彼女とスーパーに向かう青年の話と彼女の無知さ

 彼女とスーパーに向かう青年の話と彼女の無知さ


 アパートの敷地を出て、車一台ぐらいしか通れないような狭い道路へと出ようとする。

 その際、化さんが大家の婆さんへと頭を下げているのが見え、そんな彼女へと軽く手を振り返す婆さんの姿も見えた。

 狭い道路を歩き、時折隣……よりは少し後ろに下がって歩く化さんがちゃんと付いてきているかを見ると何処か緊張と興奮を感じさせるような表情に見えた。けれど何処かウキウキとした様子にも見える。

「……この様子からして、スーパーが初めてってところか? 遠足前の子供みたいに見えるな」

 彼女の様子を見ながら、ポツリと呟くけれど俺の声は彼女には届いていないようだった。


 そんな化さんをチラチラと見つつ、住宅の立ち並ぶ狭い道路からこの周辺の主要道路へと出ると片道二車線の車が往来するのが見えた。

 まともな道路に出たからか、それとも道路沿いに立ち並ぶようにして見える飲食店などの看板に興味がわいているのか彼女は周囲をキョロキョロと見渡している。

 あー……、化さんって、想像していた以上の箱入り娘ってやつだったか……。

 彼女の様子に直感的にそう思いながら、糸のない凧のようにフラフラと歩き始めようとする彼女へと俺は声をかける。

「化さん。よそ見するのは良いけど、はぐれないように注意してくれ」

「! そ、そうですね。その、すみません」

 化さんに声をかけると彼女はビクッと肩を跳ねさせ、申し訳なさそうに頭を下げた。

 何というか悪いことをしてしまったかという罪悪感を感じつつ、スーパーへと歩いていく。……手を繋ぐとかしたら良かっただろうか? いや、それはちょっとダメだろう。

 でも、化さんの手って柔らかいんだろうな。すべすべしてるのかな……って、何を考えてるんだ!!

 浮かぶ考えを振り払うために、俺は首を振るう。

「えっと、真樹さん? どうかしましたか?」

「い、いや、気にしないでくれ……」

 不思議そうに俺を見る彼女へとそう言って、歩くのだった。……時折、迷子にならないか不安だからチラチラと彼女のことを見ているのだが大丈夫そうに見えた。


 それから7分ほど歩いて、ようやくスーパーの駐車場が視界に入ってきた。

 このスーパーは大型チェーンが運営しており、スーパーを含んだ敷地の中には目玉商品が格安で売られている激安スーパーの他に全国展開しているホームセンターの店舗、それとコインランドリーにハンバーガーでお馴染みのファストフード店や牛丼チェーンなどがある。

 基本的には安売りの商品を求める主婦や日曜大工にホームセンターで商品を買う人、それとセールスマンが休憩を行う目的で車を止めたりするタイプの場所だ。

「真樹さん、ここがスーパーですか?」

 広々としているけれども車があまり止まっていない駐車場を見ながら、化さんは尋ねる。

 その問いかけに対して俺はこの場所にはどんな施設があるのかを説明し、最後に……。

「まあ、ここは多めの食料品や趣味としてDIYを行おうって人が主に買い物をする場所だな。一方で綺麗だったり可愛かったりするけどお高い服やきらっきらなアクセサリーが欲しかったら駅前の複合施設が入ったビルに行けば良いってところだな」

