愛情
キツツキ
序章
自転車のペダルを漕ぐ。矢神 剛志は家への帰りを急いでいた。最近始めたファミレスの接客ではミスを連発してしまい、2つ年上の先輩に怒られてしまった。いつも自分はこうである。人との付き合いがあまり得意ではない。しかし、アルバイト終わりに残り物の料理を貰えるのは有難かった。きっと修哉がお腹を空かせているだろう。修哉は俺なんかよりもずっと頭も良い。大学に行かせてやりたい。けれど、大学に行くにはお金が必要だ。だから、俺には修哉の金銭面を支えてやるぐらいの事しかできない。修哉は高校2年生だ。きっと友達とも本当はもっと沢山遊びたいはずだ。
ごめんな。俺がいつもそう言うと、決まって修哉は気にしないでという。「遊んでる暇があったら、勉強したほうがよっぽど有意義だよ」優しいよな。まってろ。すぐに家に帰るからな。
自転車が下り坂に差し掛かる。下り坂を降りていき終わりに差し掛かろうとした時、横から自動車が突っ込んできた。気づいたときにはもう遅かった。
一瞬の出来事が剛志にはスローモーションのように見えた。体が宙に放り出される。全体がゆっくりと圧迫されていく。剛志は壁と衝突した車に挟まれていた。息が苦しい。肋骨が一本一本折れていく。剛志は死を感じていた。今までの出来事が走馬灯のように駆け巡る。
修哉が小さかった頃、父も母も健在だった。しかし父は癌を患い、日に日に衰弱していった。そんな中、母は父を辛抱強く介護をした。出稼ぎに行くようになり、母は家にいる時間が少なくなった。やがて父が病死し、その立て続けに母がノイローゼで倒れた。医者に見てもらうと過度なストレスであると言われた。おそらく働きすぎたのだ。母の看病は剛志がした。母はいつもごめんねと泣いていた。そんな母を見るたび剛志は心を痛めた。収入がなくなってしまったので、剛志がアルバイトを始めた。最初はコンビニの会計をしていたが、頭があまり良くない剛志は何度も失敗を繰り返し、クビになってしまった。いろいろと転々しながら、辿り着いたのは今働いているファミレスの接客業だった。そこの店長はとても優しかった。剛志が多少のミスとしても次に失敗しなければ良いと言ってくれた。また、自分の境遇にも同情してくれた。そうやって剛志が働いている時、修哉はいつも家で一人だった。剛志がアルバイトに言っている間、家の家事を難なくこなしていた。
俺たちは幸せだった。貧乏であろうが家族に繋がりは誰よりも強かった。そんな幸せを今奪われようとしている。許せない。そうしている間にもどんどん死は近づいてきている。俺は最後の命を全て運転手への憎しみに変えた。
許せない。許せない。許せない。
死にたくない。
ごめんな。修哉ー
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