プラタを検査する話。(狛零視点)

 プラタを検査する話。(狛零視点)


 薮井さんが胸を張った結果、豊満なメロンがどんと前に突き出されたために俺は視線を背ける。

 そんな俺の視線に気づいていないのか分からないけれど、化さんが彼女へと自己紹介を行う。

「えっと、化初と申します。この子はプラタって言います。その……よろしくお願いします。薮井院長」

「初ちゃんですね~。よろしくおねがいします~♪ プラタちゃんもよろしくね~」

「ミャア~」

 少し緊張しているのか化さんは薮井さんへと挨拶すると、薮井さんからは嬉しそうな声が聞こえてきた。同時にプラタからものんびりとした鳴き声が聞こえる。

 胡散臭いとか思ってたけど、プラタが警戒していないから……悪い人物じゃない? いや、動物病院の院長なんだからあくどいとかそんな風はないか。

「それで君の名前はなんですか~?」

「え、あ、っと……真樹狛零、です」

 ジリジリと近づいてくる気配に気づき、俺は急いで名前を告げる。

 するとぴたりと近づいてくる気配は収まった。というかさっきと同じように密着してこようとしてたのか?

「まき、こまれい……ですか~。まきしあ。うーん、コーヒーの商品名みたいになりますね~。もしくは天使とかガン●ムの名前ですね~」

「あの、何で俺の姓をあてようとするんです? あと何言ってるか分からないんですけど」

「え~? 結婚したらそんな名前になるんだって思うと良いじゃないですか~。今のところ結婚したい姓の一位は『かみのい』さんです~♪」

 そう言って薮井さんはニコニコと笑顔で答える。

 ……かみのい? かみのい、しあ……神の、医者? 何というか凄い名前を目指そうとしているのだろうかこの人。

 って、いま気づいたけど……『やぶいしあ』って早口で読むと『やぶ医者』って呼んでしまうんだな。

「あ、やぶ医者なんて言ったら、ピーしますからね~?」

「――っ!! っ! っ!!」

 深淵、そんな光も通さないほどの真っ暗な暗闇をつぶらな瞳に宿しながら薮井さんはこちらを見る。ちなみに口元は笑っている。

 その瞳と笑っているのに笑っていない笑みに全身が怖気立ち、気づけば俺は必死にこくこくと頷いていた。

 隣を見ると同じようにガクガクと体を震わせながら化さんも頷いており、プラタは毛を逆立てていた。

 けれど頷いた俺達の姿を見たからか、ニコリと薮井さんは微笑んだ。今度はちゃんと笑っている微笑みだ。

「それなら良いのです~。それで、今日はどうしたのですか~?」

「えっと、今日は……プラタの検査を頼みたくて……」

 余計なことは言うまい。そう考えながら、俺が言うと薮井さんはプラタを見る。

「どれどれ~? あ~、この子って公園に居た子ですよね~?」

「は、はい。懐いてくれて、プラタも嬉しそうだったので飼いたいって思うんですけど……その場合は検査が必要だと聞いて」

「なるほど~、ダニやノミが居るかの検査をしないといけませんね~。あとは先天性の症状とか持っていないかもチェックしましょうか~?」

「……お願いします」

 すぐに俺が言いたいことを理解したようで、薮井さんは笑みを浮かべながら頷く。

 そしてチェックしないといけないことをスラスラと言いだす。

 多少お金はかかるかも知れないけど、プラタと暮らしたいと思う場合には必要なことだと思って俺は納得する。

 というか、お金がすべてじゃないんだから。

「は~い♪ それじゃあ、診察室へどうぞ~」

「え、しばらく待合室で順番を待つものじゃ……」

「あはは~……、他に待ってる人いますか?」

 力なく薮井さんは笑って、こちらを見た。すごく、哀愁があります……。

「「えと、す、すみません……」」

 そんな彼女に俺と化さんは謝罪することしか出来なかった。


 診察室に案内されると、室内は暗かったが蛍光灯が点けられていなかったようでスイッチを押すとパッと明るくなった。

 明るくなった診察室はほどほどの大きさの室内で、その中央にはペットを載せるための透明なアクリル板だと思われるもので作られた診察台が設置されていた。

「は~い、それじゃあプラタちゃんをそこに置いてくださいね~」

「分かりました。……えっと、他の人って?」

 ニコニコ微笑む薮井さんの指示に従ってプラタを診察台の上に置きながら、診察室を見渡しているけれど……待合室だけでなく、ここにも看護師とかそんな感じの人は見られなかった。

