お腹が空いた少女のお話

 お腹が空いた少女のお話


「んっ……、んん……っ。ここ、ろこれしゅか……?」

 チュンチュンという雀の鳴き声が聞こえ、少し肌寒さを感じつつ目を開けると……木と細かい葉が見えます。

 どうして目の前にこんな緑が見えるのだろうかと思いつつ寝惚けながら、ぼんやりと疑問に思い……それを口に出した瞬間、すぐ近くから鳴き声が聞こえました。

「ミャア、ミャア!」

「ん……、ねこ……ひゃん?」

 鳴き声が聞こえたほうを見ると、灰色の毛並みをした子猫がつぶらな瞳をぱっちりと開けこちらを見ています。

 かわいいですね……。昨晩は、暗くてわからなかったですが、土やホコリで汚れてしまっているから灰色みたいです……。

 …………昨夜?

「あ。そう……でした」

 思い出しました。


 昨日のことを思い出し、わたしは何時の間にか丸まるようにして寝転んでいた体を起こし、構ってほしそうに両腕を広げている子猫を抱きなおします。

「おはよう、猫さん」

「ミャア!」

「あら、まるで本当に挨拶をしているみたい。ふふっ」

 嫌がらない子猫を抱きしめ、優しく頭を撫でてから……ゆっくりと地面へと降ろします。

 地面へと降ろされた子猫はまだまだ構ってほしいのか、わたしの脚に体をすりすりとさせて愛らしく感じられました。

 そして、昨晩は暗くてよく見えなかった子猫に案内された場所を改めて見ましたが、ここはまるで隠れ家のような場所ですね。

「死角ですね。けど、隅にあるのは壁じゃなくて鉄柵でしたか。……少し危ないでしょうか?」

 そう思いながら鉄柵に顔を近づけましたが、鉄柵には蔓性の植物が絡まりすぎているからかこちらからも向こうからも見えないことに気づきます。

 これなら……大丈夫、ですか?

「まあ、大丈夫……ですよね? …………あ、お腹……すきました」

 不安ながら大丈夫と信じていると、グゥゥとお腹が鳴り……周りに聞こえていないか周囲を見渡します。ですが、誰も居ないので安心しました。

「ごはん……どうしましょう」

「ミャア~~」

 悩み始めていると子猫がじっとこちらを見てきましたが、わたしは屈んで子猫の頭を撫でます。

 こんな小さな子猫だって生きているんですから、どうにかして食事を摂ってみせます。

 いきなり住む場所もお金も無くなってしまいましたが、わたしだってやれば出来る子です。ですから、頑張りましょう!

 そう思いながらわたしはグッと拳を握って、密かに決意します。

 ちなみに学校に行く前に汚れていた制服から替えに持っていた制服へと着替えを行いましたが……、その、このような外で裸になるなんて……初めてだったのでいけないことをしているような気分になってしまいました。


 〇


 ……人間、3日間は水だけで過ごせるって何らかの本で読んだことがあるのですが、本当みたいですね。

 公園の死角となっている場所で夜の間、子猫といっしょに過ごすことになってから5日が経ちました。

 初めの2日間は色々と慣れないことが多かったのですが、3日目になると少しずつ工夫を行おうと考え始めたのは進歩だと思います。

 そう思いながら、少し前のことを思い出し始めました。


 朝起きて、着替えを行い、学校に行く前に着替えなどの生活品が入ったカバンは死角に植えられている木の根元へと隠し、学校に行くとあまり動かないようにして、お腹が空くのを堪えていました。

 一応、お昼ご飯は食堂で日替わりランチを食べているのですが、周囲の視線を気にしてご飯なども少なめにしています……。

 この状況をどうにかしないと、そう思いつつも住める場所を見つけることなど出来ず……わたしは子猫と共にあの死角で夜を過ごしていました。


 4日目、学校からこの死角へと戻ると……子猫に出迎えられたのですが見慣れぬビニール袋が隠していたカバンの近くに置かれていました。

 誰かが……来た? そんな不安を抱きながら、カバンから盗られた物がないかを見ましたが、特にはありません。

 そして恐る恐る袋の中を見ると……、菓子パンが幾つか入っており、栄養補給の野菜と果物のジュースもありました。

 それと子猫用のおかしと、メモ帳の切れ端が1枚が……。

「どうぞ食べてください……ですか? …………どこの誰かはわかりませんが、ありがとうございます」

 誰からの物か分からない不安とこのまま貰っても良いのかという考えが頭をよぎりました。ですが、お腹が空きすぎて……耐えることが出来なかった為、持ってきてくれた人へと感謝をしながら、菓子パンを食べます。

