第20話 嵐君、お付き合いしてください0

『ひっく、一人にしないでー! うわーん!』


 あぁ、またこの夢。

 何度見たことか。

 神社で一人で泣く女の子。

 間違えるはずがない。あの子は私。

 今でも鮮明に覚えてる。

 不審者に連れていかれそうなところに、警察官が来てくれたおかげで私は心の傷を負うことなく過ごせている。

 だけど警察官は不審者を追いかけ、プライドの高い誠司君はその後ろについていった。

 結果、私は一人神社に取り残されてしまった。

 怖くて動けない私はただ泣くことしかできなかった。


『ねぇ』


 そんな私に声をかけるのは一人の男の子。

 自分よりも体が大きく、鋭い目つきもあり、私の恐怖はより一層募った。

 だけど大丈夫よ、小さな私。


『大丈夫?』


 心配してくれる言葉に、私は少しだけ安心感を抱いた。


『ひぐっ……一人、怖いよ』

『俺が一緒にいてあげる』


 見知らぬ子だったけど、不思議と私は彼を信用していた。


『……本当?』

『うん!』


 彼は私に微笑み、私も笑顔で返すと、彼の右手を左手で握った。

 会話してくれたわけではなかったけど、ただ手を握っていてくれることが嬉しくて、私はニコニコしている。

 すぐに別の警察官が来ると、彼は「よかったね」と言って、私の手を離した。


『陽太! こんなところで何してるの! 早く帰ってきなさいって言ったでしょ!』


 男の子の母親なのだろうか、男の子を叱り始める女性。


『ごめんなさい。でも、あの子が一人で泣いてたから』


 男の子の母親は私と警察官を見る。

 どこまで事情を把握したかは分からないけど、母親はため息を漏らした。


『もう、これ以上陽太を怒れないじゃない』


 男の子の目線まで屈むと、母親は微笑みながら『偉いわ、陽太』と言って、優しく撫でると、彼の手を引いてその場から去っていった。

 私は男の子と母親の繋ぐ手を羨ましそうに見つめながら、小さな左手に残る感触を名残惜しむように開けたり閉じたりを繰り返す。



「ん……朝?」


 夢が終わり、現実に戻った私はすぐに身支度を済ませて学校に向かう。

 入学して一週間、まだ新しい生活に慣れずにいた。

 友人と呼べる人物もおらず、いつも一人で行動。

 せっかく高校生になったのだから、部活や委員会に入って少しは交友関係を広げていくべきなのだけど。


「なぁ、知ってるか? 例の一年生の噂」


 廊下を歩いていると、先輩方の会話が耳に入った。


「あの目つきが悪いやつだろ?」

「どうやらあいつ、中学の時、敵対してた不良グループ一人で壊滅させたとか」

「俺は生徒だけじゃなく、教師をカツアゲしてたって聞いたぞ?」


 盗み聞きするつもりはなかったけど、声が大きすぎて嫌でも耳が拾ってしまう。


「おい、あいつじゃないか」


 気にせず教室に向かおうとしたけど、不思議と気になって振り向いてみた。

 廊下を歩く、一人の男子生徒。

 ボサボサの黒髪の奥からは獣のような鋭い双眼がまっすぐ向いていた。

 周りの生徒は怯え、道を開ける。

 私も同じように道を開けたけど、何故か彼を怖いと思わなかった。

 むしろ、彼を見ていると安心してしまう。

 彼が通り過ぎた仇、私は教室に向かい、自分の席に着く。

 クラスメイトも先輩達と同様に彼の噂を話していた。



 放課後、私は真っ直ぐ家に帰ろうとしていた。

 道中、道の真ん中で同じ高校の男子生徒がしゃがみこんでいるのを発見。

 立ち上がると、まじまじと何か見ている様子。


「どうかされましたか?」


 声をかけるつもりなどなかったのに、思わず声をかけてしまった。

 男子生徒が振り向くと、目の前にあの男子生徒の顔が現れる。


「あ、いや、その! こ、交番って、どこですか?」

「交番?」

「その、落し物を拾ったもので」


 と言って、小さなストラップを見せた。