 なのでちょっと触れてはいけない話題かなと思いつつも俺は聞くことにした。

「……開業したての動物病院、しかも名前が縁起が悪いところに来ると思いますか~?」

「あ……。す、すみません」

「気にしないでくださ~い。あはは~……、あはは~……」

 再び哀愁を漂わせ始める薮井さんに俺は謝ることしか出来ずにいると、彼女はふぅと息を吐くとプラタと向き合った。

 その表情は優しそうな笑みなのだが、先ほどまでの雰囲気などではなく目の前の小さな存在に向けて真摯に向き合うといった様子だ。

 バイト先で度々見かける玄人の人達と同じような雰囲気。

「さてと、それじゃあプラタちゃん。ノミ駆除用の薬を首の方に垂らしますね~、24時間経ったら効果は見られますから~。あと、狛零くんは帰ったら部屋のダニノミを駆除するために燻煙剤を使ってください~、プラタちゃんからダニやノミが部屋の中に落ちてる可能性だってあるのですからね~」

「は、はい。わかりまし――ってうわっ!?」

 薮井さんの言葉に頷きながら、何時の間にか手に持っていたスポイトのような形をした薬をプラタの首筋に近づけているのを見ていた俺だったが、突如彼女から小さな缶を渡された。慌てて受け取り、缶を見ると殺虫剤で有名な会社の燻煙剤だった。

 煙が出ないタイプのマンション、アパート用のそれを見ていると化さんも側まで近づき、俺の持っている物を見始める。

「真樹さん、これって何ですか?」

「ああ、これは部屋の中に居る害虫を退治するための道具なんだ。でもドラッグストアとかに行けば普通に手に入ると思うのになんで……」

「ペットを見るのなら、飼い主の方もしっかりと見ておいてあげないと一流じゃないですので~。あ、でもアパートなどで撒く際はちゃんと確認とってから行ってくださいね~」

 スポイト型の薬を点してから空になった容器をゴミ箱に捨てつつ、薮井さんはテキパキと行動する。

 マットを診察台に置き、プラタをそこ乗せると天井から掛かっている機械から伸びた紐を引っ張り下ろすとそれをプラタの上空に置く。

「は~い、レントゲンしますよ~。プラタちゃんはジッとしててくださいね~……はい、今度は横のほうを取りますね~」

「ミャア~」

 どうやらこれはレントゲンを撮る為の機械だったらしく、プラタは言葉が分かると言わんばかりにジッと動かずに薮井さんの言葉に従って行動する。

 というか、本当にプラタは賢い。超天才。バ飼い主言われるかも知れないけれど、本当にそうとしか思えない。

 そう思いながら、薮井さんはマットから降ろすと次々とプラタの検査を行っていく。

「感染症検査のために血液を貰いますね~。便は……お尻の方失礼します~」

「ミ“ャア”!?」

「検査結果は後日出しますから、ちゃんと来てくださいね~。でもって、今度は免疫を上げる為とワクチンも打ちますから、我慢してくださいね~♪」

 薮井さんはそう言いながら、血液を採取したり、注射器を取り出して何回か薬を打ち込んだり、お尻のほうをぐりぐりと指で動かしたりする。

 その度にプラタの口から声が漏れて、少し不安になってきたのか化さんが俺を引っ張りはじめた。

「ま、真樹さん……だ、大丈夫、ですよね?」

「大丈夫だって思いたいけど……見てると凄く不安になるよな」

「はい……」

 心配になる俺達を他所にプラタの検査は進んでいき、検査がすべて終了したときにはぐったりとしていた。

 そして薮井さんは一仕事終えたという風に椅子へと座る。

「ふぅ~、検査終了しましたので説明をしますね~。あ、座ってください」

「「は、はい」」

 薮井さんに誘われるがままに俺達は椅子に座ると、彼女は説明を始めた。

「まずはレントゲンの結果は、特に問題はありませんでした~。野良猫は高確率で脚に異常があったりするのですが、プラタちゃんは綺麗な骨をしていますね~♥ ほら、綺麗な骨でしょ~」

