ストライプ・コミュニケーション

ねお

第1話 case1 亡者の宴

深夜の、とある集落の一軒家。


その家の主である中年男性は、普段は布団を収納している押し入れの中で、一人震えていた。



「あ、ああああ・・・ありえない・・・あんな・・・化け物・・・」



ガタガタと震える男性は、ちいさくそう呟いた。


その時である。



「・・・ヴォォ・・ォ・・・」



押し入れの外から、微かな呻き声のようなものが聞こえてきた。


「ヒッ」と小さな悲鳴を上げた口を必死に手で押さえながら男性は身を縮こませた。


押し入れの外にいる”化け物”から見つかりたくない一心で。



だが、無情にも、それが叶うことはなかった。


外で呻き声を出していたその”化け物”は、押し入れの襖に手を突っ込み、強引にそれを取り去った。


そして、身をかがめて、男性に向かって手を伸ばしてきたのである。



「うわああああああああああ!!!来るなあああああああああ!!!」



それを見た男性は、恐怖のあまり悲鳴を上げる。


それが、男性が発した最期の言葉になった。











夕方、とあるカラオケ店。


その店の大きめの個室では、カラオケを楽しむ複数の男女の姿があった。


大学生ほどの若者達は、その若さを主張するように大声で盛り上がっている。



「よっし!次は俺の番だな!オハコ歌いまーす!」


「ヨウジの歌聞きたーい」


「音痴かましたれー!」



マイクを手にする金髪の男・ヨウジが歌おうとした時である。


ジーパンに突っ込んでいるヨウジのスマホが鳴り響いた。



「誰だよ!タイミングわりーな・・・うっわ」



スマホの画面には「ばーちゃん」と表示されていた。



「知り合いから電話来たわ!ちょいとしっけー」



そう言って、ヨウジは個室の外へ出て、ドアの少し横で電話に出た。


個室からは、ヨウジのオハコを意気揚々と歌う友人の歌声が漏れている。



「もしもしー?ばーちゃん?俺今友達とカラオケしてんだわ!これから朝までオールしてサタデーナイトを満喫し・・・」



電話に出たヨウジがそこまで口にしたところで、スマホからは激しい剣幕の声が聞こえてきた。


電話の相手である祖母が発する怒りの声に、ヨウジは思わず顔をしかめる。



「わかったよ!やるよ!やるからそんな怒らないでよ、ばーちゃん」



祖母の怒涛の説教をぶったぎり、ヨウジはそう叫んだ。


祖母から「仕事」の内容を一通り聞いたヨウジは、電話を切る。



「はぁ、しゃーない」



諦め顔でつぶやいたヨウジは、仲間達がいるドアを開ける。



「ごめーん、用事ができたから抜けるわー」


「うわぁ、出たよ!ヨージの用事」


「ヨージ付き合いわるいー」


「ごめんって、田舎のばーちゃんがくたばったんだわ」


「お前のばーちゃん何回くたばってんだよ!」


「だからごめんって!ばーちゃん俺が行くと復活すんだからしょーがねーだろ」



仲間達に適当な嘘をついてカラオケ店を出たヨウジは、眩しい夕日に照らされながら「仕事」である”怪異狩り”をするために、祖母から聞いた現場に向かうのだった。




・・・




ヨウジは現場の集落へと続く1本道の入り口にいた。


日は落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。


入り口は警察が封鎖しており、道を封鎖した警官たちを数人の野次馬が周りで見ていた。



「では、よろしくお願いします」


「了解っす」



町の最寄り駅からここまで車で送ってくれた刑事と別れて、ヨウジは大き目のスポーツバッグを肩にかけ、懐中電灯を片手に集落への道を歩き出した。


スポーツバッグの中には、怪異退治のための道具が入っている。


封鎖した入り口の警官が見えなくなった頃、ヨウジは口を開いた。



「カゲマルーいるかー?」


「無論だ」



集落へ続く道路を歩いているヨウジの隣には、いつの間にか、宙に浮く大きなイタチがいた。


ヨウジが使役する怪異である、鎌鼬(かまいたち)の陰丸だ。



ヨウジは、昔から続く”怪異狩り”の一族の生まれだ。


一族に生まれた者は全員、怪異を使役する能力を持っている。