「届けるんですか?」

「え、は、はい。もしかしたら、大切なものかもしれないので」


 微笑む彼に私の心臓は大きく跳ね上がった。


「だけど、ここに戻ってきたの最近で、交番がどこにあるか忘れちゃって」

「で、でしたら私が教えてあげます」

「本当ですか!? 助かります」


 彼にお礼を言われ鼓動が早くなる。私はどうしたのだろうか。

 とにかく彼を交番へ連れて行くことに。

 特に会話もなく交番にたどり着くと、すぐに手続きを始める。

 私はもう帰っても問題ないため先に帰ることに。

 少しだけ彼のことが気になりながらも、私は交番を出ようとしたその時だった。


「はい書き終えました」

「確認しますね。えーっと、『嵐、ようた』さん」


 彼の名字を耳にした途端、あの記憶が蘇る。

 後日に警察官から聞いた話では、呼びに来てくれた男の子の名字が『嵐』だった。

 でも、彼はあの子じゃない。

 だってあの子の名前は……


「あのー、すいません。読み方が」

「え? あっ! すいません。ふりがなを見落としてしまいました。『あらし陽太ひなた』さんですね」


 私はその瞬間衝撃が走り、条件反射で振り向いた。

 私を助けてくれた男の子と同姓同名なんて、偶然なのか。

 まさか本人? でもそれなら何故今まで会えなかったのか。

 そんな疑問も彼の言葉を思い出したことで解決した。


『ここに戻ってきたの最近で』


 あの子と彼の微笑んだ顔が重なった。

 間違いない。この人は、嵐陽太君は、私を助けてくれた人。

 そして、私が恋した人。

 色々話したかった。感謝したかった。大好きですと言いたかった。

 でも、それを伝える勇気は私にはまだなく、警察官と話す彼の後ろ姿から目を背いて交番を後にした。



 次の日。

 授業を受けている最中も頭の中は嵐君のことでいっぱいだった。

 なんとかして話をしたいが、クラスが違うため自然と話しかけづらい。

 どうにかして近づくことはできないだろうかと考えていたら、あっという間にホームルームの時間になっていた。


「あ、そうそう。委員会、部活に参加する人はちゃんと期日までに紙だしてくださいね」


 思い出したように教師が終わる直前に伝える。

 そういえば、前に紙が配られてましたね。

 ……そうだ。彼と一緒の部活か委員会に入れば自然と会話が増えるはず。

 だけど、彼がなんの部活、委員会に入るのか知らない。

 そもそも入るのかも分からない。

 ため息を一つ吐く私の横で、会話が聞こえる。


「何に入る?」

「委員会にでも入ろっかなって」

「じゃあ、風紀委員いっとく?」

「やめてよ。持ち物検査とか身だしなみチェックで噂の不良の人に声かけないといけないじゃん! 分かってて言ってるでしょ」


 風紀、委員? 持ち物検査、身だしなみチェック……


「それです!」


 その場ですぐさま紙を書き、先生に提出する。

 そして二週間後。

 晴れて風紀委員となった私は早速朝の身だしなみチェックの仕事をすることになった。

 挨拶を交わしながら服装に乱れがないか目を光らせていると、同じ風紀委員の一人が「ひっ!」と声を上げた。

 風紀委員全員が顔を強張らせ、同じ方角を見つめている。

 私も視線を向けるとそこには、嵐君が歩いていた。


「誰が声かけるの?」

「俺は嫌だぞ」


 他の委員は怯えて近づこうとしない。

 一方の私は嵐君が近づくたびに心臓が跳ね上がって、苦しさを感じていた。

 何か言わなければ、せっかく話しかけるチャンスなのに。

 嵐君が横を通り過ぎた瞬間、私は意を決した。


「そこの男子生徒。止まってください」


 私が声をかけた瞬間、周りがざわめき出す。

 しかし嵐君は歩みを止めない。

 私は回り込んで彼の前に立った。


「あなたのことです」

「え……俺!?」


