かえるみち

山樫 梢

かえるみち

 山。川。田んぼ。田んぼ。田んぼ。あー、このザ・田舎って感じ、やんなっちゃう。

 母さんは山を指さして「夏になったらカブトムシが採れるかもよ」なんてはしゃいでたっけ。まったく、いい大人のくせに子どもみたいなことばっかり言うんだから。そんなのゲームで捕まえるほうがよっぽどいい。ユウタが通販で買ったカブトムシなんて、ゲームソフトが1本買えるぐらい高い値段のくせに、3日もしないうちに死んじゃったんだぞ。


 この田舎に閉じこめられてもう1週間だ。リモートワークだからって都会からもリモートするのはやりすぎじゃない? 「子どもにとっていい環境だから」って、どこがだよ。父さんも母さんも「すぐ慣れる」なんて言ってたけど、全然慣れる気がしないし、慣れたいとも思わない。

 通学路は道って言えないような道だし、クラスメイトは女子しかいなくて、ぼくより年下だったり年上だったりするし……。先生は暗くなったら危ないから早く帰りなさいなんて言ってたけど、学校行くのにそんな危ない道を通らなくちゃいけないなんておかしいでしょ。

 ここの村長は無能だ。もしぼくが村長だったら、通学路は全部舗装するし、ちゃんと街灯だってつける。

 引っ越しの時に手伝ってくれたおばちゃんは「若い人が来てくれてうれしい」なんて言ってたけど、ぜんぜん歓迎されてる気がしないよ。ここにいたいって思えるものがないんだもんな。

 この田舎にぼくみたいな若い人を呼ぶにはどうしたらいいだろう? まず、こんな道を歩かないですむように、学校はヘリで送り迎えする。遊びに行けるような場所がないんだから、図書室でゲームの貸し出しぐらいはしてくれなきゃな。あと、給食を豪華にして、ジュースとお菓子をお代わりし放題で出すとか……なんて、やめやめ。こんなところ、改革するより引っ越した方が早いって。


 拾った木の枝で田んぼの泥をすくって、スニーカーにたっぷりこすりつけてやった。田舎ってもんがどんなにか、母さんに分からせてやんなきゃ。これを毎日続けてやったら、そのうち母さんも靴を洗うのが嫌になって、前の家に帰りたいって言い出すはずだ。

 スニーカーに泥を装備してから振り返ると、細い道のど真ん中を何かがふさいでいた。

 げっ! ――カエルだ。茶色っぽい色で、イボだらけで、国語辞典くらいにでっかいカエル。


「知ってるか?」

 ぼくが田舎に引っ越すと知って、ニヤニヤしながらトモキが言った。

「田舎のヤツらの遊びって、カエルのケツにストローぶっ刺して風船みたいにふくらませるらしいぜ。オマエもやらされんじゃねーの?」


 カエルの尻にストローなんて刺さるはずないじゃんって、あの時はトモキの嘘だろうと思ったけど、こんなにでかいカエルならストローも余裕で入りそうだ。同じクラスに女子しかいなくてうげぇって思ってたけど、そういうことやらされないだけマシだったかもしれない。


 そうだ、カブトムシの代わりにこのカエルを捕まえて帰ったらどうだろう? でもあの母さんだし、嫌がらずに家で飼おうとするかも……。うん、やめとこ。さわりたくないし。

 捕まえないならバトルだ! どっかに攻撃力の高そうな石はないかなー? いや、待てよ。潰れちゃったら内蔵とか出るかも……。うん、これもやめとこ。

 こういうのはちゃんと“駆逐”しなくちゃ数は減らないんだろうけど、追い払うだけにしとこう。石をぶつけたら逃げてくはずだ。


 ほら、どっか行けよ。


 足を狙ったのに、当たったのは体だった。

 頭の中でトモキが「ノーコン」とバカにしてきた。うるさい、お前だって補欠のくせに。


 狙いは外れたけど、石が当たってようやくカエルが動いた。けど、少し歩いただけで止まっちゃった。

 どんくさいなぁ、こいつ。カメより動きがトロいんじゃない? そんなんじゃ生き残れないぞ。こんな道じゃ車は走らないだろうから、ひき殺される心配はないのかもしれないけどさ。

 これだけトロいなら、いきなり飛んだり跳ねたりはしなそうだ。なるべく近寄らないよう避けて通り抜ける。

 まったく、なんでぼくのほうが避けなきゃなんないのさ。カエルのくせに、堂々と人間様の道をふさいでるんじゃないよ。もしかしたら、舗装されていないせいでカエルもここが道だって気付かなかったのかもしれないけど。


 あー疲れた。よけいなことで時間食っちゃったよ。もう宿題なんてやる気出ないね。帰ってゲームでもやろ。ネットには繋がんないけど……。


 ♪♪♪


 おかしいな。歩いても歩いても進んだ気がしない。この道こんなに長かったっけ?

