くぬぎ越え

@SyakujiiOusin

第1話

            くぬぎ越え


                               百神井応身


 穏やかな日が続いている。このところ危険を感じさせるような気配はない。

 畑三郎は、久しぶりに翔馬と山道で行き会った。あれからさして日が過ぎていないのに、翔馬はかなり大人びてきていた。

 「久しぶりだな。俺は先日お前の御父上ではないかと思える人物に出会った。顔立ちがお前そっくりだったから間違いあるまい。静かでありながら燃え立つような圧倒的オーラを纏っていて、すれ違うだけでも畏れ多いくらいだったし、一瞬で内面まで見抜かれてしまったように感じたよ。」


 我が国が人類に対して果たさなければならない責任は重い。少なくとも、人としての文明の発芽はこの地にあったからである。

 世界を背反するもので成り立たせた真意は、一体どこにあるのだろうか?経験を積んでバランスをとることができるようになることが究極の目的だというのだろうか?

 もしも全知全能の神が作ったというのであれば、不完全なものを造ったのが何故なのかが解らない。

 人類の文明は四大文明に代表されるが、そのほかにも30~40くらいはありそうである。大きな河川に沿って開けたことの理由は説明されている通りなのであろうが、それが生まれる前はどうだったのだろう。

 メソポタミア文明は、チグリス・ユーフラテス河によって開けた。河川の氾濫により肥沃な土地が形成されており、穀物の生育に適してはいただろうが、雨が頼りの自然任せでは、人が集まって安定的な生活を営むための収穫は期待できなかった。灌漑という知恵がもたらされ、川の水が使えるようになったことでそこは耕作地にすることでき、狩猟採取から脱却して定住する道が選べた。収穫量が安定すれば人口は増え、それに伴って分業が始まる。文化はそうして始まった。およそ6千年前のことである。

 農業を主とする民族は、基本的に争いを好まない。争うことよりも協力して作業する方が効率が良いことは、思考力のある人類には理解される。しかし文明が発達してそこが裕福になってくると、多民族からの侵略に晒される。そうしていつの間にかそこでの文明は途絶え、平和に暮らしていた民はそこを逃れ、祖先発祥の地である日本に帰ったのであると考えるのが自然である。

 日本は1万6千年以上前に縄文文化を築いていた。そこから年月をかけて世界各地にそれは伝播した。それより前に発展していた国はない。お日様が上る  平和の地というのが日の本という名のいわれである。言葉の持つ本来の意味に意識を向けないと、ものごとの本質は見えてこない。

 当時から多民族国家として成り立っていた日本人が、衿を正して守り育ててきた信念・理念・思想は、時代が下り争いが増えたことにより雲散してしまった。混沌が世界に広がってしまった時代があったということになる。元に戻せる力は、日本にしかない。神社として祀られている神々は、神域というものはあってもおよそご本尊とか偶像というものが重要視されているわけではない。

有情(心のある者=人)非情(心のないもの=自然)を越え、大いなる意思の波動を感じ取る能力が備わっていた。見えない世界があることを実感し、物体化したものの後ろには、波動の世界があると解っていなければ、日本人にしか聞こえない音、例えば虫の集く声や微かにそよぐ風を身近のものとはできなかった筈である。

神に護られてはいても、暗くて判らないものは多い。それは先行きに不安を感じさせる。闇は人智を越えていたから、破闇は神の力に頼るしかないと、身を慎んだ。

それでも神を感じられるということが体の奥にに浸み付いている。虫の鳴き声が聞こえるだけでなく、それを美しいとすることができているのは、多民族にはないことであることからもそれと知れる。

 自然の中での魂の表れ方は、和魂、幸魂、奇魂、荒魂として人に実感させる。実態が顕れることがなくても、天変地異が起こる度に、それが何を意味しているのかを察し取ることに意識を向け、身を律してきたのである。さして特別なことではなかったが、この地に生まれ付いた意義に向く意識が外来の影響が強まるにつれて薄れてくるようになり、それらの能力は弱まった。本来は逆である。より強固にならねばならなかったのである。