その一族は、昔から今日に至るまで、日本各地で突発的に発生する怪異が起こす事件の解決のため、国から秘密裡に依頼を受けているのだった。



「今日の現場は、小さな集落なんだってよ」


「ご当主から聞いている。その『今日』ももうすぐ終わるのだから、急ぐぞ」


「へいへい」



陰丸は昔から一族に使役される怪異で、ヨウジのお目付け役でもあった。


怠惰な態度で仕事をしていると、陰丸から当主であるヨウジの祖母に報告されてしまうのだ。


これではどちらが使役する側なのか不明だが、生まれた時から一緒にいる陰丸はヨウジにとっては家族と同じである。


陰丸に急かされたヨウジは駆け足で集落へ向かうのだった。




・・・




「うわー、血の臭いがひどいわ」



集落の入り口に辿りついたヨウジは、風に乗って流れてくる鉄臭い血の臭いに顔をしかめる。


集落のところどころにある街灯によって照らしだされている道には、血の跡も見える。



怪異による事件が発生したのは20時間前の午前2時~3時頃だろうという話だ。


多くの人間が眠りについている時間である。


それから怪異が消える明け方までの間に、多くの住人が怪異の犠牲になった。


朝、公民館に出勤するために車を走らせていた町職員が、集落の惨状を発見し、通報したのだ。


日中の間に、生存者の救出は終わっている。


夜になると怪異が出現するため、生存者の救出を優先し、死者はそのままの状態だ。


あとは怪異を狩るだけだ。



「では狩るか」


「おっけー」



ヨウジは肩にかけていたスポーツバッグを降ろし、中から十手を二つ取りだした。


一つは右手に、もう一つはジーパンに引っ掛ける。


集落には街灯もついているし、家は電気もつくだろうから、懐中電灯はスポーツバッグと一緒に置いた。


二人は手始めに、玄関が壊された近くの民家に入った。



家の中は外よりも血の臭いが濃かった。


腐った肉の臭いもする。


ヨウジが玄関のスイッチを押すと、照らし出された玄関の床には血の跡がついていた。


ヨウジは土足で玄関を上がり、血の跡が付いた廊下を進んでいく。


そして、寝室と思われる和室に入ったヨウジの目には、臭いの元が映っていた。


怪異に食い散らかされ、蠅がたかっている住人の遺体だ。


血をすって赤黒く変色した布団の上に、腹から骨が見える老人の姿があった。


部屋の電気をつけると、肉や臓物の欠片がところどころに落ちているのも見える。



「やはりこれは”亡者”の仕業だな」


「ああ、ゾンビだな」



亡者(ヨウジはゾンビと呼んでいる)は、動く腐乱死体のような怪異である。


動きは遅いが怪力であり、発達した顎の力で人間の肉を食い破る。


ヨウジと影丸が、遺体の様子を見て、怪異が何であるかを推理していた時である。



「ヴオオオオオ」


「・・・・・・」



和室の部屋の二つの出入り口に、それぞれ一匹ずつ怪異が出現した。


片方は二人の推理通り、亡者だ。


もう片方は白骨亡者(ヨウジはスケルトンと呼んでいる)である。


白骨亡者は、人骨のような姿の怪異で、武器は鋭く尖った手指の骨だ。



「お、カップルのお出ましだ」


「私は亡者をやる。白骨亡者はヨウジがやれ」


「ほいほい」



怪異の出現に慌てた様子もなく、二人は役割分担を決めて対峙した。


陰丸は、爪を鎌のように伸ばして、亡者に一閃する。


呻き声をあげていた亡者は、その一撃で両断され崩れ落ちた。


ヨウジは、左手でジーパンにさしていた二本目の十手を抜くと、白骨亡者の手指の突きをさばき、右手の十手で相手の頭を殴打する。


十手を叩きつけられた白骨亡者の頭は粉砕し、生ける骨はただの骨となって崩れ落ちた。



「スケルトンちゃんは脆くて楽だわ」


「油断するな。動きが雑だぞ」



上機嫌に言うヨウジを、陰丸が諫める。



「わかってるって、気を付けるよ。それよりも・・・」


「ああ。これは”亡者使い”が元凶だろうな」


「だな。ゾンビ達のボスはネクロマンサーか」



二人は一匹の怪異を想像する。


亡者使い(ヨウジはネクロマンサーと呼んでいる)は、亡者と白骨亡者を使役する怪異だ。


見た目は、フード付きのローブを被った白骨亡者で、宙に浮くことができる。


その怪異は、多くの亡者達を召喚する厄介な相手だ。


