第6話 いじめとか相手にしないから【前編】


「殿方を侍らして恥ずかしくありませんの!?」

「多くの方があなた方を見て眉をひそめていると言うのに…この学校にあなたのような方は不釣り合いですのよ!」

「そ、そんな…わたし…わたしそんなつもりじゃ…みんなお友達なのに……」


 1人相手に大勢で囲み、糾弾する。

 女子トイレにていじめが行われていた。トイレの外にまでその声が漏れ聞こえているではないか。……だけど俺には関係ない。俺はトイレに用があるのだ。なので素知らぬ顔で割って入った。

 ここはみんなのトイレです。長時間の占拠はみんなの迷惑になりますよっと。女子ってトイレ長いよね、いつも中で何してんだろ。


「な、なによ、この女を庇うといいますの!?」

 

 俺が現れたことにぎょっとした女子Aが文句をつけてきたが、そうではない。トイレの個室までの道を塞ぐんじゃない。俺は用を足しに来たんだ。

 ……女子に囲まれていたのはコレまた美少女だ。どこかで見た気がするけど、誰だったであろうか。しかし寄ってたかっていじめとは…セレブも庶民もそこんところ変わんないのね。


「…お前ら、そこの鏡見てみ? ものごっついブッサイクになってるから。性格ブスって顔までブスにすんだな」

「なっ…なんですって!?」


 その後、女子の集団がヒステリーを起こして俺を罵倒し始めた。婚約者に捨てられた中古品とか、負け犬とか、訳あり物件とか……主に身体の持ち主に対する悪口だな。

 俺に言ったところで痛くも痒くもない。


「大体あなたは加納様との距離が近すぎますのよ!」

「宝生様に振られて傷心のところを加納様に声を掛けられたからって鞍替えしようとしてますの!?」

「とんだしたたかな女だわ! それを狙っていたんじゃありませんこと!?」


 …と思っていたけど、話がおかしな方向に進み始めた。ちょっとそれは聞き逃がせないな。


「ゴチャゴチャうるせぇな! 慎悟は道ならぬ恋をしているんだぜ!? 俺をそこに巻き込むんじゃねぇ!」


 また俺達が精神的ボーイズラブに結び付けられそうだったので否定すると、女子らがぴしっと固まった。

 嘘、誰ですの? とショックを受けた様子の女どもがオロオロしている。ざまぁ。


「…俺は慎悟のダチだ、その相手がどんな野郎でも見守ってやると決めてるんだ」


 俺が諭すように説明すると、女どものうちの1人が「ヒョッ…」と変な声を出していた。そいつは頬をうっすら赤くして1人だけ様子がおかしかった。


「あいつは今苦しい恋をしてるんだ。寛容に見守ってやれよ」


 同性愛に少しだけ関心が持たれているが、未だに偏見の目はある。俺だってそうだった。だけど慎悟はいいやつだ。だから友達として見守ってやろうと……


 俺の説得が伝わったのか、女子共は勢いを失って大人しくなった。

 ようやくトイレに入れる。

 俺は取り残されたいじめられっ子をその場に放置するとトイレに無事籠城することができた。



■□■



【加納様から離れろ、この傷物】


 はじめはそんなお手紙からであった。

 それを見た時は加納ガールズかなと思ったけど、慎悟にベタベタしながら俺に嫌味を飛ばす彼女たちを思い出して、すぐに違うと判断した。

 加納ガールズは直接嫌がらせをするタイプなので、手紙で脅迫なんてまどろっこしいことはしないなと。良く言えば正々堂々してるってこと。


「おい、二階堂エリカ…お前姫乃に何を言った?」

「ん…誰だお前」


 声を掛けてきたのはエリカ嬢の元婚約者ではなく、別の男であった。こいつもイケメンでなんか腹が立つ。


「……速水だ。中等部の時同じクラスになったことがあるだろうが」

「さぁ、知らね」


 俺が知らんと言ったら変な顔をしていた。世の中の人間がすべてお前のことを把握してると思ったら大間違いだぜ。

 俺は下駄箱に入っていた手紙をグシャグシャにしてそのへんのゴミ箱に捨てると、その男と向き直った。


「何のことか知らんけど…どういうこと?」

「お前が姫乃をいじめるように仕向けたと言う話を聞いたんだ。そんなことしてもお前と宝生の婚約は消えてなくなってるんだ。…これ以上無様な真似をしないことだな」


 言いたいことを言い終えると、速水とやらはさっさと立ち去っていった。話が全く見えないし、否定したかったのに……なんかムカつくな。

 元婚約者とその恋人関連の話か? いじめとかなんとか言っていたけど、俺は一切タッチしてないんですけど……何の話なのよ。

 ワシワシと後頭部をかきながら考えてみたが分からなかったので、考えるのをやめた。


 そのままいつものように階段を登って教室に入ると、ヒソヒソと「なにあれ」「ひどい…」と遠巻きに噂する生徒らが何かを注目していた。

 それが異様に見えたので、彼らの視線を追って見ると……俺が使用している席に花が生けられた花瓶が置かれていた。黄色と白の輪菊の組合わせが七本と…まるで、仏壇に飾る花のようである。


「何だこりゃ」


 机の持ち主が教室に入ってきたと分かると、クラスメイトたちはギョッとした様子であった。俺の席の周りには誰も近寄らない。


「…今日は命日じゃないはずなんだけどな」


 俺はボソリと独り言をぼやいた。

 それにしても見事な菊である。花瓶の花をそのままにしておいて、席につこうと椅子を引いた。


「ちょっ! 二階堂危ないよ!」


 そのまま座ろうとした俺を引き止めたのは同じバレー部の女子、山本ひかりである。普段は俺のことを遠巻きにしてるくせに珍しいことだと思っていると、山本の次の言葉に俺は固まってしまった


「なんなのこれ! 誰がこんなことしたの? 花瓶に画鋲って…!」


 画鋲!?