 護符やお守りというのは後にできた。それに縋ることはなくてもよかったが、個々人が携えて神仏とのつながりを意識するものとなった。他を思いやる心も大事だとすることからできているものもある。例えば、伊勢神宮の周りには「蘇民将来」という札を締め飾りに飾っている家が多いことでも、それが判る。

 それに関する言い伝えというのが有る。昔々牛頭天王が、そろそろお嫁さんが欲しいと願っていると鳩が飛んできて「竜宮城に行きなさい。」と教えてくれた。

そこで竜宮城への旅に出かけたのだが途中で日が暮れてしまったので、泊めてくれそうな家を探していると、金持ちである巨旦(ごたん)の家が目に入った。

 牛頭天王が「一晩泊めて下さらんか」と頼んだのだが、巨旦は意地悪く「うちは貧しいからとても止められない」と嘘をつかれてにべもなく断られてしまった。

仕方なく次なる家を探して歩いていると、蘇民将来の家に行きついた。「一晩泊めて下さらんか」と頼むと、心優しい蘇民は「貧しくて何のおもてなしもできませんがどうぞお入りください」と言って招き入れ、粟のご飯を炊いて饗しました。

 翌朝、牛頭天王は泊めてもらったお礼だと言って珠を手渡しました。この珠は、心の優しい人が持つとお金が溜まるという宝珠であった。

 牛頭天王は無事に竜宮城にたどり着き、そこで結婚して8人の王子を設けた。或る日、自分の故郷に帰ることを思い立ち、旅路の途中で以前お世話になった蘇民の家を訪ねると、彼は長者になっていた。

 その後も蘇民の家の子孫は、代々「蘇民将来」と書いた木札を身に着けて幸せに暮らした。

 民は将来蘇ると読んだとき意味は通じるのだが、蘇るというのが何であるのか、又この民とは何を指すのか?日本語を漢字に置き換えたことで意味が変わってしまったことはあり得るから、何を伝えることを考えてできた話かは解りにくい。この説話は漢字が使われるようになってからできたものだからである。

 「民」という字の語源は、目を針でさす様を描いたものであり、目を針で突いて目を見えなくした奴隷を表している。後には目を見えなくし分別を出来にくくすること、支配下におかれる人々という意味で派生したのが「民」という字であることを思えば、情報を極力与えない、内容をわかりにくくして煙に巻く、という裏の意味があることになる。説話と雖も表面通りに解釈はしきれない。


 古い時代には距離が離れているということで、他国が日本を認識していなかったと思われがちだが、そんなわけではない。徐福は始皇帝に命じられて不老不死の薬を求め、日本を度々訪れた。そんな薬は日本にだってないことは解っているだろうから、渡来する目的は日本でなくては果たせないことが別にあった筈である。徐福は、カタカナ読みをすればヨセフ。四国のあたりを巡っているらしい。

 日本には「丹」が大量にあった。水銀のことである。毒性が強いが金の採掘には必要である。丹は、「あか」とも「に」とも読む。鳥居のあかい色にも使われる。「丹朱」「丹頂」「まごころ」「丹誠」「丹念」「よくねった薬」「不老不死の薬」「丹薬」「仙丹」 などが熟語としてあるが、地名となっている所も多い。丹波国 · 丹後国 · 伊丹市 · 丹生郡 · 丹南 ・等々である。


 縄文時代が1万6千年前というが、日本列島からは4万年前の世界最古の磨製石器が発見されている。恐るべきは、日本の文化はそれ以来も途切れることなく続いていることである。他国から渡来する文化も宗教も全て取り入れて、いつの間にか同化し、日本独自の形に昇華してしまう包容力があればこそである。縄文時代のことは近年に至るまで伏せられていた節がある。