 いつの間にか空も真っ暗になってる。いくら街灯がないからって、まだそんな遅い時間じゃないはずなのに……。山の天気は変わりやすいらしいから、田舎の天気ってこういうもんなのかな。ああもう、早く帰らなきゃ! でも、どこなんだよここ。似たような景色だからどっかで道を間違えちゃったのかも。

 どうしよう、田んぼにいる人に聞くしかないかな……。やだなぁ、知らない人に自分から話しかけなくちゃいけないなんて。こっちは「声をかけられてもついて行くな」なんて言われて育ってんのにさ。

 しょうがないから道を聞く決心をしたっていうのに、田んぼには誰もいなかった。けど、あれ、何か動いてる? なんだろう……?

「ひいっ!!」

 動いている黒い固まり。あれは……オタマジャクシだ!!

 黒くて小さいオタマジャクシがうじゃうじゃいて、ぐじゃぐじゃに混ざりあっている。もう「泳いでる」なんて感じじゃない。田んぼの泥ぜんぶがオタマジャクシでできてるみたいだ。

 オタマジャクシって、1匹2匹ならかわいいけど、あんなにいると気持ち悪いんだな……。

 後ずさりすると、後ろから変な鳴き声が聞こえた。飼育小屋にいたニワトリがコッコッって鳴いてる時みたいな声だったけど、こんなところにニワトリがいんの……?

 振り返ると、そこにいたのはさっき見たのと同じようなでかさのカエルだった。

 今のってこいつの声? ほかに何もいないってことは、きっとそうなんだろう。ケロケロ鳴くんじゃないんだ……。

 カエルはじっとぼくのほうを見ている。どこ見てんだか分かんないような目だけど、なんだかにらまれているような気分になった。あのトロいヤツが追いかけて来たってことはないだろうから、別のカエルなんだろうけど……。

「な、なんだよ!」

 ぼくがカエルをにらみ返していると、田んぼからほかのカエルがはいだしてきた。

 1匹、2匹、3匹……もう数えてらんないぐらい、次から次に。カエルの山が、こっちにせまってくる……!

「ひっ」

 逃げようと反対に振り返ると、そっちももうカエルでいっぱいだった。今度は道がカエルになったみたいだ。足の踏み場なんてどこにもない。

 カエルたちは鳴き声もあげずにひたすらぼくの方に近づいてくる。

 足下まで来たカエルが、スニーカーにはりついた。そのカエルを踏み台にして、別のカエルがぼくの足にぺたり、べたりとくっついて――靴から靴下、ズボン、服、はりついたカエルが、どんどんどんどん体をのぼってくる。

 やだやだやだやだ! 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! カエルで生き埋めになっちゃうよ!!

 ぼくどうなるの? 殺されるの!?

 嫌だよ、やめてよ!!


 ああ、カエルもあの時、やめてって、殺さないでって思ってたのかな……。

 何もしてないカエルに石を投げた。ぼくが気に入らないからってだけで、あんなことしちゃいけなかった。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 カエルたちが肩のところまで来たとき、ぼくは空に向かって思い切り叫んだ。

「もう二度とやらないから! やめて!!」


 ふっと、体が軽くなった。体中にはりついていたカエルがいなくなっている。

 空も晴れていて、あんなに暗くなってたのが嘘みたいだ。

 カエルがくっついた気持ちの悪い感触は残っているのに、靴も服も体もぬれたり汚れたりしてなかった。――ぼくがスニーカーにつけた泥は残ってたけど。


 後ろから、またあの鳴き声が聞こえた。

 深呼吸してから振り返ると、そこにはカエルがいた。――1匹だけ。きっと、ぼくが石を投げたあいつだ。

「さっきは石投げたりしてごめん」

 カエルに向かって頭を下げる。土下座じゃないけど許してくれよな。

 それから、他の人が踏んだりしないように、枝でそーっとカエルを押して、田んぼまでどかしてやった。

「捕まってストロー刺されたりしないように気をつけろよ」

 これは親切心でやってあげてるんだぞってことを伝えるために、声をかけておく。

 じゃあな。もうぼくの登下校中に出てこないでくれよ。


 あの時カエルを殺していたら、ぼくはどうなっていたんだろう……。石を投げただけであんな目に遭ったんだから、ストローなんか刺したら大変なことになるんじゃない? クラスに女子しかいない理由って、まさか……。

 また後ろからカエルの鳴き声が聞こえた。まるで「そうだ」って言ってるみたいに。

 今度はもう振り返らない。ぼくは全速力で走って帰った。

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