 自分のことだとは思ってもいなかったようで、慌てる嵐君。

 どうやら交番についていったのが、私だったことも気がついてない様子だった。


「そうです。身だしなみのチェックをするのでこちらに来てください」

「でも、ちゃんと制服着て━━」

「言い訳は結構です。とにかくこちらに来てください」


 嵐君の袖を引っ張り、横にずれて身だしなみのチェックを始める。

 しかし嵐君が言うように身だしなみに問題はない。


「あの、問題ないよね? だったら教室に行かせてほしいんだけど」

「……いえ、待ってください。ネクタイが緩んでいます。すぐに直してください」


 一秒でも一緒にいたくて、重箱の隅をつつくような小さなことも指摘をし、限界まで粘ってから嵐君を解放した。

 名残惜しく嵐君を見送っていると、他の委員から称賛の言葉をもらい、今後嵐君のチェックは任せると、委員会からのお墨付きをもらった私はこれ以降、チェックのたびに彼を呼び止めたりした。

 彼がよく利用する本屋が私がよく利用する本屋ということもわかり、前以上にその店に通うようになった。


「風無ちゃん。最近よくここを使うようになったけど、何かあったの?」


 ある日買い物をしていると、店長さんに指摘された。


「いえ、別に」

「……はっはーん。好きな人できたね」


 核心をつくことを言われ、言葉が詰まる。


「道理で以前にも増して綺麗になったわけだ。やっぱり恋してたかー。それで好きな人がこの店をよく利用してるから、さらに足を運ぶようになったとか?」


 この人に隠し事は難しいようです。


「はい、その通りです」

「もしかして、嵐君かなー」

「彼を知ってるんですか?」

「あの子を怖がる子が多くてね。今じゃ私が嵐君の専属のレジ打ちみたいな関係よ」


 嵐君には悪いけど、納得してしまった。


「まぁ、なんにせよ。私は応援してるから。嵐君、見た目に反して礼儀正しいし、優しい子だし」

「えぇ、それは昔から知ってます」

「ありゃ、そうなの。これは余計なことを言ったね」


 という風なやり取りをして、私は買い物を済ませた。

 こんな生活が一年近く経った。

 結局たわいもない話すらできていない。

 会話は風紀委員として最低限のやり取りだけ。

 いつか彼を呼び出し、思いを伝えるために書いた手紙も手元に残ったまま。

 臆病な自分に辟易していたある日のことだった。

 いつものように嵐君の身だしなみチェックを済ませて、教室に戻ろうと昇降口に入ると、彼の呟きが聞こえる。


「彼女ほしいな」

「何か言いましたか?」


 私は思わず彼の呟きに反応してしまった。

 聞こえてはいたけど、あえて内容を問いただすが、彼ははぐらかして教室に向かった。

 残された私の心は杭が刺さったように苦しくなる。

 もしかして彼には好きな人がいるのでは?

 でも口ぶりからして、相手がいるとは思えない。

 しかし、このまま何もせずにいれば彼は……

 私は本能のまま、大事にしまっていた手紙を彼の靴箱に入れた。

 放課後まで、私は自分のしたことに不安を覚えていた。

 嵐君はちゃんと来てくれるのか。読んでくれるのか。もしかして、読まずに捨てられてしまうのでは。

 放課後、指定した旧校舎裏までの足取りは重かった。

 ようやくたどり着いても、顔を出すことができない。

 時間をかけ、勇気を振り絞って旧校舎の裏を覗く。

 そこにはしっかりと手紙を握りしめ、待っていてくれる嵐君の姿が。


「よかった。来てくれてる」


 嬉しさで涙を流しそうになるのグッとこらえ、私はいつもの調子で彼の前に立った。

 嵐君は何か勘違いして、必死に無実を訴えているけど、もう私には余裕がない。

 だから、まっすぐと彼を見て、思いを告げた。


「嵐君、私と付き合ってください」

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