第12話 嵐君、お付き合いしてください12
財布から写真を取り出し、懐かしむように話を始めた。
「こんな小汚いおっさんだが女房も娘もいる。いや、いた、と言ったほうがいいか」
「いたって……まさか」
「早とちりするな。ちゃんと二人共元気に生きてるよ。ただ、もう五年会ってねぇ」
五年も……
「女房も娘も愛していたんだがな。なにぶん不器用でな。俺が女房と娘にできることは家族のためにがむしゃらに働いて、貧しい思いをさせないようにすることだと信じていた。その結果、女房との会話は最低限になっちまうし、娘と遊ぶ約束なんて何度破ったことか。だがそれも二人に貧しい思いをさせないため仕方ないことだと切り捨てちまった。当然、女房と娘には愛想つかされて出ていかれちまったよ。この写真に写ってるのはお前の言う通り、俺と娘だ。まぁ、写真もまともに撮ってなかったからな。残ってるのはこの十年前の写真だけだ」
「会おうとは思わないんですか?」
「女房にはたまに連絡して娘の様子を聞いてるが、別れてから一度も会ってねぇ。今更どのツラ下げて会えばいいかわからなかったんだ」
額に手を当て深くため息を吐く男性。
「だが、このままじゃいけないと思った。だから娘の誕生日にプレゼントを渡そうって。そんで、女房と娘にちゃんと謝る。今更やり直そうなんて思ってねぇ。でも逃げずに二人とちゃんと向き合わねぇと。そう思ってた矢先にこれだよ」
さっきのことを言ってるのだろう。
事情を聞いてさらに申し訳ない気持ちが押し寄せる。
「すいません」
「こっちこそすまんな。さっきは謝らなくていいって言ったのに、謝らせるような流れしちまって。でもこうして財布も戻ってきたことだしな」
「大事な財布みたいですけど」
「これは娘が初めて俺のために選んでプレゼントしてくれたものなんだ。結局最初で最期になっちまったんだがな。ちょうどその時の写真がこれなんだよ」
男性は大事な写真を他人の俺に手渡してくれる。
俺は丁寧に扱って写真に目を落とす。
男性と娘さん幸せそうな笑顔で写っていた。
改めて見てもとても幸せそうな家族で、思わず笑みがこぼれ落ちる。
「あまりにも嬉しくてな。お返しに娘にストラップを買ってやったんだよ。ほら、娘の手に握られてるやつだ」
再度写真を確認すると、男性の手にはあの熊の財布が握られ、娘さんの手には小さなピンクのウサギのぬいぐるみがついたストラップが。
「娘はウサギが大好きでな。プレゼントもウサギの何かにしようと思ったんだが、なんせ小さい頃の姿しか知らないからぬいぐるみぐらいしか思いつかねぇ。さすがにぬいぐるみって歳でもないしな」
「そういえば、娘さんって何歳なんですか?」
「たしか……次で十七だ」
十七……ということは俺と同い年ということになるのか。
「持ってないとも言い切れないですが、ぬいぐるみって歳でもないですね。ちょっとした小物とかどうですか? 例えば、うさぎのマグカップとか」
「それはいい!」
勢いよく立ち上がった男性。
しかし、苦い顔をうかべて躊躇う様子を見せる。
「だが、問題がある……」
「問題?」
男性が睨んでいる先にはピンクを基調としたファンシーなショップが。
「調べたところによると、あそこの店はうさぎのデザインの品を取り扱ってるらしい。マグカップも間違いなくあるはずなんだが……さすがにいい年したおっさんが気安く入れるところでもねぇんだよな」
たしかにあれは入りづらい。
大半の男性であれば、あそこに向かうのに少し勇気がいりそうだ。
しかし、このまま立ち止まってるわけにもいかないだろう。
流れとはいえ、詳しい話を聞いてしまったんだ。
俺も最後まで付き合おう。
「よかったら俺が買いに行きましょうか?」
「い、いいのか!?」
「はい、若い俺の方がまだあそこにいてもおかしくはないと思いますし」
「助かる! えーっと、名前を聞いてなかったな」
「嵐陽太って言います」
「陽太か。俺は
「了解です」
松園さんからお金を受け取り、心臓が大きく、そして早く鼓動するほど緊張しているのを勘付かれないように、平静を装って入店。
「いらっしゃいま━━」
入店した俺の顔を見た途端、店員さんのスマイルが凍りつくのを見逃さない。
俺みたいな目つきの悪い男なんて縁のないはずなのに、なぜ来たのだと言いたげだ。
「すいません」
