60 天狗は舞い降りた

 ――どこか行きたいところはある?


 知佳は市川家のベッドで目覚めた。


 ――ああ。これから。


 夢を見ていた気がする。しかし、うまく思い出せない。誰とどこで何を話していたのか――


 デジタル時計の日付は三月最初の火曜日を示していた。

 07:47

 スマートフォンのロックを解除する。ブラウザでニュースサイトを開く。続報がないか確かめる。


『彩都市の女子高生 行方不明』


 カナは消えた。

 知佳が屋上で目撃したのを最後に、どこにも姿を見せていないのだ。

 日数が経過したことで営利目的の誘拐ではないと判断され、全国的な報道もされた。

 それが昨日のことだ。学校の前には報道陣が詰めかけ、生徒を捕まえて話を聞こうと躍起になっていた。


 これは本当に起こったことなのだろうか。


 報道に目を通しても、いまだに実感が持てない。消えたのはカナではなく、森野なにがしというよく似た別人のように思えてくる。


 サイトをスクロールしていくが、カナが発見されたという報道はない。当然だ。見つかっていれば、ニュースになるより先に誰かが知らせてくる。


 知佳はスマートフォンを投げ出した。

 ベッドに仰向けになる。

 ウォールステッカーの鳥を数えながら思い出すのは、昨日の作法室での会話だった。


 ――やっぱり、りんご様がカナを? でも、どうして。


 瑞月は呟いた。


 ――わからないわ。けっきょくのところ、わたしたちは何も知らないのと同じだもの。


 蒼衣は言った。そして、客人の方を向き、


 ――そうでしょう? 夢路さん。


 アヤ夢路は炬燵から離れた場所で正座していた。


 ――……前々から気に入らなかったから消しただけよ。

 ――神様は約束を守るんじゃなかった?

 ――うるさいわね。あなたたちの誰かが男とどうこうなったんでしょ。

 ――なら教えてくれる? 誰が裏切ったのか? いますぐ。


 夢路は返答に詰まった。口を開くも、言葉が出てこない。


 ――答えられないわよね。最初からずっとそうだった。そうでしょう? 夢路さんはりんご様じゃないんだから。

 ――夢路さん、もうこれ以上は。


 夢路は俯いた。肩を震わせはじめる。そして、唐突に声を立てて笑いはじめた。安っぽい刑事ドラマで、追い詰められた犯人がそうするように。


 ――ああ、そうよ。夢路はりんご様じゃないわよ。あなたたち巫女を縛りつけて楽しんでたの。虎の威を借りて神様を演じてたってわけ。だからおあいにく様、カナがどうなったかなんて夢路にはわからない。

 ――夢路さん。もうわかったよ。夢路さんはすごく悪い人だ。みんなをずっと騙して、弄んで。とんだ嘘つきだよ。だから――まだボクたちに話してないことがある。そうでしょ?

 ――何が知りたいのよ。いまさら知ったところでどうなるっていうのよ。無意味なの! 六花も、カナも、消えた! もう戻ってこないの。だからさっさと諦めなさい。

 ――でも、何も知らないんじゃ諦めなんてつかないわ。

 ――そうだよ。本当に希望がないっていうなら、その現実を突きつければいい。夢路さんは、悪人なんでしょ?

 ――……勘違いしないで。語るに足ることがないというだけよ。

 ――そうかしら。少なくとも、わたしたちより知っていることがあるはずでしょう? たとえば荼枳尼天について。


 夢路はその名前を聞き、はっとしたような表情を見せた。顔を背け、暫しの沈黙の後、口を開く。


 ――……知らないわよ。夢路が物心ついた頃にはもうここに学校が建ってたんだから。ただむかしそういう寺があったことを聞いただけ。荼枳尼天を祀る寺があったって。人の心臓を喰らう神様が祀られてたって。

 ――その割には生前にずいぶん思い切ったことをしたものだけれど。

 ――……若気の至りよ。

 ――夢路さん。わたしたちが訊きたいことはもうわかってるでしょう。

 ――……何よ。

 ――夢路さんの婚約者と親友のこと。彼らはけっきょくどうなったのか。夢路さんの親友は戻ってきたのか。

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