世渡上手は見守るだけ
「……以上が現状の初お嬢様の状況です」
ボクは手に入れた情報を電話の向こうにいる元旦那様へと告げる。
化家の当主で絶賛金策に励んでいる元旦那様は、電話の向こうで無言を貫く。
どう思っているんでしょうねぇ、学校一の不良と名高い男と一つ屋根の下に自分の娘が暮らしているんですよ? 心配しないわけにはいかないですよね??
『………………そうか。また教えてくれると助かる』
「あっ、はい。そうですか、了解しました」
『では失礼する』
あっさりとした返事を返して、元旦那様はボクにそう言うと通話を切った。
終話、の文字を見ていたけれど電話をポケットに入れるとボクはここ最近のことを振り返る。
「すまない、上手。父さん無職になっちゃった★」
「は? どういうこと?」
少し前の朝、起きてリビングに向かうと父さんが
年齢が39歳で150cmという低身長、更には女の子みたいな外見の父さんにその仕草は似合ってるかもね。とかまったく思わないどころか、ボクは父さんの言葉に一気に眠気が覚めた。
というか、寝起きにそれはやめてほしい。というか父さん一体何をしたの?
「ああ、上手が何を言いたいのか分かってるよ。でも君の所にもメールが来ていると思うからね?」
「え、そうなの?」
父さんの言葉にボクはスマホを部屋まで取りに行くと、メールが入っていた。
えっと何々……は?
【化家使用人各位へ。
化家は業務の失敗により、多額の負債を負ってしまった為、大変申し訳ありませんが全使用人を解雇させていただくこととなりました。
今月分の給料は用意できましたが、来月からの給料は用意できませんでした。
ですので、従業員各位は失業届の提出をお願いします。
なお、当主である自分、
お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。
化家現当主 化稚拙】
……何だろうか、この一応は定型文に近づけようとしているけれども若干違っているような文章は。
というかきっと今頃、他の使用人達へもこのメールが届いている頃だろうから、戸惑っているに違いない。
ボクでも、会社で失敗しました。借金が返せません。なので今月の給料は支払えるけれど……来月は無いので自分達で何とかしてください。当主は金策に励んでいますので連絡が尽きません。ということだけは理解できた。
「まあ、つまりは……ボク達は無職になったっていうこと、で良いんだよね? まあ、ボクは完全に就職しているというよりも副業だったけどさ」
本業学生、副業として初お嬢様の見守りを行っていたけれど……そっちはどうなるだろう? 学校の方は初お嬢様を見守るという理由で卒業までの学費を支払ってくれているので、中途退学ということはない。
初お嬢様も同じだろう。でも、会社が倒産したというニュースは少なからず流れていくに違いないし、陰口を叩く者さえも出てくるだろう。
「そういう害意に初お嬢様って慣れていないだろうしなぁ……というか、お嬢様はあの家で暮らしているの?」
「ああ、一応世間には会社が倒産したというニュースはしばらく隠してもらっているらしいよ。それと初お嬢さんは寮生活になるらしいね★」
パジャマを脱ぎ、制服へと着替えながら疑問を呟いていると、何時の間にか入り口の前に父さんがいたらしく、返事を返してくれる。
そんな父さんにボクは顔を顰める。
「父さん、いくら何でも子供の着替えを覗くつもりなの? ボクも怒るんだけど?」
「あはは、ごめ~ん★ でも、いくら父子家庭でも子供に興奮するような変態じゃないから安心してよ!」
「あー、うん。それは分かってる。……で、その恰好は何?」
制服に着替えながら、ボクは父さんの格好を見ながら訪ねる。
何故なら父さんの服装は小学生の可愛らしい少女が着ているようなゴスロリ衣装だったのだから。
「これ? 実はね、父さん無職になっちゃったんだからニューチューバーっていうのになろうと思うんだよ!」
「…………は?」
「最近だと、可愛らしい子が色々やるときゃーきゃーとか、可愛い可愛い! って言ってくれるんでしょ? ほら、父さんってば声も幼く出来るし、体型は女の子みたいでしょ? だったら、それをネタにしてお金を稼げば良いって思うんだよ!」
そう言って、父さんはふんふんと鼻息荒く言う。
……あ、ダメだこれ。父さん本気だわ。
今まで化稚拙のボディーガードをしてたけど、色々と鬱憤溜まってたんだろうな……。
まあ、ボクに関係が無ければ別に良いんだけどさ。
そう思いながらボクは父さんが作ってくれていた朝食をそそくさと食べて、学校へと向かって歩くのだった。
なお、父さんはコアな趣味の方々に人気を出して、初投稿から登録者数7万人を一月で達成したという事実だけはここに残しておく。
とくに【5分間の動画中に早着替えを50回行ってみた。】という動画が伝説に残っているというのが何とも言えない表情を浮かべることしか出来なかった。……というか、クラスの話題に父さんの話題が出てたのが聞こえた時は頭を抱えることしか出来なかった。
◇
それから数日間、ボクは普通に過ごしていたけれど、時折初お嬢様が心配だったので遠巻きながら見つめる。
すると、初めはお嬢様が纏っていた煌びやかな気配、ってかんじのものが一日二日で少しだけ汚れているように見えて……それに、元気が無さそうに見えた。
三日目になると、もう迷子といった感じの雰囲気を醸し出しているけれども……外面が良いからか周りにそれを気づかせないようにしていた。
そんな様子からどうしたのかと思い、調べてみると……理由はあっさりと判明した。