 そう言いながら薮井さんは俺達にモニタに映るレントゲン写真を見せるけれど、綺麗なのかどうなのか正直分からない。まあ、獣医さんのお墨付きなら問題はないだろう。

「野良猫を保護した際に必要な検査は行いましたので、さっきも言ったように検査結果は後日聞きに来てください~。それと感染症のワクチンや免疫を上げるための注射も何回かしました~」

「ありがとうございます。助かりました」

「気にしないでください~。それでプラタちゃんにはどんなご飯を食べているのですか?」

 頭を下げると薮井さんは笑顔で返事を返しつつ、食事のことを訪ねてきた。

 だいぶ親身になってくれる人なのだろうと思いながら食事を言うと、彼女は頷きつつ……机の上に置かれた紙にサラサラと書き込んでいく。

「なるほどなるほど~。それとこの様子からしてプラタちゃんはまだ洗われていませんね~? あ、プラタちゃんを洗うとしても24時間後なので明日以降にしてくださいね~」

「分かりました。その、プラタを洗うのは俺達が使っているボディーソープとかでも大丈夫ですか?」

「もちろん駄目ですよ~。人の肌と猫ちゃんの肌は違うものですから、人のものを使うと皮膚に悪影響が来ちゃいますからね~」

 そう言う薮井さんは少し怒っているように見えた。……うん、無知すぎるのはダメみたいだな。飼い主には飼い主の責任っていう物があるんだろう。

 彼女の怒りを理解しつつ静かに頷いていると、薮井さんはサラサラと書き込んでいた紙を俺に差し出す。

「これは……名前と、値段? えっと、これは?」

「検査の際にプラタちゃんに触れて触診もしましたけど、この子に合うだろうなってキャットフードと少し高いですけど効果がある猫用のシャンプーです。これらはあそこのホームセンターで購入出来ますから購入してくださいね~」

 そう言って薮井さんは差し出した紙を俺に渡すと微笑む。よくわからない名前が多くみられるけれど、獣医おすすめの商品だから問題はないかも知れない。

 と、思い出したように彼女は「あ」と呟いた。

「それと今回はプラタちゃんを抱いて連れてきたみたいですけど、格安でもキャリーバッグは買ったほうが良いですよ~。世の中には煩い人が居たりしますからね~」

「わかりました。そうしてみます」

「はい~。さてと、それじゃあそろそろ診察料を払ってもらいますね~」

 薮井さんに促され、診察室から出て待合室へと移動をする。

 薮井さんは受付の中で明細書などを記載し始め、カチャカチャとキーボードを弾いていき……中から印刷機の音が聞こえた。

「はい、これが今回の明細となりま~す。お確かめください~」

「は、はい…………って、え?! こ、これだけで良いんですか!?」

 差し出された明細書を見て俺は驚きの声を上げる。

 当り前だ。書かれていた金額は予想していた物よりも遥かに少ない金額で明記されていたのだから。

 驚きながら俺は薮井さんを見ると彼女は微笑みながら、俺達を見ていた。

「いいですよ~。本当はダメかも知れませんけど、個人経営の動物病院ですし苦学生に大金を請求するような酷い人間ではないですから~♪ というよりも、使う予定だったお金はプラタちゃんの道具に使ってあげてくださいよ~」

「……ありがとうございます。プラタをここに通院させてもらいますから、よろしくお願いします」

「はい~。今度はプラタちゃんも綺麗に現れてるでしょうし、見るのが楽しみです~♪」

 薮井さんへと診察料を支払い、俺と化さんはやぶい動物病院を後にした。

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