嫁取物語

時和 シノブ

嫁取物語

「異なり。次の者を」


「かしこまりました。次の者」


 家臣が告げると、次の女が入ってきた。


 余はこの時を待っていた。

 幾年も幾年も。

 何度も転生を繰り返し、何度素敵な姫が現れようとも、

 帝(みかど)になってモテまくりになろうとも、

 妻を娶らずにこの女との再会を待っていた。

 そして遂に何度目かの転生の後、この機会が巡ってきたのだ。


 ――その時とは。


 そう……あの憎き、気まぐれ、ホームシック女が月に帰っていくときに乗っていった船が故障し、不時着したのだ。


 あの船がなければ、もう月には帰れまい。


 あの時は思わず、扇子を両手に持ち、小躍りしてしまったくらいだ。


 目の前に現れた女を凝視し、細く白い美しい顎を扇子でひょいと持ち上げる。


「余を憶えているか?」


「否、お初にお目にかかりまする」


 まぁ、仕方がないか。


 こちらの記憶は引き継げられているが、あいつには余をこっぴどく振った記憶がないのだ。

 まぁ、これからさんざん苛め抜いて、その後、離縁してやろうぞ。

 この恨み、晴らさでおくべきか!


「ところで、余の妻となった暁には、何か望むことはあるか」


「恐れ入りますが、わたくし目には老齢の親がおりまする。もう、自ずでは食べることもままならず……」


 はっ!


 その時ふと、以前の記憶が蘇る。

 そうか、このものには年老いた育てのジジイ、ババアが……

 迂闊であった。

 ふと、女に目をやると、潤んだ瞳がこちらをじっと見上げている。

 珠のような涙が漆黒の濡れた睫毛を美しく伝う。


 いかん!あやつの瞳に心が揺らぐ。


 女だけでも充分なのに、そのうえ予期せぬ二世帯住宅。

 余は、何度も何度も女の前を右往左往。


 すると女は、


「こうしてお目にかかれただけでも、嬉しゅうございました。どうか私よりも相応しい方と末永くお幸せに」


 と自ら部屋を去ろうとする。


「ええい!待て待て。承知した。この際、親も纏めて引き受けようぞ」


 余は女の涙に弱い。

 やっとのことで掴んだ千載一遇の復讐の機会だというのに……

 気づくと、余は姫を抱き寄せていた。


 良いではないか。この美しくも幸の薄い女を幸せにしよう。

 これが余の生きる道じゃ。


 その時、電光石火の如き光と音が頭上に轟いた。


 ――バリバリバリバリッ。


 余の人生終了のお知らせか。


 何度も転生を繰り返した割に、何とも味気ない結末であった。

 やはり人を呪わば穴二つじゃ。

 もし来世があるのなら、どんな形であれ、またあのあざと可愛い姫に出逢いたいものじゃ。

 そんな願いも虚しく、意識が遠のいていく……


「3番テーブル、かぐやさん指名入りまーす」


 爆音の音楽とアナウンスで目が覚める。

 仕事疲れでこんな場所で寝入ってしまうとは。


「こんばんは~。美加登(みかど)さ~ん、今日も来てくれたんだぁ。ありがとぉ~」


 そう、余はとてつもない時空を超えて20XX年に転生したのだ。


「いつもありがとぉ。これで田舎の両親に仕送りできるよぉ」


 うるうるした目でこちらを見てくる。


 俺の嫁、いとをかし。


 そう、俺が彼女を指名(選んだ)したのは天命じゃ。


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嫁取物語 時和 シノブ @sinobu_tokiwa

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