 1万5~6千年続いたとされる縄文遺跡から発見される人骨には、戦いによって生じたような傷跡がない。争う必要がなかったということになる。


 戦国時代というのは経験したが、戊辰戦争における旧幕府軍の死者は8625名、新政府軍3588名(これは靖国神社に招魂した数であって、それ以外にも1359名の戦死者がいるということである)の計13562名という。  幕府側に、日本が二分して争うことにより国の力が削がれてしまうことを避けようとした判断があったということである。


 米国の南北戦争は、1861年4月に始まり65年4月まで4年間続いた。その間、大きな戦闘が約50回、小さな戦闘は無数にあった。両軍併せて61万8千人、北軍は36万人、南軍が25万8千人の戦死者を出した。62万に近い死者の数は、第一次世界大戦の約11万、第二次世界大戦の約32万と比べてもあまりに大きい。南北戦争と日本では呼ぶが、かの地ではシビルウォーと言う。主義を通すこと以外にも理由があったのかも知れない。


 人は外見からでは区別がつきにくい。内面の成長度合いであるとか、何を理想として目指しているのかということになれば尚更である。いわゆる人であるかどうかさえも、外からでは判らない。加えて教条的な宗教やイデオロギーに教条的に凝り固まっている人たちは、知らぬ間にそれらの何かにコントロールされてしまっているのかも知れぬ。教えという形をとると恐ろしい。


 不思議な力を秘めている日本の地を欲しがった者たちは、歴史上数多い。

 蒙古は、ユーラシア大陸を遠くヨーロッパまで含め席捲して一大帝国を築いたほどの強国であったが、日本に手を出そうとして、そのお先棒を担いだ高麗とともに衰退した。


 スペイン人コロンブスは大航海の末、船が座礁したがタイノ族に救助され、手厚い介護があって自国に帰ることができた。タイノ族はアラワク族語系に属するキューバ、イスパニョーラ島(ハイチとドミニカ共和国)、プエルトリコ、そしてジャマイカを含む大アンティル諸島とバハマ諸島に先住していた。クリストファー・コロンブス到着以前は平和に暮らしていた。その地には金が豊富にあった。コロンブスは命を助けてくれたその地に恩義を感じるどころか、軍隊を引き連れて再び訪れ、その地を植民地化して簒奪の限りを尽くした。彼らの神の名の下に、それを成し愧じることもなかった。それにより、タイノ族は歴史上からその名を消した。

 スペインやポルトガルは、本来の目的地であった黄金の国日本を手に入れたかったが、インカの国々と同じようにはいかなかった。鎧袖一触どころか日本に触れようと試みる間もなく、ヨーロッパでの強国ですらなくなった。


 ロシアはヨーロッパでの一大帝国であり、世界の富の三分の二を占めるまでに至っていたが、日露戦争により世界最強を誇っていたバルチック艦隊は壊滅した。戦力的には圧倒的であったロシアが、その後は徐々に力を失っていった。


 日本民族を殲滅してしまいたいと考える白人は確かにいた。第二次世界大戦はその流れの一つであったように考察されるが、物量に任せて戦争には勝てたけれど、どうやっても日本民族を滅ぼすことは不可能であった。何か偉大な意思に護られているのだという恐れを払拭できなかったからである。

 何とかしようと考え、手始めに日本人が血脈の中に培ってきた歴史を全否定し、根底にある意識が何かにつけて逸らされるようにしむけられた結果、日本人のそれに対する感性は薄れ、重大事に直面したときでないと現れなくなってしまっている。

 薄田数馬は日本各地に鎮められている神々の地を丹念に回り、それが今もエネルギーを持ち続けているのかを感じ取る旅を続けていた。脅威というのは忘れたころに突然姿を表す。前のように人里離れたところから始まるのではないと思っていたから、神々の意思が強固であることが、今後に大きな影響を及ぼすと解っていた。科学しか信じないとする人たちの中で、数馬たちの働きが表面化することは期待できなかった。人知れずの戦いになることは余儀なきことであった。