「えぇ……、住むことになっていたマンションに問題があって住めなくなって、夜は公園で寝泊まりしてるって……それ危なくないですかぁ? せめてビジネスホテルとか使えばいいのに……って、そういうことを知らない箱入りだったんだ」
お金の価値は理解している。けれども、実際にコンビニやスーパーなどで支払ったことはない、自分でお金を蓄える方法も知らない。
つまりは物を買う方法、寝泊まりをする方法、まともに服を買う方法もまったく知らないのが初お嬢様だ。
学校では文武両道、清廉潔白、欠点のないお嬢様と思われているけれど……超然ポンコツな子。それが彼女なのだ。
「どうする? ボクの家で保護するか……? いや、それはそれで初お嬢様が断るかも知れないし……どうすれば」
そう思いつつも、このままではいけないだろう。というか下手すれば暴漢に襲われたりするだろうし、体を売ったりするつもりはないのに売る羽目になるのでは……。
起きるかも知れないという不安を感じつつも、結局のところボクは公園で雨梅雨を凌いで隠れるお嬢様に対してパンと飲み物を入れた袋を置くことしか出来なかった。
けれどある日、こっそりと食べ物を入れた袋を何時もお嬢様が居る場所に置こうとすると……そこにお嬢様の姿はなかった。
警察に見つかって保護された? 変な人に連れていかれた? どうにかなった……わけがない。そんな考えが色々と浮かび、少なからずボクはお嬢様を助けることをしなかったことを後悔してしまった……。
「明日、学校に居ると良いんだけど……」
不安を感じながらその日は眠れぬ夜を過ごした。
その翌日、ボクは眠いのを堪えつつ学校に行くと……お嬢様は普通に学校に来ていた。
……ううん、ちょっと違う。少し前まで極力隠していた汚れがしっかりと取れているし、しっかりご飯を食べたのか気力もやる気も漲っているように感じられた。
これは、どういうこと? ……調べるべきだ。
そう考えて調べると、またもやあっさりと判明した。
ここまであっさりと分かってしまうと不安になる。
お嬢様、もう少し危機意識を持ってほしいな……。
「まあ、それは良い。それは良いけど、初お嬢様の現状が問題だ」
お嬢様はある人物に拾われて、公園暮らしから脱出は出来た。
けれど、そのある人物というのが問題だった。
「まさか初お嬢様を拾ったのが、あの真樹狛零だったとは……」
真樹狛零、それはボクでも知っているほどの学校で有名な不良だ。
授業態度が不真面目、男子女子に恐れられている。校外には数百人の部下がいるという噂さえもある。他にも喧嘩っぱやくて他行の不良と殴り合ったり、ヤクザを埋めたりしたという話もだ。
そんな人物が初お嬢様と一緒に居ても良いのだろうか?
「――はっ! ま、まさか、エッチなことが目的で初お嬢様を家に招いたというのではっ!?」
だとしたら、きっと家ではもうエロエロなことに……っ。
「多分、上手が思ってるのとは全然違うと思うよー」
「と、父さん、何時からそこに!」
「少し前からだよ。でも、大変だったね……初お嬢様ってば」
そう言って、憂いを帯びた溜息を父さんは漏らすけれど……あの、若干女っぽくなってません? いわゆるメス堕ちってやつですよね?
そんなボクの不安を無視するように、父さんはボクへと言う。
「初お嬢様が気になるなら、その真樹狛零という人物を間近で調べたら良いじゃないか」
「それは、そうだけど……」
でも色々と危険な人物なのだから簡単に近づいたらいけないと思う、だから上手く手が出せない。
「じゃあさ、調べやすいようにした準備をしておいてあげるから良いよね? あと稚拙にも初お嬢様の状況を伝えておくね☆」
「え? と、父さん? ……行ってしまった」
なんだか一人だけ納得して、何時の間にか居た父さんは部屋から出ていった。
いったい何だったのだろうかと思い首を傾げつつも、こういう時の父さんはろくでもないことをしでかす名人だということに不安を抱きつづけていた。
そして翌朝、その予感は的中した。
◆
「えー、転校生を紹介する。さ、紹介しなさい」
「は、はい。えっと……よ、
男性の担任に促されるように、新品の黒い学ランに身を包んだボクは自己紹介をする。
そんなボクをクラスメイトとなった男子生徒達がまじまじと見つめるけれど、女の子顔で大分細いと思っているのだろう。
うん、まあ、父さん……。考えて即座に行動して、同じ学校の男子生徒としての存在を創り出さないで欲しかったなぁ。
心の底からそう思いながら、担任に促されるままにボクは席へと着席する。
後ろの窓に近い席だ。隣を見ると赤みがかった髪のクラスメイトが寝ていた。
「こいつが、真樹狛零……」
「んぁ、ふが……ん、誰だ……?」
ボクの呟きが聞こえたのか、眠っていたはずの彼は目を覚ました。
寝惚けていたからか目つきが悪い真樹狛零の睨みに、一瞬だけビクッとしてしまったが……彼はすぐにそっぽを向いた。
あれ? 突っかかったりして来ない?
「ご、ごめん。えっと、ボクは世渡上手。よろしくね、えっと……」
「……真樹狛零だ」
「あっ、よろしくね。真樹くん」
とりあえず、純朴そうな男子を演じつつ声をかけると真樹狛零はこちらに顔を向けずに名前を名乗った。
さて、ちょっと戸惑ってしまったけれど……彼はどういう人物なのか見極めないとな。
でもさ……、これからボクはこの学校で女子と男子を行き来することになるわけじゃないよね?
帰ったら父さんに問い詰めよう。ボクはそう思いながら、授業を受けるのだった。
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