「おい、しい……。美味しい、です……ぐすっ、ぐすっ……」

 久しぶりに夜にご飯を食べることが出来たという喜びを感じながら、わたしはパンを咀嚼し、ジュースを飲みます。

 そして、そんなわたしを心配していっしょに居てくれる子猫へと、子猫用のおかしの封を切ってペースト状の中身を少し見せるように差し出すと……一心不乱に舐め始めました。

「ふふっ、猫ちゃん、勢いよく食べるとお腹を壊してしまいますよ?」

「ミャア! ミャア!!」

 わたしの手を両手で掴みながら、子猫はちゅるちゅるとおやつを食べていました。

 その日は、久しぶりにお腹が満腹になったからか幸せな眠りにつくことが出来ました。パンをくれた方には本当に感謝しかありません。


 それから2日が経ち、誰かは分かりませんがその後もわたしが帰って来た時にはカバンの近くにパンと飲み物、それと子猫用の食べ物が入った袋が置かれていました。

 朝と夜はそのパンを食べてお腹を満たしました。

 ですが、学校には貰った菓子パンを持っていくのは躊躇われたため、持っていくことが出来ませんでした。

 隠しているのをカラスに見つけられて、食べられていなければ良いのですが……。

 そう思いながら、食堂に向かおうとしていたわたしでしたが突然の仕事が出来てしまい、役員の子と共に手早く終わらせるために行動しました。

 作業自体は終わったのですが、食堂へと向かって食事をする時間はもうない為、昼食は諦めるしかないようです。

「はぁ……、お腹、すきました……」

「会長? 何か言いましたか?」

「いっ、いえ、何も言っていませんよ」

 ポツリと呟いたわたしの声が共に歩いていた役員の子に聞こえたようで振り返ってきました。なので、聞き間違いにしてもらうことにします。

 役員の子は不思議そうにこちらを見てきましたが、すぐに自分の食事を済ませるべくわたしに挨拶をしてから先を歩いて行きました。

 それを見届けながら、中庭を軽く見回すと……こちらを見ている方々が数多くいて、その方々の殆どがパンやおにぎり、そして弁当などを食べています。

 ……お、美味しそうです。ですが、見ているとお腹がまた鳴ってしまいそうなので……空を見上げることにしました。

 空は青く、雲一つなくて綺麗ですね……。

 そんな中、男子側校舎の屋上に赤みがかった髪が見え、顔はよく見えませんが別の物は見えました。

「…………あ」

 白い、水晶玉ほどの大きさをしたおにぎりが見えました。

 普通は屋上なんて3階ほどある高さなので見えないのですが、食べ物が視界に映ったからそれは見えたのでしょう。

 きっと冷めているでしょうね。ですが……、あれだけ大きなおにぎり……食べたらきっとおいしいに違いありません。

 固めに炊かれているのでしょうか、それとも柔らかめ?

 中には何が入っているのでしょう、いくらでしょうか。牛肉のしぐれ煮でしょうか。それとも――、

「っと、いけないいけない。はやく戻らないと」

 頭を振るい、わたしは今見えたおにぎりのことを頭から追い出して自分のクラスに戻る為に中庭を離れました。

 ああ、それにしても……おなかが、すきました…………。


「ふぅ……、今日も疲れました……」

 お腹が空いていることと、やっぱり外で眠っているからか疲れは溜まり始めているようで力が入りません。

 それでも、道端で倒れたりするのは……駄目だと思うので、倒れるわけにはいきません。

「ただいま、猫ちゃん……」

「ミャア! ミャア~!」

 公園へと入り、薄暗くなってきた周囲を気にしながら低い木の下を潜り抜けて死角へと潜り込むとわたしに気づいた子猫は元気よくこちらへと近づいてきました。

 その子猫を迎えるべく、わたしはしゃがみ……子猫を見ます。

 誰かが持ってきてくれているご飯のお陰で、子猫は凄く元気になっていますね。……うん、元気なのは良いことです。

 しゃがんだわたしの太ももへと両手を当てながら抱き着くように体を寄せる子猫をわたしは抱き上げると、植えられた樹の根元へと向かいました。

「……あ、今日も来ていますね。……本当にありがとうございます」

 カバンを取るとその隣の落ち葉に埋められるようにして、菓子パンが入れられた袋があり、持ってきてくれた人に対して礼を口にします。

 そんな何時ものように持ってきてくれた菓子パンとジュースを晩御飯にして、子猫へと同じく入っていた餌を与えますが……今日はササミを調理したキャットフードですか。

「はい、猫ちゃん。慌てずに食べてくださいね」

「ミャア!」

 昨日食べたパンの空き袋の上へと餌を盛って差し出すと、子猫は嬉しそうに食べ始めます。すごく……愛らしいです。

 そんな子猫を見ながら、わたしは食事を摂り終え……飲みかけのジュースを手に樹を背もたれにして休んでいました。

 食べて寝ると太ると聞いたことがありますが……、疲れているのでしょうか……。

 うとうととし始めるわたしでしたが、ふとあることを思い出します。

「……そういえば、制服……もう、替えがありません……」

 そう呟きながら、いつも隠しているカバンを見ました。


 カバンの中、わたしが家を出る際に制服の替えとして数着はありました。

 一応、自分で洗濯を行うなり、ある程度の値段で行ってもらえるクリーニングに頼むことを前提でこれだけの制服が用意されていたのでしょう。

 お父様、洗濯が出来ずに服を破ってしまうことを考えて、それだけの数があったわけでは……ありませんよね?

