第5話 ボーイズ・ラブとか無理だから。
「二階堂様は慎悟様のことをどう思っていらっしゃいますの?」
「……どうって…友達だね」
丸山嬢に捕まったと思えば、怖い顔でそんな質問された。
どう思っているだと…?
俺は数秒反応が遅れて返事を返したが、その答えじゃ彼女は納得しなかったようである。
「……友達の距離感とは思えませんわ」
彼女の言葉に俺は……
「わかった、絶交してくるわ」
男の友情で結ばれている慎悟との決別を誓った。
丸山嬢は何故かギョッとして、「あのっ二階堂様っ?」と俺を引き留めようとしていたが、なんとしても精神的ボーイズ・ラブに結びつけたくない俺としては聞き捨てならぬ発言。なんとかせねば。
「二階堂様っ待っ…は、早い…」
スタートダッシュをかけた俺はその足で教室へと飛び込み、友人と談笑中だった慎悟をとっ捕まえてこう言った。
「俺、お前とは絶交するわ。だから金輪際話しかけてくんなよ」
「…は?」
「あばよ! このクソリアルハーレム野郎め!」
慎悟は呆けた顔をしていた。そんな顔までイケメンとか腹が立つぜ!
何なんだよ俺ばっか攻撃受けてよ! 加納ガールズに丸山嬢にその他諸々?
一体俺が何したってんだ!
「にっ二階堂様っ…!」
息も絶え絶えの丸山嬢が飛び込んできたので、俺は胸を張って宣言してやった。
「丸山さんの望み通り、奴と絶交してきたぜ! 安心しな!」
「!? ち、違います、私が言いたかったのは」
「いい加減うんざりなんだよ。自分の色恋に俺のこと巻き込まないでくんない? ホント迷惑だから」
丸山嬢の望み通りにしてやったのに、目の前の丸山嬢は顔面蒼白になっていた。「違う、違うんです」となにか言い訳をしていたが、なにか違うのか理解できない。
「おい…何があったんだ」
「話しかけないでください加納くん。俺とお前は絶交したんです」
言ってるそばから話しかけてくんなよ。お前には世話になってきたが、同時に被害も被っている。
男の中の男、恋愛対象は女の子である俺は一生恋愛は望めないであろう。だって女の体で何ができるよ。
そんな俺に男との関係を疑われるとか屈辱すぎる。耐えきれないの。
「全く…小学生みたいな事するなよ……丸山さん、どういうことが話してくれないか」
しようもないアホを見る目を向けられた。何だこいつ。
慎悟に問われた丸山さんは頬を赤くして、ジワリと涙目になった。
「私…慎悟様と二階堂様が親しくされているのを見てるのがとても辛くて、ハッキリして頂きたかったのです。……ですけどここまでして欲しいとは一言も言ってませんわ」
「だろうな。この人は感情の振り幅が大きいんだ。あまり気にするな。…それと、余計な口出しはしないでくれ」
「申し訳ございません…」
シクシク泣き出した丸山嬢に慎悟がハンカチを差し出している。なんだよこの空気。俺が悪者みたいに…
待てよ、泣きたいのはこっちだ。
なぜ俺が男との関係を疑われなければならんのだ。
「なにー? 絶交じゃないなら、丸坊主にして避妊手術とかしたら疑わない? 女としての価値を消し去ればいいの?」
「ちっ違います! そこまで言ってません!」
女はいいよな、泣けば大方許されるんだもん。本当に女ってしたたか。俺の目には目の前の丸山嬢が敵にしか見えなくなった。自然と俺の目が白けたものになる。
「じゃあ二度とふざけたこと言わないでくれる? いいか、俺と慎悟は男の友情で結ばれてんだよ」
「はっ…? 男の友情…?」
「やめろ、絡むんじゃない。丸山さん、この人には言っておくから、もう行って」
慎悟が逃しやがった。何だあの女、さっきまで俺のことおっそろしい顔で睨んできてたのに男の前では弱々しくなりやがって。なにその変わり身。女って怖い。
エリカ嬢に憑依してしまってから、俺の中で女へのあこがれや幻想は綺麗サッパリ消え去った。今では苦手になりつつある。
おやつのパンをむしむし齧りながら俺は唸った。
「マジうぜー。なんで女ってあんなんばっかなん? 俺の前ではおっかない顔していたくせに、男の前では涙見せるとかなにアレ……お嬢様だからって調子のんなよ」
「言い過ぎだぞ」
俺の隠れ場所、屋上前の階段踊り場までついてきた慎悟がチクリとたしなめてきたので、俺はそれをじろりと睨みつけた。
「うるせーな。ならお前があの女と付き合ってやれよ。そしたら俺もこんな目に遭わずに済むんだ」
俺の言葉に慎悟は渋い顔をする。
「好かれたからっていちいち付き合っていたら身がもたないだろ」
「はぁあ? もう女の子とイチャコラできない俺への嫌味ですかぁ?」
「何を言ってもそういう反応するんだろ、お前」
うるせぇ、爆裂四散しちまえハーレム野郎め。いいですねぇ選り好みできるお立場のお方は!