 と言って説明を終えた。

 まあ実際、学校の男子や女子は基本的にはこんな場所よりも……今言ったように駅前のファッションビルなどに行って、洋服とかを見ていることだろう。

 クラスの会話でも彼女が居る奴は「彼女がパンケーキ食べたがっててさー」とかいう会話をしているのが聞こえたりしたからな……。

 そう思いながら俺は化さんと共に駐車場の外周を歩いて、要所要所にある雨除けが設置された歩行者用の通路を目指そうとする。

「っと、その前に……」

 外周を歩いていた際に目的地の一つである場所を見つけた為、俺は化さんへと振り返る。

 突然足を止めた俺を彼女は見ており、不思議そうに尋ねてきた。

「真樹さん?」

「悪い化さん。そこで待っててくれないか? ちょっとお金降ろしてくるからさ」

「あ、はい」

 化さんへとそう言って、俺は中を確認してから持っている銀行口座が使えるATMの扉を開けると中へと入る。

 ATMが設置された室内は独特のにおいがし、キャッシュカードを挿入して暗証番号をピポパと打ち込み……少しだけ考えてから、お金を多めに引き出す。

「今月は厳しくなるけど、何時までも俺のを着せるわけにはいかないよな……」

 呟きながら俺はATMの入り口で駐車場を見ている化さんを見る。

 ぶかぶかのジャージとその上に同じくぶかぶかのジャケットを羽織り、帽子を深く被っている彼女は何処か不安そうに立っているように見えた。

 まるで薄氷の上を命綱もなしで歩くといった風だ。

「何か、不安を感じているのか? ……聞けたら聞きたいけど、でもなぁ」

 簡単に話してくれるのか、そう思いながら俺はお金を財布に入れながら自動ドアを開ける。

「お待たせ化さん。……どうしたんだ?」

「っ! い、いいえ、何でもありませんよ。何でも……」

 密閉されていた施設内へと外気が入り込み、風を感じながら尋ねると彼女は何処か元気がないように微笑んだ。

 何が原因でそうなったのかは分からない。だけど、気持ちは吐き出してほしいと思いながら俺は口にする。

「わかった。でも、相談ぐらいはしてほしい。……出来る限り、助けにはなるつもりだからさ」

「は、はい。その、真樹さん……ありがとう、ございます」

 そう言って彼女は儚く微笑んだ。

「それじゃあ、先にスーパーに行こうか」

 そのあと、俺達は何も言わずにスーパーに向かう為に歩き出した。


 〇 初サイド 〇


 お金を下ろしてくる。そう言って真樹さんは小さな建物へと入っていきました。

 建物にはわたしも聞いたことがある銀行の名前とATMと書かれた文字。

 ATMが何なのかは分かりませんが、きっとそこでお金を下ろすことが出来るのでしょう。そう思いながら真樹さんを見ると彼は何かを操作しているのか、指先が動いています。

 ……当たり前ですが、お金を下ろす場所が銀行だというのはわたしだって知っています。ですが、このようなATMというものや直接銀行に行かなくてもお金を下ろすというのは知りませんでした……。

 いえ、そもそもわたしは家では銀行の通帳などは持っていなかったはずです。

 というよりもわたしは作ってさえいませんでしたね。……それ以前の問題でしたか。

 もしかするとお父様が口座を作っていたかも知れませんが、詳細は分かりません。


「……わたしって、知らないことがあまりにも多すぎたのですね」

 駐車場へと入ってくる車が次々と止まっていくのを見ながら、わたしは呟く。

 お金の引き出し方を知りません。スーパーなどでの買い物だってしたことがありません。もちろんコンビニでさえもありません……。

 洗濯の仕方も今日までどうやるかということを知りませんでした。そもそもがひとり暮らしで必要な技術である料理でさえもまったくしたことがありません……。

「こんな何も知らないし、出来ないのに……わたしはお父様に対して、ちゃんと出来ますと見栄を張ってしまったのですね……」

 学校では文武両道と言われ、何でもこなす完ぺきな女の子と皆さんに思われているのは知っています。ですが、こんなにも知らないことが多すぎたのですね。

 自身の愚かさを、何も知らない無知さを改めて知り、わたしは落ち込みます。

 そんな中でお金を下ろし終えたのか、真樹さんが中から出てきました。

 わたしの様子が変だと思ったのか声をかけてきましたが、わたしは何故わかったのかと戸惑いつつも……弱いわたしを知られたくないと思いながら、誤魔化すと彼はわたしが思っていることを分かっているのか少し真剣な表情……いえ、心から心配してくれている表情でわたしを見ながら……、

「わかった。でも、相談ぐらいはしてほしい。……出来る限り、助けにはなるつもりだからさ」

 そう言って、詳しく聞こうとしませんでした。

 そんな真樹さんの優しさに感謝しつつ、わたしは彼の後について歩いて行きました……。



―――――

 スーパーのイメージとしては広い敷地内にマッ●スバ●ューとカ●マがメインにあって、外周辺りにコインランドリーとモ〇バーガーとすき●、それと地方銀行のATMがあるといった感じです。

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