 まあ、それは置いておいて、結局はマンションには住むことが出来ず……洗濯の方法なんて分かりません。

 なので替えた制服は汚れたままの状態でカバンの中へと入っていました。

 ……し、下着もちゃんと替えていますよ?

 でも、どうしましょうか……。

「幸い、明日は土曜日ですから……学校はありませんよね。でも、休みだから公園に人は来るはずですし……誰かに見つかる可能性だってありますよね」

 見つかった場合、わたしはどうなるでしょうか。

 化家の娘で、生徒会長であるあるわたしがこんな野宿生活を送っているのを知られたら、学校の皆さんは軽蔑するのではないでしょうか。

 そう考えると不安になってしまいます。

「ま、まあ、ジッとしていれば大丈夫……ですよね?」

 大丈夫、大丈夫……。そう思いながらわたしははぐはぐとご飯を食べる子猫を優しく見ていました。

 そんなわたしの視線に気づいたのか、子猫は食べるのを止めて「ミャア?」とこちらを見てきます。

「ふふっ、何でもないですよ。心配しないでくださいね、猫ちゃん」

「ミャア~」

 子猫の下あごを優しく撫でると気持ちよさそうにゴロゴロと声を鳴らし、目を細めました。……本当に可愛いです。

 子猫の愛らしさを感じながら撫で続けていると、もっと構ってというように子猫はわたしに近づき、脚を伝い、お腹へと――ブピュ。

「え、……あ」

「ミャア?!」

 お腹を伝おうとした瞬間、ちょうど膝に置かれていたわたしの飲みかけのジュースを潰してしまい、ストローの先からジュースが噴出しました。

 オレンジがかったジュースが服へと付着し、子猫にも当たったのか驚いた声が上がりました。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですよ。大丈夫」

 突然のことでピキンと四肢を伸ばして固まった子猫を安心させるべく、優しく撫でると緊張が解けてきたのか徐々に柔らかくなっていくのが分かります。

 そして怯えているからか、それとも悪いことをしてしまったからなのかぺろぺろとわたしの手を舐めます。

「怒っていませんよ。それよりも気を付けてくださいね?」

「ミャア…………」

 優しく微笑み、気落ちする子猫を励ましつつジュースで汚れてしまった制服を見ます。……見事にお腹のあたりにジュースがかかっていますね。

「どうにか洗濯しないと、いけませんよね」

 洗濯の仕方も知らないけれど、頑張りましょう。

 でも、このまま着ていたらジュースのかかった部分がベタベタになりますよね。

 だったら……。


「誰も見ないでしょうし……服、脱いじゃい……ましょうか」

 誰にも見られるはずがない。そう考え、わたしは少し恥ずかしいと思いつつも制服を脱いで少しでも濡れた箇所が乾いたら良いなと樹につるすようにして制服をかけます。

 本当なら最後の制服を着ればいいのでしょうが、学校が始まってからの方が良いので今はこれにしておきましょう。

「けど、脱いだのは良いのですが、少し寒い……ですね」

 春先なのでやはりこの格好は無謀だったでしょうか。そう思いながら体を縮こま瀬手両腕を擦り合わせ温めていると、子猫が太ももへとすり寄ってきました。

「ミャア、ミャア……」

「心配してくれているのですか? ありがとうございます」

「ミャア~」

「ふふっ、ありがとうございます。温かいですよ」

 すり寄ってくる子猫を抱き上げ、わたしのお腹のあたりに置きます。

 子猫の毛の感触、それとほんのり温かい柔らかさを感じていると……抱きしめられているのが嬉しいのか子猫は鳴き始めます。

「ミャア、ミャア……♪」

「にゃあ、にゃあ~……♪」

 それにつられるようにして、わたしも子猫と共に鳴きます。

 なんだか歌っているみたいで面白いですね。

 そう思いながら、子猫と共に鳴いていると……目が合いました。


「にゃ――………………え?」

「あー……、その、えっと……こんばん、わ?」


 固まるわたしに対し、どう言えば良いのか分からないといった表情で……その男の人はわたしに挨拶をしてきました。

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