「ていうかお前もいつ女になるかわかんないんだから、早いうちに童貞卒業しといたほうがいいぜ」
「余計なお世話だ。お前のようになるのはレア中のレアだから心配いらないよ」
嫌味を返すと、更に嫌味を言われたので、慎悟の腹めがけてタックルしてやった。慎悟が止めろと文句言ってきたが、止めてやらない。ドムスドムスとぶつかっていくが、なかなか倒れないなこいつ、無様に尻もちついてくれたらいいのに!
その後、いいかげんにしろと頭をペンッと叩かれた。なんなんセレブ! 人のこと簡単に叩きすぎだよ!
だけど加納ガールズ過激派と違うのは、マジ叩きじゃなくて、女相手だからかなり加減してるの。なんかムカつく。
中の人は男なんで女扱いはやめてくれませんかねぇ? と文句をつけたら、フンと鼻で笑われた。そんな顔もイケメンで……ムカつく。
はぁーあ! モテる男は違いますねぇ!
あぁぁ憎たらしい!
締めくくりに慎悟の尻を強く叩いたら、先程よりも強く叩き返された。
■□■
どうしても観に行きたい大会があると話すと、慎悟が付き合ってくれる事に。なんか俺を単体で外に放つとなにかやらかしそうだからと言われた。
市井のことなら俺のほうが詳しいし、俺そこまでアホじゃないからな?
「ねーねー、君一人? 可愛いねー」
「一緒に観戦しようよー」
「失せろ」
慎悟が飲み物を買いに行っただけでこれか。わからんだろうが、中身男子高生なの。美少女女子高生の皮を被った男なんだよ。男にナンパされてもただただ気持ち悪いだけなんだわ。
「なになに機嫌わるいなぁ」
「調子乗ってんじゃねーぞブス」
「うるせぇ、テメェらも自分の顔を鏡で見てこいや」
なにも俺はここまで口が悪かったわけじゃない。
これもそれも、エリカ嬢に体を押し付けられて以降、やさぐれ、半ばやけくそ気味に生きているので、性格がひねくれてしまったのだ。
そもそもこういう奴らはどういう反応をしても自分勝手な反応しかしないんだ。だからいいんだよ。
「んだとこのブス!」
「はぁぁん!? やんのかこのブサイク!」
テメーらにだけは言われたくねぇ言葉だなぁ、オイ! その辺にいそうなじゃがいも小僧どもめ、身の程を知れや!!
熱り立った俺は座っていた席から立ち上がってナンパ野郎どもを睥睨してやった。上等だコラ、いい度胸だ。表に出ろや。
俺は相手の胸ぐらをつかもうと腕を伸ばした。
だが、その腕は背後から回ってきた手によって阻止されてしまった。
「…言ってる側からなにかやらかそうとしてるじゃないか…」
「おい慎悟、離せ!」
止めたのは慎悟である。
クソぅエリカ嬢の華奢な身体では力が敵わん! …腹立つ!
