風無君達も勉強をしてるようですね。よろしければ混ぜてもらってもいいですか?」

「おお! それなら歓迎するぞ! みんなで助け合ってテスト勉強しようぜ!」


 俺の代わりに九十九が答えると「ありがとうございます」と言って風無さんは俺の真横に座り、橘さんを隣に座らせる。

 おそらく橘さんを隣に座らせたのは逃げないように監視するためだろう。


「それにしても、俺のいる場所がよくわかったね」

「テスト準備期間中は図書室に籠っていることは知っていますから。席もいつもこの席を使ってますし。あ、でも去年の冬頃は図書室には来ませんでしたね。たしか嵐君は風邪気味だったはずなので、他人にうつらないように図書室は避けたんですよね?」」

「そうそう……なんで知ってるの?」

「いつも……見てましたから」

「そっ、かー……あ、風無さん。ここ教えてくれる?」

「ここですか?」


 背筋に寒気さを感じ、誤魔化すためにちょうど手が詰まっていた問題を風無さんに尋ねた。

 風無さんはシャーペンの先を迷わせることなく、解答を記入する。

 さすが学年トップと言わざるを得ない。


「す、すごい。よく解けるね」

「勉強してますから」


 心からの褒め言葉に顔色一つ変えない風無さん。

 風無さんにとっては解けて当たり前なのだろう。


「風無。俺もここ教えてくれ」


 期待に満ちた顔をしているが、


「自分で考えてください」


 返ってきたのは冷たい態度。

 これには九十九も目が点になっていた。


「え、いや、わからないから教えてほしいんだけど」

「そうやってすぐに答えを聞いても自分のためになりませんよ」

「言ってることはわかるが、考えた結果わからなくてな」


 二人で揉めている横で、九十九が解けなかった問題を盗み見る。


「ですから、すぐに答えを教えるのは九十九君のためにはなりません。なので、もう一度考え━━」

「あ、俺もこの問題教えてほしい」

「1840年〜42年にかけてイギリスと清が行った戦争は、戦争を起こすきっかけとなったものの名前から、アヘン戦争と呼ばれています。ちなみにその後に結ばれた条約は南京条約と言います」

「ちょっと待て!」

「なんですか? 静かにしてください」


 俺と九十九との対応の違いに不満を持ったのか、声を荒げる九十九。

 しかし風無さんはいつものようにクールな対応だった。


「俺と嵐で対応が違うんじゃないか?」


 一応図書室にいるから、風無さんの言葉に従う形で九十九は声のボリュームを下げて話す。


「そうですか? 気のせいじゃないですか?」

「じゃあなんで俺が聞いた時は答えずに、嵐には丁寧な説明付きで話してんだこら!」

「さて、なんのことやら」

「風無さん、それの答えはさすがに無理があるよ」


 俺も口を挟むと、風無さんは黙って視線をそらした。


「なんだ、俺が嫌いなのか?」

「嫌い? そんなことありませんよ。親友の私を差し置いて、友人である九十九君が嵐君と肩を組んだり、ふざけあったり、嵐君と同じクラスであることに心の奥から抑えられないほどのもやもやや、九十九君を消し去りたい気持ちがたびたびありますが、嫌いじゃありません」

「俺のこと大嫌いじゃねぇか!!」

「あんたら! 勉強してるんだから静かにしろし!」


 二人が騒がしくて、大人しく勉強していた橘さんも乱入。

 さらに会話は激しさを増す。


「お前ギャルのくせして真面目に勉強してんのかよ!?」

「はぁ!? ギャルだから真面目に勉強しちゃいけない法律でもあんの!? 今回は三十位以内狙ってるし!」

「さっ!? お、俺よりも勉強できるとかギャルのくせにムカつく!」

「ギャルに偏見持ちすぎでしょ! そんな偏見持つって、あんた童貞でしょ?」

「そ、そそ! そんなの今は関係ないだろ!」

「二人とも、落ち着こうよ。ここは図書室だからさ」

「嵐君のいう通りです。落ち着きのない人達ですね」

「「そもそもこうなったのはあんたお前のせいでしょ(だろ)!」


 二人が風無さんにツッコんだところで机が叩かれた。

 音を出した主は俺達の騒ぎに注意をしにきた司書━━ではなく、この中で唯一教科書に集中していた漆葉。


「ねぇ……ちょっと静かにしてもらえる?」


 漆葉の異様なオーラにみんな目が離せなくなった。


「僕は赤点を取らないためにアニメや漫画、ゲーム、オタクグッズをすべてシャットアウトして臨んでるの。なのに君達はなんなの? まるでラノベやアニメでよくあるラブコメものみたいな展開してさ。妄想を

助長するようなことしないでくれる? いい? ……返事は?」

「「り、了解」」


 返事を聞くと、再び教科書に視線を落とす。


「ちょっと、なんなの? 可愛い顔して殺気がすごかったんですけど」

「あいつも言ったけど、趣味の断食みたいなことしてるんだよ。だから気が立ってるんだ」


 触らぬ神に祟りなし。

 これ以上漆葉の気に触れないように俺達も勉強に励む。

 だけどしばらくして、誰かから視線を送られてる気がして集中できない。

 漆葉も九十九もこちらも見ていない。

 隣にいる風無さんも集中してる。

 ということは……と、橘さんを見ると視線がぶつかった。

 しかし、意外なことに橘さんは怯える様子がない。

 昨日はさんざん怖がられたというのに。


「えーっと、何?」

「いや、噂だと風無が嵐に脅されて女にされたって聞いてたから、さすがにかわいそうだと思ってたんだけど」


 たしかにそんな噂があるけど、できればもっとさりげなく聞いてほしいな。


「でも、噂は噂ってことね。どうみても脅したって感じじゃないし」

「よかったですね嵐君。これで自他共に認める清く正しいカップルになりました」

「いや、俺は認めてないよ。というか、自然と会話に入ってきたね」

「むしろ風無がベタ惚れなのね。まぁ、昨日今日で分かったけど、あんた見た目はヤンキーそのものだけど、ドがつくほどのお節介でお人好しなのね。どうせ風無がここに連れてきたのも、昨日のことが関係してるんでしょ?」


 唐突に核心を突かれた。

 以外とこの人鋭い。

 下手に嘘をつくとかえって逆効果だろう。

 だから俺は正直に話す。


「まさか風無さんが連れてくるとは思ってなかったけど、概ねそうだね」

「やっぱりね」

「でも、ここにいるのは勉強するためだから今は聞かない。だからこの後時間がほしい」

「……いいわよ」


 この場で本題には入らず、お互いが教え合いながらテストの対策を進めていった。

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