こうして彼女は拾われた。・第一章
不良と恐れられている生徒が公園に住む野良猫に餌をあげる話
公園に住む野良猫に餌をあげる話
『うわ……、真樹だ……』
『おい、近づくなよ。殺されるぞきっと……』
『噂じゃ深夜に出歩いて、おやじ狩りをしてるって話だぜ』
『俺、この間さ……ニタニタ狂気の笑みを浮かべた真樹を見たぜ。きっと山に死体を埋めたに違いねぇ』
朝、制服に着替えて学校へと行き、入り口からクラスに向かうまでに畏怖の視線がチラチラと向けられる。
……通学途中からも向けられていたから、学校前からの方が正しいか。
そして時折耳に届くのは根も葉もない俺の噂。
「はぁ……、いい加減にしてくれよ」
小さく呟きつつ、俺は周りの視線に泣きたくなってしまう。
見た目で人を判断するなって言われたことが無いのか、お前らは?
俺は見た目と違って狂暴じゃないんだぞ? こちとら一人暮らしの苦学生だから、バイトをしないとやっていけないんだ。
お前らが家で家族と食事してたり、遊んでいたりしている間、俺は必死に工事現場や引っ越し業者で働いてるんだっての。だから、深夜に帰宅することになるに決まってるだろ?
毎日クタクタになるまで働いて、帰ったら死んだように眠ってるんだよ。
あと、ニタニタ笑ってたのは臨時収入が入って嬉しかったからだっての。
「まったく、どうにかならないもんか?」
がっくりと肩を落としつつ、俺はクラスへと入った。
そしてそこでもやっぱり畏怖の視線が向けられた。
まあ、必死になって勉強に励もうとするか。
…………はっ! い、いま何時だ!?
がばっと体を起こすと、周りから「ひっ!?」という声が聞こえたが気にせずに壁に掛けられた時計を見る。
どう見ても、3時間目の授業が終了している時刻であった。
「マジか……」
何時の間にか意識が無くなってしまっていたことに俺は頭を抱える。
今日こそは勉強に励むつもりだったというのに、働きすぎていたからか何時の間にか眠ってしまっていたらしい。
「やっぱり、少しバイトを減らすべきか……。いやいや、そうしたら家賃が……」
自分の現状を考えながら、頭を抱えた。
学費の方は祖父の伝手でこの学校に通うことになったから、奨学生制度を使ってなんとかなっている。……模倣となっていない為に奨学生から外されないのが本当に不思議と思いたくなるけれど、一応は学校も俺の生活状況を把握していると見て良いんだよな?
祖父は「多少の無茶や無理は若いときにしておけ」と笑いながら言ってたからってわけじゃ、ないよな?
だけど家賃ばかりは、如何にもならない。出来るだけ学校の近場にある安いアパートを借りて住んでいるけれど……、毎月の家賃は学生にとっては高い。
大家さんに土下座をして家賃を待ってもらったりした時もあるくらいだ。
その為、バイトを辞めるわけにはいかない。
「――っと、授業が始まるか。今度こそ眠らないようにしないとな」
鳴り響いたチャイムの音、それを聞いて次の授業が何かと思い出しながら教科書を引っ張り出す。
そして少しして教師が入ってくると、俺の視線に怯えたのか一瞬びくりと体を震わせてから、出来るだけこっちを見ないようにしつつ授業を始めた。
……当然、クラスメイトも触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに極力関わろうとする様子はなかった。
はぁ、本当……勘弁してくれよ。
●
授業が終わり、昼飯として用意した拳大の塩だけで味付けをしたおにぎりを解放されている屋上で食ながら、中庭を見る。
クラスに居たら怖がられるし、食堂はお金が勿体ないから無理、中庭は仲のいいグループばかりが居るうえにカップルも居たりするから遠慮。だから少し視線を感じつつも屋上で食べるのが当たり前だった。
俺以外にも屋上で食べる男達は要るけれど、関わりたくないからか物凄く距離を取られている。
「……べ、別に悲しくないし、悔しくなんてない」
もう何度も起きていることなのだから、怒る気さえも失せてしまう。
あれ、塩味が利きすぎてたのかな、ちょっとしょっぱいや……。
「お、見ろよ。化会長だぜ!」
「本当だ。ああ、遠目からだけど本当美人だよなぁ!!」
そんな声が風に乗って聞こえ、ちらりと横目で見ると屋上で昼食を食べる男達が中庭を指さす。
つられるように中庭を見ると、女生徒が見えた。
黒く長い髪が太陽の光を浴びてキラキラと光っているのが見え、白いワンピース風の制服の白色も見え……それが誰かを理解する。
「ああ、
確か、化……
屋上からだとしてもくっきりと分かるほどに存在感があり、歩く姿に優美さを感じているのか周りから「可憐だ……」とか「美人だ」というありきたりな声が聞こえる。
「何というか、本当に世界が違うような存在だ」
そう呟きながら俺は持っていたおにぎりを食べながら、中庭を見る。
……? ん? いま、会長と、目が……合った? いや、自意識過剰だな。
「さて、午後は眠らないように気を付けるか」
自分に言い聞かせるようにして、俺は屋上を離れるとクラスへと向かった。