「お前この女の男か?」
「ちゃんと男への接し方をしつけとけや」
慎悟の顔面偏差値に怯んだ様子を見せたナンパ男たちではあったが、ギクッとした後、負け惜しみみたいに捨て台詞を残して去って行った。
「ちげーし! てか人のことを犬猫みたいな扱いすんな!」
「よせ、放っておけよ」
俺が文句つけようとしたら、慎悟の腕が腹に回ってきて再び阻止された。
「なんで止めるんだよ!」
「お前は二階堂家の娘という立場だ。そんな人間が乱闘騒ぎを起こしたとなれば大事になるだろう」
大体、体格差を考えろ、今のお前は小柄な女子なんだと言い聞かせられ、俺は屈辱に震えた。
180超えの筋肉質な体を持っていた俺はもういない。憑依してだいぶ経つけど、俺はまだまだ女の身体で生きることを割り切れていないのだ。どこもかしこも柔らかくふにゃふにゃした身体はか弱すぎて、俺の男としての矜持はズタズタである。
試合が始まるからと席に座らされ、慎悟からペットボトルのお茶を渡された。
買ったばかりのそれはじんわりと暖かかった。開封してそれをちびちび飲んでいると、「慎悟…?」と斜め上から声がかかった。
「三浦」
「お前こういうの興味ないくせにどうしたんだよ……あれ…二階堂さん?」
「……」
慎悟と妙に親しげな男は、180はあるであろう背丈、服を着ていてもわかる鍛えた体つきを持った青年であった。
生前の俺並に体格が良かった。そいつを見た瞬間から、俺は無性にジェラシーを感じていた。
「…ど、どうしたの? 機嫌が悪いのかな二階堂さん……」
「……チッ」
「無差別に喧嘩を売るな」
俺が舌打ちで威嚇していると、ペシリと慎悟に頭を叩かれた。
「慎悟って二階堂さんとこんなに仲良かったっけ? 婚約破棄きっかけに親しくなったのか?」
「まぁ…色々あってな」
「ふーん? ていうか試合観に行くなら、俺も誘ってくれてもいいじゃん」
そう言って謎の男は慎悟の隣に腰掛けた。観戦チケットを貰ったから一人で観に来たという男……
こいつ誰だ。エリカ嬢のことを知っているようだが、俺からしてみたら初対面である。慎悟と妙に親しいようで、今も肩を組んで和気あいあいとしている…
俺の視線に気づいた謎の男…三浦と目が合った。慎悟に向けていた親愛の視線から一変して、こちらを探るような目をしていた。
なんぞ?
その男は試合中も、試合が終わった後もずっと慎悟の側から離れず、昼食時も慎悟の隣でペラペラ喋っていた。なんか勝手についてきて一緒に飯食ってるし。別にいいけど。
「悪い、わからない話ばかりで退屈だったよな」
慎悟が気遣って俺に声を掛けてきて一旦は会話に入れられるけど、三浦が俺のわからない会話をしてハブられる。その繰り返し。
何だこのループ。無限ループって怖くね?
なんだかオロオロしている慎悟が可哀想である。仕方ないので、興味ありませんよアピールでスマホを触ることにした。あ、渉からメッセージ入ってら。
スマホに夢中になる俺を気にする慎悟と、そんな俺達を疑いの目で観察する三浦の視線を俺は気づかぬふりをした。
なんだって、また面倒事に巻き込まれそうで嫌な予感がしたのだもの。
その嫌な予感は的中した。
夏合宿の肝試し中に知らんおっさんから盗撮された俺は特攻を仕掛けた。
取っ組み合いとなり、バレー部の顧問や部員たちを巻き込んでの騒ぎとなった。警察を呼んで逮捕してもらおうとしたが、相手は探偵だと言う。依頼主は不明。
誰だ気持ち悪い、上杉の野郎か? と夏休み明けにあの変態を問い詰めようと考えていると、慎悟から「三浦が話したいことがあるそうだ」と連絡が来た。
俺にはないから代わりに聞いといてと言ったけど、どうしても直接話したいと。
告白なら断るぜ。いくら慎悟の親友でも無理だからな。と言えば、「それはないと思う」とキッパリ言いつつ、慎悟のやつもどこか不思議そうであった。
習い事とか部活で忙しいので、手早く用を済ませてもらうために家まで呼び出したのだが、俺が部活で帰ってくるよりも先に到着していた。