集落内の多くの住民が数時間で肉塊に変えられたことと、先ほどの怪異達を見たこと。


これらのことから、亡者使いが今回の惨劇の元凶と見て間違いないだろう。


そう判断した二人は、その元凶の居場所を探すことにした。




・・・




「なかなか見つからねーな」


「うむ。時間も限られているから、急がねばな」



あれから数時間、二人は手分けして集落の民家を片っ端から探索していた。


しかし、見つかるのは亡者達と、餌食になった死体ばかりだった。



道を歩いている亡者を倒しながら、二人は集落の奥へと進んでいく。


そして、2人は発見したのだ。


前方から亡者達が行進してくるのを。


そして、亡者達がどこから歩いてきたのかを。



「うわー、団体さんのお出ましだ」


「油断するなよヨウジ。そして、奴らが歩いてきた先は・・・」


「「 公民館 」」



ネクロマンサーは公民館にいる。


そう確信したヨウジは両手の十手を握りなおして、陰丸と共に亡者の行進を迎えうつのだった。




・・・




行進する亡者達を蹴散らした二人は、今公民館の中を歩いている。


建物に入ってすぐ、公民館の案内図を確認した。


そしてまっすぐに一番広い部屋である会議室に向かったのだった。



たどり着いた会議室では、大勢の亡者達と、宙に浮く死霊使いの姿があった。



「うわー、こいつはグロイわ」


「さながら亡者の宴といったところか」



亡者達は、会議室の中央で、民家から集めてきたのであろう、住民達の死体を貪っていた。


ぐちゅぐちゅ、と死体の肉を食らい、血をすする不快な音が聞こえてくる。


そして、部屋に侵入してきた二人に気づいた亡者達は食事をやめ、一斉に動き出したのだ。



「こいつは数が多過ぎるわ。 カゲマル! お前はネクロマンサーを一気にやってくれ!俺はゾンビ共を引き付ける!」


「承知した。ヨウジ、死ぬなよ」


「おう!」



ヨウジは陰丸に、直接亡者使いを狙うように指示し、自身は亡者達の注意を引くために大声を出す。



「ゾンビにスケルトン!お前らの相手は俺だ!」



その声に反応した亡者達の多くがヨウジに向かってきた。それを二刀流の十手でさばきながら、ヨウジは部屋の中を動き回る。


時間を稼ぐために、防御を主体とした動きだったが、それでも亡者達の数が多過ぎた。



「!っつーーー!いってー」



時雨のように飛んでくる白骨亡者の突きをさばき切れずに、身体に掠っていく。


直撃こそまぬがれているものの、このままではジリ貧だ。


ヨウジのTシャツはボロボロになっていき、攻撃が掠った皮膚からは血が出ている。


そして、数におされたヨウジは、腕を亡者に掴まれてしまったのだった。



「あっ!やべ!」



亡者の怪力で掴まれた腕は引き剥がせなかった。


大口を開けた亡者の顔がヨウジの腕に近づいてきた。


その時だった。



亡者達の身体が突然、灰になった。



陰丸が亡者使いの首を撥ねたのだ。




・・・




祖母へ任務完了の電話をしたヨウジは、陰丸と共に集落を後にした。


ヨウジの身体は、白骨亡者につけられた切り傷や、亡者に掴まれた腕の部分が痣になっていて痛々しい状態だった。



「カゲマルがもっと早くネクロマンサーを倒してくれればよかったのになー」


「抜かせ。ヨウジの修練が足りんせいだろうが」



ヨウジは恨みがましく陰丸へ文句を言う。


文句を言われた陰丸はそれを一蹴した。



「ヨウジの修練不足を、ご当主様に報告せねばならんな」


「ちょ!おま!それ勘弁してくれよ~。さっきのは冗談だってカゲマルちゃーん」


「だいたいお前はだな・・・」



祖母への報告という、伝家の宝刀を持ち出した陰丸に対して、手の平を返して媚びるヨウジ。


そして、いい機会だからとヨウジに説教する陰丸。


そんな会話をしながら歩いていると、光が差してきた。


いつの間にか、陰丸の姿は消えている。



「お、もう朝かー」



朝日が昇り始めたことを知ったヨウジは、陰丸の説教から逃れられた解放感で、腕を上げて大きく伸びをした。


そして、襲ってきた睡魔に大あくびをしながら、町への道を歩いていくのだった。

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