 反人類の活動は、表沙汰になるものには対応できようが、潜んで広まるものは、人々が気づいたときには、強列な災害を伴いかねないのである。人々の意識をそらし愚民化を図る方策は、着々と進んでいるように思えた。

 秘密裏に人類征服を目論む勢力は、彼らの神の名のもとに着々と勢力を蓄えていた。それを急ぐといつの場合も何処からともなく表れる少数の超能力者の働きだけで阻まれた。それは抗しようがなかった。危機が迫れば星をも砕くという能力を持った超人が顕れた時代もあった。数人だけでこれだから、日本人が本来持っている能力に目覚めたら、巨大なエネルギーになる。そこに至らないように意識を逸らせる策略を巡らすと同時に、時々姿を表してくる能力者を、少人数のうちに各戸撃破していくしかない。手っ取り早くそれをするには、それら能力者を破廉恥罪で糾弾することも選択肢に入っていた。メディアの世界に侵入させた分子を使えば可能になる。ただ、翔馬や畑がそんな策に易々嵌ると思っていたら大間違いである。感じ取る能力が並外れているし、偉大なる意思に護られているからである。

 名を鬼とか怨霊という実態のないものとして扱われることで、詳らかにはされない存在として陰に潜んだものが、絶大な影響力を残していることは否めない。鎮められたとはいえ、それに名を借りた陰謀論まがいのものもある。海を渡ってきたそれらの組織には陰に潜んでの実態がある。人々の意識の底に沈んではいるが、それらの持つ破壊的エネルギーが思い起こされる恐怖心を駆使して、人類支配の目的を果たそうとしている。黒幕として大衆を革命へと扇動したり、破壊活動や・瀆神・乱交・嬰児嗜食など、混乱を惹起することでそれを図る。

 人類が滅亡するどころか、星の存在すら危ぶまれる動きをしているのだとまでは考えていないから恐ろしい。自分さえ良ければよいと考えればそうなる。ましてや走狗として働かされている者たちは、気づく機会さえ与えられないまま使い捨てられる。時空を超えて影響を及ぼしているものとの戦いなのである。籠目の中に捕らわれた鳥であることから抜け出ることができるかどうかは自覚しかない。

 日本語に鏤められている言葉の意味に気づかねばならない。鶴と亀は滑っても、それが意味する剣を滑らすわけにはいかない。鉈のような剃刀と言われる日本刀ができたのには意味がある。破邪の剣であるからこそ、美を兼ね備えているのである。

 愚かにも中川たちが主導して破廉恥罪作戦を実行しようとした。

 実際に破廉恥な性情から不埒な行為を犯す者もいるが、冤罪により社会的生命を絶たれてしまうケースもある。僅かばかりの小遣い銭欲しさに言いがかりをつけることを繰り返す人倫を踏み外した不良を排除しきれないでいる。

「この人痴漢です」と掴む。組んでいる仲間が「私、見てました」と続ける。

 理不尽と思っても逃げるわけにもいかず電車から降りると示談金を要求され、断ると駅員を呼ぶ。駅員室へ連れて行かれ、続けて警察署に連れていかれて留置場入り、概ねこんな流れとなる。引っかかったなと思ったら即座に録音を開始した方が良い。ただ、「この人痴漢です!」と腕を掴まれた瞬間から逮捕されたことになる。私人逮捕・常任逮捕ということを知らなければ対応に無知なのは普通人では仕方ない。

 翔馬たちの仲間8人を罠に嵌めようと中川冷子たちは図ったが、成功しなかった。大いなる意思に沿った彼らの周りは自然に親衛隊に護られていて、悪意を持った者たちは近づくことすらできなかったからである。

 それに手を染めようとした者は、矢声(八越え)とともに飛来する破邪の矢に貫かれ、自滅するしかなかった。矢声とは、遠矢を射かける時に高く発する声のことであるが、それが聞こえたら最後であった。