「ふぁああ~~ぁ……うしっ、頑張るか!」
午後の授業を何とか眠らずに……と言いたいけれど半分寝落ちかけながら受け、それが終わりクラスメイトは我先にと帰宅したり、部活に向かったりする者達に分かれていた。
帰宅する者達は友人と共にゲームセンターに行ったり、ファストフード店でハンバーガー片手にポテトを食べて駄弁ったりするのだろう。それらしい会話が聞こえる。
そんな彼らの会話を聞きながら勢いよく席を立ちあがり、ギョッと怯えるクラスメイト達の視線を浴びつつクラスから出て、下駄箱まで向かう。
靴を履き替え、男だけだった視線に女の視線(どちらにしろ嫌な感じの)を浴びながら今日の仕事先へと向かう為に急ぐ。
確か今日は工事現場の夜間バイトだったな。頑張ろう。
「よーーしっ、今日はここまでにしようかっ!!」
「「おわったーーっ!!」」
「ぐ――は、ぁ……。お、終わったぁ! お疲れさまでしたっ!!」
「おう、お疲れさん! 気を付けて帰んな、真樹!」
「うすっ!!」
「「学校頑張れよ、苦学生!!」」
作業終了を告げる声が周囲に響き、周りの作業員達が嬉しそうに声を上げる中で俺も体を伸ばし、強張った筋肉を伸ばしてから力強く声を上げる。
その声に歯を剥き出しに嬉しそうに笑う現場監督の声を聞き、周りからのユニークな応援を聞きつつ俺は脱いでいた学ランの上を着てカバンを掴むと現場から離れた。
あと少しでここでの現場は終了するから、次の現場のバイト先……もしくは人と接することがないタイプのバイトを見つけないとな。
そう考えながら帰り道によく行くスーパーへと寄り、弁当買おうとする……がガッツリと食べれそうな弁当は残ってない。だけど無いよりはマシか。
とりあえず、魚フライと野菜の煮物のヘルシー弁当を手に取り、格安のペットボトル麦茶も1本取ってレジへと向かう。
「よ、よんひゃく、ごじゅう……え、えんになります……」
「……はい」
「ひ――ひぃ!?」
バイトなのだろうか、俺に怯えながら金額を言うと俺は財布から言われた金額を取り出しレジへと置く。
するとバイトはどう思ったのか、怯えた声を上げ一歩下がる。その姿を見て何というかがっくりと肩を落としたくなった……。
購入した弁当と麦茶を持参したエコバッグへと入れるとスーパーを後にした。
「さて、いただきます」
帰り道にある公園に入り、電灯の灯った下にあるベンチに座ると購入した弁当を食べ始める。
冷めきった弁当の白ごはん、少し脂っこい魚フライ、冷たい煮物の焼き豆腐を食べながらすぐ出たことを後悔した。
うーん、やっぱり温めてから出るべきだったか? いや、でもあの視線が嫌だったからなぁ……。
そう思いながら半ば無理矢理弁当を腹の中へと入れながら、周囲を見る。
「……今日は、居ないか」
ポツリと呟きながら目的の存在が見当たらず溜息を吐く。
あのにゃあにゃあと可愛らしく鳴いて、人に対する怖さを知らないのか人が居るとそこに向かってテフテフと歩いてくるあの可愛らしい子猫。
猫というか動物全般は嫌いじゃないのだが、俺の目つきが悪いのか威嚇されていると思って犬も猫もグルルと唸ったり、シャー! と威嚇したりするのだ。
なのに、この公園で出会った子猫はそんな俺へと近づいて、爪を仕舞えないのか立てたままだけれども、嫌っていない様子だった。
「居たらご飯と野菜だけだけど、分けることが出来たんだけどな……」
初めて出会ったときに何を与えても良いのか分からなかった為、一応調べたから問題はない。
だけど今日は縁が無かったということか。
そう思いながら弁当を食べ終えて、最後に麦茶を飲み干して空の容器をエコバッグへと入れる。公園のごみ箱に捨てても良いのだが、カラスに荒らされるのだろうから家に帰ってから捨てよう。
「さてと、帰――――ん? 猫の、鳴き声?」
立ち上がり、家に帰ろうと歩き出そうとした俺だったが、猫の鳴き声が聞こえた。
もしかするとあの子猫だろうか? そんな淡い期待を抱きながら、鳴き声が聞こえた方向へと歩き出す。
鳴き声は……まだ聞こえる。
『にゃあー、にゃあ~……』
『ミャア! ミャア!』
二匹? いや、片方は何か……違うような。
疑問に思いながら俺はそこへと近づく。すると先に誰かが居るような気配がした。
目を凝らすと、暗い中でもわかる真っ白な服が見えた。……正確にいうと、木につるされるようにしてその服はかかっていた。
「あれって……うちんとこの女性用の制服、だよな? 誰か、居るのか?」
真っ暗な公園、制服が木にかけられている。その段階でいやらしい想像を浮かべてしまい、浮かんだそれを振り払い頭を軽く振ってからその場所へと近づく。
でも、女子がそんな行為をしているとかじゃ……ない、よなぁ?
そう思いながら恐る恐るその場所を覗いた。
……するとそこでは、白い下着姿の少女が子猫と戯れていた。
え、なにこれ?
俺は目の前の光景に戸惑いながら、唖然としていた。
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