買い物を行う青年の話
買い物を行う青年の話
スーパーの中へと入ると少し前に早った曲がオルゴール調で流れ、目に飛び込むのは安売りの野菜達。
『いらっしゃいませー、いらっしゃいませー』というアナウンスが流れ、今日のお買い得品が何かと産地と値段と共に告げられるのを聞きながら、俺は買い物かごをカートへと乗せる。
隣を見ると化さんは初めて見たであろうスーパーの店内の様子に驚いた表情を見せていた。まあ、入った瞬間に色んな野菜とかが目に留まって、耳には音楽とかアナウンスとかいろんな音が響いてくるのだから驚くか。
……眩い発光とかも起きてたりしたら、完全にパニックを起こしただろうな。だけどその時点でスーパーとは俺は決して思わない。
「化さん、大丈夫か?」
「は、はい、だいじょうぶ……です」
俺の問いかけに彼女は戸惑いつつも返事を返しているが、少し参っているようにも見えた。
「……少し休憩場で休んでるか?」
「いえ、わたしもついて行きたいです」
小さな休憩場で飲み物を買って待たせるかと思いながら訪ねると、彼女は首を横に振ってついて行く意思を見せる。
まあ、買い物はどうするのかと教えるには良いか。そう考えながら俺は彼女を連れてカートを引いて店内を回り始めた。
「えっと、まずは野菜で……目玉商品はっと」
周囲を見渡しながら、ポップを見ていくとジャガイモ、ニンジン、玉ねぎが安いな。
他には……キャベツも良い感じだ。そう思いながら俺は出来るだけ良い品を選んでビニール袋へと入れ、買い物かごへと入れていく。
かさ増し用のもやしも傷まない範囲で買わないとな。1袋18円のもやしの賞味期限を見ながら数袋入れようとするけれど……、バイトがあってまともに作れる日は少ないと思い直し、3袋で抑えることにした。
他にもキュウリとナスにプチトマト、えのきも安いな。それと果物としてオレンジとリンゴを数個ほど入れて野菜を売っている場所から移動。
「色んな野菜が売られているのですね」
「化さんは初めて見たのか?」
「恥ずかしながら……」
化さんの言葉を聞いて尋ねると、彼女は恥ずかしそうに頷き返事をする。
そんな彼女の様子に苦笑しながら俺は途中で豆腐と油揚げや納豆が並んでいる辺りからセールス品を選んで入れていく。
安くなっている豆腐や油揚げを入れながら、海鮮コーナーへと辿り着くと今度は冷凍の鮭の切り身(一枚100円)を3枚取りビニールへと入れかごに。
刺身? そんな高価な物を買うつもりはない。……まあ、時期で値段も手ごろな場合なら考えるつもりはある。
「っと、化さん。何か欲しい物でもあったか?」
「い、いえ、ですが……こんな風にいろんな魚が売られているのは凄いって思います」
「そうか? まあ、これがスーパーの魚介類が売られているコーナーだって思ってくれたら良いな。でも値段は考えないといけないけど」
「なるほど。スーパーではこんな感じにパックや氷の上に魚がそのまま売られてたり、ひとり分などの切り身に分けられてたり、フライなどの冷凍食品が売られてたりするのですね」
俺の言葉に納得しながら、化さんはキョロキョロと見回していく。
つられて俺も魚を見ていくけれど、旬の魚が数匹入って安かったりするけれど、調理出来そうにないからやめておこう。
そう思いながら、キョロキョロと子供のように見回す化さんへとこっそりと尋ねてみる。
「化さん、もしかして……大きな生簀があるとか思ってたりした?」
子供が連想する切り身のまま海を泳いでいるという考えは無かったようだったから、お金持ち特有の考えを抱いていたのではないかと尋ねると……俺から視線を逸らした。
……どうやら、そう思っていたらしい。
「ま、まあ、そんな感じのスーパーもあるみたいだから、その考えは間違っていないはずだぞ? それじゃあ、次に行こう。次に」
何も言わず恥ずかしそうに顔を赤くする化さんにそう言うと、俺は彼女を連れて精肉コーナーへと向かう。
このスーパーの精肉コーナーは普通に牛・豚・鶏の肉を取り扱っており、国産輸入とちゃんとバーコードに書かれている為、それを確認しながらお買い得品を探す。
お、豚はトンカツ用が4割引きか……。牛肉はコマが量が多くてお買い得。でもって鶏肉はももが2枚入りで224円、これはお得だな。
「トンカツ用でも普通に塩コショウで焼いても良いし、牛コマも玉ねぎと炒めても美味しい。鶏肉は……豪快にチキンステーキも良いよな。化さんはどれが良い?」