「は、はひぃっ!」
近くにいた店員さんに声をかけると、悲鳴に近い返事をされる。
何もそこまでひどい反応しなくても。
「あの、プレゼント用でマグカップを探してるんですが」
「そ、それでしたら、こちらの棚に」
若干疑いの目は残るものの、少しだけ警戒心を解いて案内をしてくれる。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、心底安堵した様子で俺から離れた。
さて、目的のマグカップが見つかったのはいいけど、案内された棚には数種類のマグカップが。
この中から一つ選ぶとなると俺のセンスが試される。
しかし女子がお気に召すデザインなんてわかるわけがない。
身近な人物が好きなものを参考にしようとしても、俺の身近といういと美月さんぐらいだけど、女子とは言いづらい。
あとは風無さんだけど、風無さんの好きなものなんてまったくわからないから結局自分の感性に全て委ねるしかない。
俺はマグカップに目を向ける。
深く考えず、自分の感性に任せていると、俺の目は一つのマグカップを離さなくなった。
白を基調にうさぎのシルエットがいくつも散りばめられ、縁には小さなうさぎが顔だけをちょこんと出してしがみついている。
そのマグカップを持ち上げ、値段を確認。
松園さんから預かったお金で十分足りる。
よし! これにしよう。
「すいません」
レジに向かい、店員を呼ぶ。
「お待たせしまし━━」
あ、さっきの店員さん。
俺を見た瞬間、一瞬だけ絶望した表情を見せたが、すぐさま営業スマイルを振りまく。
「お買い上げですか?」
「はい。あと、これプレゼント用にラッピングしてもらえますか?」
「かしこまりました。簡単なものですが、メッセージカードをお作りできますが」
そう言われサンプルを渡された。
「お願いします」
先に支払いを済ませ、店員さんは慣れた手つきでマグカップを箱に詰めて丁寧にラッピングを施す。
「送る方のお名前は」
えーっと、たしか……そう、梨花さんだ。
「梨花で」
「梨花様ですね。送り主は……」
松園さんの名前は……って、娘に渡すのに父親の名前ってのもなんが変だな。
「『父より』って書いてください」
「お父様ですね。かしこ━━えっ!?」
突然驚いてメモしていた紙と俺の顔を交互に見比べ始める。
父親が娘にプレゼントすることがそんなに珍しいことなのだろうか?
「こちらは、お父様からのプレゼントで、お間違えないですか?」
「はい」
「それで、こちらの商品は娘様への贈り物で、お間違えないですね」
わざわざこんなこと確認する必要があるのか。
「はいそうですが」
何度も聞かれないようにはっきりと答えると、店員の顔が青くなる。
「こちらが娘様のプレゼント」
俺に聞くというよりかは、自分で確認するように発して片手をプレゼントに向ける。
「そして、送り主が……お父様」
「…………え?」
店員さんの手はなぜか俺を差した。
「……あっ! ち、違います! 知り合いに頼まれて買ってきただけですから!」
ようやく店員さんが勘違いしていることに気がついて慌てて補足を加える。
「そ、そうですよね。びっくりしました」
そう言ってはいるが、三割ぐらい疑っている顔をしていた。
そんなにも性に忠実で、無責任な男に見えるのか。
「お、お待たせしました」
色々と勘違いはあったが、無事にプレゼントを購入。
足早に退店して松園さんの元へ。
「おおっ! 帰ってきたか。プレゼントは?」
「ここに」
「いやー助かった! ところで何かあったのか? 目が死んでるぞ?」
「お気になさらずに」
見た目だけでここまで低い評価を受けるとは、思ってもいなかっただけですから。
「そ、そうか。何があったか知らんが、元気出せ。それとこれはお礼だ」
と言って、缶コーヒーを一本渡してきた。
「本当に助かった。じゃあ、俺はこの辺で」
軽い足取りでその場から離れる松園さん。
誰かの役に立ったのだから、思っていた以上の評価の低さは目を瞑ろう。
さて、せっかくショッピングモールに来たんだ。
帰る前に食品だったり、調理器具でも買って帰らとしよう。
そう思いながらもらった缶コーヒーを一気に煽り、ゴミ箱に捨てた。
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