12 生まれながらの犠牲者

【S市の中三少女が不明】


 大阪府S警察署は三〇日、S市立■■中三年の澪瀬みなせ実理みのりさん(一四)が二七日午後から行方不明になっているを明らかにした。有力な情報がなく公開捜査に踏み切った。事件と事故の両面から署員らが自宅周辺を中心に捜索している。


 ――何それ?


 葛城かつらぎが知佳の手元を覗き込んできた。


 知佳が見ていたのは、新聞記事だった。今日の朝刊から切り抜いたらしい。


 ――わからない。机の中に入ってた。

 ――へー。


 葛城はひょいと知佳の手から記事を取り上げた。


 ――知佳ぞーさんや、この記事に何か何か心当たりは?

 ――わたしが知りたいよ。

 ――おはよー、どったん?


 別の同級生が割り込んでくる。葛城は知佳に代わって事情を説明した。


 ――ふうん、誰が入れたんやろ。

 ――今日の新聞やろ? つまり犯行時刻は今日の朝。

 ――というか何のために? 嫌がらせにしても意味わからん。


 気づけば机の回りに人だかりができている。優等生が集まるせいか、何かというとすぐ鳩首謀議になるのだ。


 ――でもこの子、知佳りんに似てへん?


 不意に誰かがそう漏らした。


 ――それ思ってた。

 ――近所だし親戚とか?

 ――わたしは聞いたことない。


 知佳は否定した。


 ――そっかー。でも、それ以外につながりなんてないやろ。

 ――誰かが似てると思って、机に入れたんちゃう。

 ――その思考回路謎なんやけど。

 ――やんな。わざわざ切り抜いて。しかも朝刊やで? 仕事早すぎ。

 ――怖いわ。匿名の悪意を感じる。

 ――知佳ちー大丈夫?


 不意に、葛城が尋ねた。肩までの黒髪に縁取られた瓜実顔で。知佳を「真似た」という標準語で。

 

 ――え。

 ――顔色悪いけど。

 ――……不気味だなって思って。

 ――だよね。他になんかあったら相談しな?

 ――うん、そうする。


「みんな優しかった。怪しい子なんていなかった。だけど、それはその一回じゃ終わらなかった。今度は――死体が発見されたっていう記事だった」


【公開手配の女子中学生か 大阪府S市で遺体の一部を発見】


 十日午後七時半ごろ、大阪府S市の竹林で、散歩中の男性が人体の一部らしきものを発見し、依頼された通行人がS署に通報した。駆けつけた警察官らが周囲を捜索したところ、他にも遺体の一部が発見され、大阪府警は死体遺棄事件とみて捜査を始めた。遺体は若い女性のもので、行方不明で公開手配されている同市の女子中学生澪瀬実理さんの可能性もあるとみて身元の確認を急いでいる。


「クラスの子達はみんな同情してくれた。いたずらの犯人もそうだし、事件の犯人にも怒ってた。それに怖がってた。被害者の年齢、現場を考えると他人事じゃなかったから。街中では警察やメディアもよく見かけたし、異様な空気だったよ」


【遺体の身元が判明】


 十日、S市の竹林で若い女性の遺体の一部が見つかった事件で、府警は新たに発見された遺留品などから遺体をS市の女子中学生澪瀬実理さんと断定。司法解剖の結果などから殺人事件と断定しS署に捜査本部を設置した。


「三回目からは、机に記事が貼られるようになった。きっとわたしが隠さないように。ひっそりと処分しないように。クラスのみんなが知れるように」知佳は言った。「だから、わかんなくなっちゃって。犯人はたぶんクラスの誰かなのに、それらしい人は誰もいない。みんな同情してくれる。みんなだって怖いのに。まるでわたしがその被害者の子みたいに気遣ってくれた」


【女子中学生殺害事件 十六歳の少年を逮捕】


 S市の竹林で女子中学生澪瀬実理さんの遺体が見つかった事件で、二四日午後五時ごろ、大阪府警はS市の高校に通う一年生の少年(十六)を実理さん殺害ならびに死体遺棄と死体損壊の容疑で逮捕した。少年は容疑を認める供述をしているという。


「きっとその気になればいたずらの犯人を突き止められたんだと思う。早朝に教室の近くで待ち構えてれば、きっと。でもそうしなかったのは――確かめるのが怖かったからだと思う。顔の見えない誰かの悪意が見知った誰かの悪意に変わるのが」


【「遺体の一部を食べた」逮捕の少年が供述】


 S市の女子中学生澪瀬実理さんが殺害された事件で、逮捕された少年が遺体の一部を食べたと供述していることが分かった。捜査本部は、少年の供述を基に残りの遺体を捜索するとともに、この供述の真偽について慎重に調べているという。


「わたしは――忘れたかった。なのに、みんなその話題を持ち出して励ましてくる。それがなんだかすごく嘘くさく感じて、ひょっとしてみんなグルになってわたしの反応を楽しんでるんじゃないかってそう思うようになった。誰か特定の犯人がいるんじゃなくて、みんな共犯なんじゃないかって。当時はスマホも持ってなかったし、他のみんなが連絡を取り合ってそういう段取りをつけてたとしてもわたしには知りようがなかった」


 ――千草ちぐさ知佳ちか。むかしはそういう名前だったよね。小学校のときは。


「気づけば――教室だけじゃなく、校舎の至るところで視線を感じるようになって――知らない子に話しかけられることもあった。なぜか、わたしの名前を知ってたの。みんな短い言葉で励ましてくれて――」知佳は自嘲するように笑んだ。「だからかな、視線を向けられるのが苦手になっちゃった。学校に行くのが怖くなっちゃった」


 ――だから、知佳ちー。こうしない? わたしとになるの。そうしたら、わたしが守ってあげる。世界中を敵に回しても、知佳ちーに味方するよ。


「それで転校を?」

「うん、最初は府内の別の高校だったんだけどね――今度はお母さんが心労で倒れちゃって」

「それは――」

「ああ、大丈夫。生きてるし、少しずつ回復してるって話だから」知佳は慌てて補足した。「ショック……だったんだろうね。ショックじゃないわけないよ。あんなに喜んでたんだし」

「それで、中高に?」

「そうだね。市川のおばさんっていう、お母さんの知り合いの人が呼んでくれて」

「親戚じゃないんですか」

「遠い親戚だって聞いたことはあるけど」知佳は苦笑した。「だからどうこうというより、単にお母さんと個人的に仲がよかったってことみたい。けっこう年の差あるんだけどね。おばさんがお姉さんみたいな関係だったんだって」


 五條は知佳から聞いた話を消化するようにして黙り込んだ。


「けっきょく、被害者の方は赤の他人だったんですか」

「それもよく訊かれた。でも正直言うと自分ではあんまり似てると思わないんだ。鏡と写真じゃ印象も違ってくるけど――それで写真を撮って比較されたりもしたっけ。とにかく、だから余計疑心暗鬼になったんだと思う」


 ――もし断るなら、これから先、何が起こってもわたしは知らないよ。


「すみません。余計なことを訊きました」

「いいよ」

「代わりに知りたいことがあれば何でもおっしゃってください。さあ。さあ」


 五條は乞うように言う。まるで飼い主がボールを放るのを待つ犬のようだ。知佳は少し考えてから、手持ちのボールを投げることにした。


「森野さんのこと、何か知ってる?」

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