 前作、「鵯越え」のクワガタムシが発端となったクヌギは、ブナ科コナラ属の落葉高木である。古名はつるばみ。 漢字では櫟、椚、橡、栩、椡、㓛刀、功刀などと表記する。 クヌギの語源は国木(くにき)または食之木(くのき)からという説がある。

 クヌギは幹の一部から樹液がしみ出ていることが多い。カブトムシやクワガタなどの甲虫類やチョウ、オオスズメバチなどの昆虫が樹液を求めて集まる。樹液は以前はシロスジカミキリが産卵のために傷つけた所から沁み出すことが多いとされていたが、ボクトウガの幼虫が材に穿孔した孔の出入り口周辺を常に加工し続けることで永続的に樹液を滲出させ、集まるアブやガのような軟弱な昆虫、ダニなどを捕食しているためであるとされるようになった。

 ウラナミアカシジミという蝶の幼虫はクヌギの若葉を食べて成長する。さらには、ヤママユガ、クスサン、オオミズアオのような、ヤママユガ科の幼虫の食樹の一つである。

 クヌギは成長が早く植林から10年ほどで木材として利用できるようになる。伐採しても切り株から萌芽更新が発生し、再び数年後には樹勢を回復する。持続的な利用が可能な里山の樹木の一つであり、農村に住む人々に利用されてきた。里山は下草刈りや枝打ち、定期的な伐採など人の手が入ることによって維持されていたが、近代化とともに農業や生活様式が変化し放置されることによって自然は荒れた。

 縄文時代の遺跡からクヌギの実が土器などともに発掘されたことから、灰汁抜きをして食べたと考えられているくらい身近にあった。養蚕で屋内で蚕を飼育する家蚕が行われる以前から、野外でクヌギの葉にヤママユガ(天蚕)を付けて飼育する方法が行われていた。

 門は内外の区切りを表す。別名「くのき」に合わせて「区(門)の木」として使われた。苦脱ぎである。


 下部組織である中川たちなどは使い物にならぬと打ち捨てて、上部組織が直接動き出す可能性の方が強まった。過去の経緯から見ても、全力で挑まねばならないほどに、翔馬たちのエネルギーは強いのだと認識するに至っていた。

 そうかといって迂闊には動けない。動けばその拠点は即座に察知され、壊滅的打撃を蒙ることを散々に経験させられていた。


 やまと心を栞にて 学びの路もいと深く いそしむ業もいと広く 君と親とにむくいまつらむ

 明治時代から歌われている翔馬たちが通った小学校の校歌である。公という心が先にある。

「やまと」とは何か?漢字で表された大和は、そもそものやまと言葉による文字ではない。日本では一音に一つの意味があった。「や」は戻る、「ま」はまごころ、「と」は調和である。そのむかし教育には目的があったが、近年になって知識だけを教えるようになってから、国は行く先を見失った。学ぶことには目的がある。

 謙譲語がある国は日本くらいのものであろう。相手も敬い共に平和であろうとした国に求められたものは、「鎹」の役割であったのかもしれない。それなくしては世界が分散破壊されてしまう。日本は宗教というものがない国だと言われる。確かに経典と言われるようなものはない。しかしそれらは個々人の心の中に積み重なって涵養されてきている。それを取り除くことは不可能である。

 いよいよ多くの人が本来の精神を取り戻す時が近づいてきた。決戦は避けられない。目覚めた者たちは意外に多い。長かった苦難の急勾配の先は見え始め峠越えは間近である。

 陰に潜んでいた者たちは炙り出され、まつろうか滅びるかの選択が迫られる。まつろうと言っても服従することではない。人類として協調していくかどうかということである。

宇宙のスケールは、譬えようもないほど巨大であり、宇宙にとって人間がどのような意味を持つのかを想像することは難しすぎる。あったとされるビッグバンから138億年後であるのだという現在は、宇宙の歴史において、何らかの到達点でもなければ節目の年でもないということとしか思えない。