「え? あの、わたしは別にどちらでも……」
「正直に言ったほうが良い。好きじゃない肉を食べるのも美味しくないだろうしさ」
「でも……良いのですか?」
俺の問いかけに化さんは余所余所しく、いや躊躇い……どちらかと言うと困惑しているのだろうか? 住むことが決まったけれど、まだ他人行儀なんだろう。
「化さん、言っただろ? 一緒に暮らすんだから、他人行儀な余所余所しいことは無しにしようってさ」
「あ……そう、でしたね。えっと、じゃあ……鶏肉をお願いします」
俺の言葉に一緒に暮らすということを思い出したのか、どこか恥ずかしそうにしながら彼女は言う。……鶏肉が好きなんだろうか。
「わかった。そういえば、子猫も茹でただけの鶏肉なら食べれるらしいけど……もう食べることが出来るか?」
「どうなのでしょう? 猫ちゃんには誰かから贈られた物を与えていましたので」
「……怪しいって思おうな、それ」
「はい?」
差出人不明な物を与えるということに再度危惧しつつ、彼女へというのだが分かっていないようで首を傾げるだけである。
まあ、そこも一緒に暮らしていって分かってくれたら良いか。そう思いながらグラム数が多い鶏ももをチェックして、かごに入れた。
とりあえず、次は牛乳を買おうと思うけど……っと、化さんが何処かを見てる?
カートを押して移動を始めようとしたところ、化さんが精肉コーナーとは違う方向を見ていることに気づき、つられて見ると……お菓子コーナーであった。
高級お菓子とかそういう物ではない。いわゆる駄菓子とか長方形の箱に入った一箱100円のクッキーとかが売っているそれだ。
「化さん、興味あるのか?」
「っ! い、いえ、興味なんてありませんよ!」
俺の言葉にビクッとして、すぐに否定するように両手を俺の前へと出してパタパタと振るわせる。
そんな中、親子連れがお菓子コーナーを通り、子供が欲しい欲しいと駄々をこね始めた。
「やだー! ほしいほしい!」
「我がまま言わないの!」
「やーだー! ほーしーいー!!」
俺はよく見る光景だけれど、化さんはそうではないようでハラハラとその様子を見守る。
「あの、真樹さん。あれは大丈夫なのでしょうか?」
「よく見かける光景だから大丈夫だと思うぞ? ……ほら」
心配そうに声をかける化さんへとそう言うと、その親子のやり取りは母親が根負けしたようで……、
「わかったわ。それじゃあ、1個だけよ? それ以上はダメだからね!」
「はーい!」
母親がそう言うと子供はすぐに泣き止み、欲しいお菓子……狙っていたであろう変身ヒーローの玩具付きお菓子を手に取り、かごへと入れていた。
そうしてお菓子コーナーから移動する親子を、化さんは羨ましそうに見ていた。
……親子のやり取りが羨ましい、のか? それとも、お菓子が羨ましい? そんな疑問を抱きつつ、彼女へと口を開く。
「化さん。1個だけだぞ?」
「も、もう、真樹さん? わたしは子供じゃありませんよ!」
先ほどの親と同じ言い方をすると、彼女は驚き顔を赤くし……頬を膨らませた。
少し子供っぽい仕草だけれど可愛らしいと俺は思ってしまっていた。
ちなみにプンプンと怒っていた彼女だったが、移動しようとした際にいつの間に手に取っていたのか赤色のパッケージの箱のバタークッキーをひとつ……恥ずかしそうに差し出してきていたので、俺はそれに苦笑しつつかごに入れた。
それから牛乳と卵をかごに入れ、パンコーナーで比較的安い食パンを賞味期限の長い物を選んで取って、レジへと並び、会計を済ませる。
ちなみに会計前にこのスーパーの電子マネーに現金をチャージして、それで会計を済ませるに俺はしていた。……その方が付与されるポイントが当たってお得なのだからだ。
お金がないならば、こういう物を利用したほうが良いんだよ!
チャージした際のレシートと電子マネーで支払った分のレシートを受け取り、俺は購入した物が入ったかごを持ってレジから離れていった。
…………なお、レジの担当者が俺に対して怯えた様子を見せて、隣にいる化さんに気づいて怪訝な表情をこっちに向けたことがどういうことなのかと少し問い詰めたくなったが、気にしないでおくことにする。
決して、カップルではないと思われているだろうが、誘拐とか思われていないことだけは本当に願わせてもらう。
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