慎悟と一緒に客間のソファに座った三浦は何やらニヤニヤしている。やな感じである。
「…で? 用ってなに。家庭教師が来るからそんな時間がないんだけど」
「そう時間は取らせないよ…これを見て」
そう言って三浦は持っていたA4サイズの封筒の中身をテーブルの上にぶちまけた。
そこには松戸の家族と俺が一緒にいる姿、渉やユキ兄ちゃんと遊びに行っている写真が残されていた。
大口でハンバーガーを頬張る姿、ユキ兄ちゃんの運転する車に渉と一緒に乗っている姿、松戸家の縁側で愛犬ペロとごろ寝している姿……
よく撮れてんなぁ……
「……」
「…三浦! お前なにして…!」
「なぁ慎悟、こんなガサツで、ワケアリの女のどこがいいわけ? 考え直したほうがいい」
その隠し撮り写真に血相を変えていたのは俺ではなく、慎悟である。三浦の肩を鷲掴み、どういうことかと問い詰めていた。
それに対して三浦は答えにならない返事をしていた。
「人が変わったように見えるけど、婚約破棄して化けの皮が剥がれたんだろ。今の慎悟には珍獣に見えて気になるだけだって。悪いことは言わないから早く別れたほうがいい」
「こいつと俺はそういう関係じゃない!」
「じゃあなんで親しげなんだよ。慎悟は今まで女と特別親しくしたことないだろ。そんな女より、もっといい令嬢がいるだろ。俺は反対だね。慎悟にはお淑やかで可愛らしい女性が似合うに決まっている」
何やらなにか誤解をしているようだ。俺と慎悟が交際中だと思い込んでやがる。慎悟のそばにいる俺はそういうふうに見えてしまうらしい。
なんだろうな、俺らはただ友人として接しているのに、肉体の性別で別物に見えてしまうのか。
「中学までは俺がお前のことを守ってやっていたけど…やっぱり高等部も英に進学するべきだった」
「三浦、お前は誤解している。それに俺はお前に守られるほど抜けていないし、弱くもない」
またもや俺を置いてけぼりにして二人で話してるし…いや喧嘩?
三浦は友人の彼女に理想を持っているようだ。彼女、んー彼女ねぇ…中高のダチの間でこんな間柄なんてあったかなぁ。お前の彼女かわいいねとか、どっちから告って付き合いはじめたん? とかそういう話題には混じったことはあるが、「ふさわしくない」とか「守る」とか男友達にそういう感情を抱いたことないな……あまりにも過保護だろ……。
──その時、俺の脳裏にある1つの考えが過ぎった。
「何だお前ら……ホモォ…?」
うわ…ほんまもんか……中学の時に教室の隅でキャッキャしていたオタクグループの女子が喜びそうな話題である。
俺の言葉に慎悟と三浦はピシリと固まっていた。俺の発言に衝撃を受けて、未知との遭遇を果たしたかのような顔をしているぞ。
なるほど、慎悟に彼女がいない理由はこれか。なるほど……
「俺そういう趣味ないから大丈夫だよ…慎悟とは本当に友達だから。慎悟の尻は狙ってないから安心して」
「…尻?」
「あと痴話喧嘩ならウチじゃなくて外でやって? 用事は済んだね、じゃあ帰って」
俺はよく撮れてる写真類を回収すると、スタスタと部屋を退室した。
エリカ嬢の姿をしている俺というのは複雑だが、カメラ撮影した探偵の腕がいいのか、どれもいい写真だった。
ペロと一緒に腹を出して昼寝している写真とかいい味でてると思うぜ。俺とペロ、同じ格好で寝てるじゃないの。
その後、追いかけてきた慎悟に捕まってすごい形相でホモォ疑惑を否定されたが、俺は大丈夫。お前がホモォでも、俺達の友情は永遠だ。と生あたたかい瞳で応援してあげた。
俺ってなんて心の広い男なんだろう。
なのに慎悟は両手で顔を覆い隠して「違うんだ…本当に…」と嘆き悲しんでいた。
人の嗜好は十人十色だから、これからの時代はもっと胸張って主張していけよ。ほら、俺が女らしくならずに我を通しているみたいにさ。
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