宇宙史の到達点を求めるのならば、われわれ人類がたまたま生きているという出来事に着目したビッグバンから138億年後の現在ということではなく、むしろ、宇宙が「ビッグウィンパー」と呼ばれる終焉に達した時点、ビッグバンから「10の100乗年」後といわれる世界を一つの目安とするほうが、よりふさわしいであろう。

宇宙が終焉に至るまでの気の遠くなるような歳月に比較すれば、現在は宇宙が誕生した直後にすぎないということになる。地球が形作られ46億年、人類が誕生してであっても数万年に過ぎないのである。

酸素濃度が高かった時代には、植物も動物も巨大であり、恐竜が地上に君臨した時代も経て、人類がこれらを圧倒したとはいえ、その後大して時間を経過しているとはいえない。

世に言われるブラックマターと呼ばれる膨大なエネルギーが、何故に物質化したのかだって解らない。さらに言えば、物質化したものと同時に生まれた精神エネルギーは、何が目的なのだろうか?積み重ねてきた精神活動は、神が想定した宇宙の滅びまでに所定の域にまで達することができるのだろうか?

 神道は、古代日本に起源をたどることができるものであるが、宗教というのとは少し違う。仏教が渡来してから、それと区別するために、それと区別するようになっただけのことのように思える。神教ではなく「神道」と呼ばれることからもそううかがえる。自然侵攻・祖霊信仰を基盤に、政治体制と関連しながら徐々に成立した。

 神道には確定した教祖、創始者がおらず、公式に定められた「正典」も存在しない。森羅万象に神が宿ると考えそれを疑わず、また偉大な祖先や偉人を神格化し、天津神・国津神などの祖霊をまつり、祭祀を重視する。浄明正直(浄く明るく正しく直く)を徳目とするが、森羅万象を神々の体現として享受する「惟神の道(かんながらのみち=神とともにあるの意)」であるとされるものは、経験上の教えとなって神社と祭りの中に伝えられているが、数万年に亘って個々人の血に浸み付いたものであり、そこから離れられない。

 神社にはご神体として飾られているものは殆どない。せいぜいが神器として鏡を据えているくらいではなかろうか。

「鏡」 は,古くから特別な霊力のあるものと考えられ,玉や剣とともに呪力をもつ祭祀具としても重んじられてきたのは確かである。「影・見」からできた語であるとの説が有力であるが、そうとは思えない。

 カとミ即ちカミの間にガ(我)があるのだと人が自然に考えたのだと思った方がしっくりくる。自分がそのまま映し出されることをもってして、自らのありようを確認したのである。そこに映し出されるものに美を求めるようになったのは必然であろうが、表面的美をそれだけに留めず内面も美しくあろうとしたのである。

 表面的美をいくら求め化粧や整形で外面を取り繕っても、遺伝子までは変えられない。

 日本の神々の表れようをみるに、何故か尊崇されていて神社の数も多いのに、記紀にその名が出てこない神様だって無数にある。八幡の神もそうである。

 宇宙のことになると、数字が大きな意味をもっているらしいのだが、それらがどのようなことなのかは解らないままである。

 アラビア数字 細胞分裂 黄金比 10進法 獣の数字666 見えざる世界を表す数字、3・6・9。理解を超えている。


 日本語は他の言語体系に属さないと言われる美しい言葉であるのに、このところの日本では、最近ヨコモジの表現が矢鱈に多すぎるように感じる。日本語は大抵の外来語に訳語があるのに、どうしてそれらを使わないのだろうか?ことさらにそうしているようにすら感じる。