 山本の言葉にぎょっとして椅子を振り返ると、コレまたすごい量の画鋲の針が天井を向いていた。座ったら大惨事間違いなしじゃん!

 このことは大事となり、学級会になった。学校内に設置されている防犯カメラを確認してもらったけど、残念なことに教室内にはカメラはない。廊下には毎日沢山の生徒が行き交うので犯人が誰かもわからず、事件は迷宮入りとなったのだ……


 それに味をしめたのか、犯人はさらなる凶行に及んだ。

 部活を終えた俺が帰ろうと下駄箱を開けると革靴がなくなっていた。


 普通の女子はここで青ざめて泣くシーンなんだろうが、その時の俺は部活の疲労と空腹で頭がいっぱいだった。

 なので学校の体育で使用する運動靴を取りに行っておとなしく帰宅していったのだ。

 なんたって今度行われる予選大会に向けてレギュラー入りした俺をコーチがしごくんだ。疲労はピークだよ。

 ……エリカ嬢の身体は使い勝手悪くてすぐ疲れちまうんだもん……頑張って肉体改造してるけど、自分の体と違って燃費悪すぎる……


 ぶっちゃけ革靴は歩きにくいし、こだわりがあるわけじゃないので、俺は運動靴で行動するようになった。

 面倒くさいので被害を訴えることもせずにスルーしていたのだが、その三日後に革靴は無残な姿で女子トイレの便器内で発見された。


「二階堂さん、ちょっと」


 そう言って教室の前方の出入り口から声を掛けてきたのは、風紀と書かれた腕章を付けた男子生徒であった。彼の手元にはビニール袋。その中には焦げ茶色の何かが入っていた。


「なんすか?」


 俺が牛乳パック片手に応対すると、風紀委員の彼は憐れむようにこちらを見下ろしているではないか。

 憐れまれるような覚えがない俺が訝しんでジト目で見上げてしまうのは仕方ないことだと思う。


「…落ち着いて聞いてくださいね、3階西校舎側の女子トイレに…あなたの靴が投棄されていました」

「あ、そうなんすか」


 へぇ、女子トイレに捨てられてたのか。


「被害届出してないのによく俺のだってわかりましたね」

「セレブ生の学用品は特注のものが多いですからね。記載されたシリアルナンバーを照合すればすぐに分かることです」


 なにそれ怖い。そこまでするのセレブ。

 特注だからって持ち主特定できるようにナンバーふってるって…やりすぎじゃね?


「現在監視カメラで探ってはいるんですが、場所が女子トイレ内なので…」

「あーいいですいいです、面倒くさいので大事にしなくとも」

「ですが…」

「堂々と面と向かってできない小心者のやることでしょ。放って置いて大丈夫」


 コレは強がりではない。

 単純に面倒だっただけだ。


 俺はエリカ嬢のように半分浮いた存在だ。微妙な立場にいる。

 コレまでにも色々面倒なことがあったから、できればそっとしておいてほしかったのが本音である。


 目的が何であれ、嫌がらせに反応したら犯人が余計に喜ぶ。そう思っての判断だったのだ。


「おばさんたちに言ってないのか」


 慎悟の言葉に俺は鼻で笑ってしまった。


「ばっかだなー。こんなん反応したら相手が喜ぶだけだぜ? スルーが正しい方法なの」

「…俺になにか出来ることはあるか?」


 珍しく心配そうな顔をした慎悟にそんなことを言われた俺はついつい呆けた顔をしてしまった。


「なに…お前が優しくなるとか……なにかやましいことでもあんの?」

「……心配してやって損した。もういい」

「なんだよーちょっとからかっただけじゃーん。怒るなよー」


 へそを曲げてしまった慎悟の肩を組もうとしたが、バランスが悪くなるので、背中に腕を回して友情のスキンシップを図る。慎悟も嫌がってないし、俺らの男の友情の確認方法なんだ。


「二階堂エリカーッ! 慎悟様にベタベタしないでちょうだい!」

「慎悟様にガサツが伝染るでしょう!?」

「だいたいあなたには女性としての自覚がないのよ!!」


 だけどすぐに引き剥がされる。別にいいけどさ。


「羨ましいならお前らも同じようにしたらいいじゃん。慎悟が喜ぶかは別として」

「私達は淑女ですのよ! そんなっ慎悟様にべたべたするなんてっ」

「はしたない真似はいたしません! あなたじゃあるまいし!」


 否定しながらもチラッチラッと慎悟を期待の眼差しで見つめる巻き毛とロリ巨乳。

 慎悟は目をそらして何も聞いてないとアピールをしている。

 ……思ったんだけど、慎悟はもともとゲイなのだろうか。ヘテロだけど三浦だけは特別枠なのだろうか。


 気になるけどこいつ恥ずかしがって本音を明かしてくれないんだよなぁ。

 俺達は友達なんだから隠さなくともいいってのに。

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