 逆に、日本語を外国語に訳せないものは沢山あるのだというのにである。語彙の多さが思考を深める。としたら、我々は足元を見直してみる必要がある。

木漏れ日。なんと美しい情景を思い起こさせる言葉であろう。

松籟・・・松の梢 に吹く風の音、これを感じ取る感性も、多分外国語にはあるまい。衣擦れなんていうのもある。

 訳せない擬音語も多いというが、音に対する感性も並外れているのだと思う。

 幽かなものでも大事にする日本人の徳性は、勿体ないという語を生んだ。

 思いつくままに日本語の美しい表現を拾ってみるだけでも、次から次へと出てくる。

小糠雨 五月雨 小夜時雨 日照雨(そばえ) 雨足 雨上がり

薄氷(うすらい) 朧月 陽炎 名残雪 花曇り 花冷え 細雪 雪明り 花衣 玉響(たまゆら) 草紅葉

心配り 力添え 泡沫(うたかた) 紅差し指


 このほか、心情を表す表現ともなれば限りなくありそうである。いずれも相手を慮ってのものであることが多い。神々に直結していたと言われる大和言葉は、七語調の音階を踏んでいる。詩歌の道もそれに沿ってなされたのだと思うが、それらは何故か失われる方向に進んでいるかのようにさえみえる。

 圧倒的な大自然の脅威にさらされ続けてきた日本民族は、普段身近な存在として崇める神々の上に、それらすら超越してしまう神が存在しているのだと感じ取っていたとしか思えない。記紀に出てくる人格神の前に、名前しか出てこない神がいることからもそれと知れるのである。

 このような神話を持つ民族は、神をも創った神がいると知っていたと考える以外に説明がつかない。古くから栄えた文明というのは、一度目を逸らすと見えなくなってしまうものがあるのだということになる。


 歴史の経過とともに社会構造は変わってきた。政治的にまとまることでの取捨はあって不思議はない。まつろう者とまつろわぬ者との鬩ぎあいはどの民族にもある。

どちらが世に受け入れられたかということであるが、人が人として生き延びるのには理由があったのだと考えるしかない。どちらが正しかったのかは判らないが、結果がそうなっているというしかない。

 それらも、歴史というものがとどめられるようになってから以後のことが解るのみである。その解釈が正しいのかどうかは判らない。

 歴史の折々のことは、能の演目として残っているものからも、それらを想像することができる。

 京都の治安を守る、武勇に名高い源頼光(ツレ)は、近頃体調がすぐれない。そこで侍女の胡蝶(ツレ)は薬をあつらえてもらい、頼光のもとへ届ける。頼光の従者(トモ)の取り次ぎもあって胡蝶は頼光と面会するが、頼光は弱音を吐くばかりであった。

 その夜、頼光がひとり休んでいると、怪しげな僧(前シテ)が現れ、病気というのもみな我がなす業(わざ)であると告げる。僧は蜘蛛の化け物となって頼光に糸を吐きかけるが、傍らにあった刀で斬りつけられ、退散してゆく。騒ぎを聞きつけた頼光の家臣・独武者(ワキ)は血の跡を見つけ、軍勢(ワキツレ)を従えて追ってゆくと、葛城山中の古塚に行き着いた。軍勢が塚を崩すと、蜘蛛の精(後シテ)が正体を現し、軍勢を散々に苦しめるが、軍勢の奮闘によって遂に討ち取られたのであった。

 土蜘蛛は、上古の日本において朝廷・天皇に恭順しなかった土豪たちを示す名称であると考えられる。各地に存在しており、単一の勢力の名ではあるまい。また同様の存在は国栖(くず)・八握脛、八束脛(やつかはぎ)大蜘蛛(おおぐも)とも呼ばれる。「つか」は長さを示す単位であり、八束脛はすねが長いという意味である。

 いずれにせよ敵対勢力はいつの時代にもあって、どちらかが他方を攻め滅ぼしたということになる。それらは表の戦いばかりではなかったかも知れない。

 しかし、陰に潜むものは表に出ることを好まないでいることをもってしても、いずれは牙を剥いて人類に仇成す可能性を秘めていると考えざるをえないのである。


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