第1章 はじまりの準備
第1話 アリシア王国のティアラ姫
◇◇◇
「ねぇアンナ。どうして私はお城の外にいっちゃいけないの?」
ティアラは焦っていた。この1ヶ月何度も城外に出たいと願っているのに、一向に外出の許可が降りないのだ。
「姫様には大切なお勉強がございます。毎日のレッスンは立派な淑女となるために必要なことですよ」
侍女長のアンナはチラッと視線を向けただけで、一向に取り合おうとしない。
「姫様のことですから、また森にいって木登りをしたり、魔獣の子供と遊んだりなさりたいのでしょう。そのたびに対応に追われているメイドたちのこともお考え下さい。メイドのアリスなど、魔獣のあまりの恐ろしさにショックで倒れたのですよ。お転婆も結構ですが、そろそろ本格的に淑女教育をしないと、お嫁入りまでに間に合いませんよ!」
「あ、アンナってば、私まだ8才よ。婚約者だって決まってないのにお嫁にいく話なんて早すぎるわ。少しだけでいいの。外の様子を見たらすぐに帰ってくるから。木登りもしないし、魔獣の子も連れてこないから。前はほら、怪我をしていたから心配でちょっと連れてきただけで、結局すぐに森に返したでしょ。それに、とっても大人しくて可愛い子だったじゃない」
「シルバーウルフはちっとも可愛くありませんっ!これだから姫様のことは信用できないのですっ!」
「そ、そんな。お願い!少しだけお外に行かせて!ほんの少しの時間でいいから」
両手を前に組み、必死にお願いするティアラ。
「では、どうしてそんなに城の外に出たいのか、理由をきちんとお話ください」
「その、どうしても探したいものがあって……」
しどろもどろになる様子に呆れたような溜め息を落とされる。
「姫様、姫様もそろそろ王族としての自覚を持たなければ。いつまでも子どものままでは困ります」
◇◇◇
―――アリシア王国第三王女ティアラ
腰まで緩く伸ばした淡い金髪にアメジストの瞳が印象的な王女は、王族にも稀有な回復魔法の使い手として生まれてきた。幼いながらも気品に溢れた姿は、はっとするほど美しいのに、誰にでも屈託のない笑顔を向ける無邪気な可愛らしさから、アリシア王国の末っ子姫として愛されている。
アリシア王国は切り立った崖と海に囲まれた小さな島国だが、美しい自然と豊かな国土、豊富な資源に恵まれていた。大陸の国を追われた賢者が安住の地として移り住んだ島と言われており、他国からは【最後の楽園】とまで呼ばれている。アリシア王家は国を興した賢者の末裔として国民から敬われる存在だ。賢者の能力は数百年たった今もなお受け継がれており、王家やその流れを汲む貴族には、強い魔力を持って生まれるものが多い。
その強い魔力を生かして魔物の討伐や災害支援などで各国に協力することもあるため、周辺諸国とは概ね良好な関係を築いていた。争いを好まず、おっとりと優しい人柄の国王夫妻は国民からの人気も高い。
現在アリシア王家には、2人の王子と3人の王女がいる。年の離れた第1王女と第2王女はすでに他国の王族に嫁いでいるが、2人の王子たちは国の中心人物として、各分野で優れた能力を発揮していた。王妃もまた、アリシア王家の流れを汲む公爵家出身であったせいか、王子たちはかつてないほど強い魔力を持っていたのだ。
現在20歳になる第1王子カミールは水属性を持つ水魔法の使い手。天候を操り、海さえ割ることのできるその強力な水魔法は、他国への牽制になるとともに治水、農業など幅広い分野で役立っている。美しいプラチナブロンドの髪と整った顔立ち、優れた頭脳を持ち、国内外から夢中になる令嬢が後を絶たない。次期国王として揺るぎない立場を保っており、すでに何度か行った災害支援活動によって周辺諸国からも高い評価を受けている。
一方第2王子のアデルは土属性を持つ土魔法の使い手だ。大小様々なゴーレムを作り出し使役することができるほか、土壌を改良して農作物の収穫量を上げたり、希少な鉱物が発掘できる鉱山を発見したりと国力アップに貢献している。燃えるような赤毛と明るく爽やかな笑顔の持ち主であり、国一番の剣術の使い手でもある。三つ年上の兄カミールを心から慕っており、兄弟仲は良好だ。成人後も国に残り、カミールをサポートすると公言している。
優しい国王夫妻に優秀な王子たちの、ただ一つの欠点。それは、そろってティアラ姫に甘過ぎることだとアンナは思う。特に王子たちは、小さな妹姫を目の中に入れても痛くないほどに可愛がっていた。
「ティアラ、ほら、お菓子をあげよう。あーんしてごらん?これは前ティアラが欲しがっていたぬいぐるみとリボン。こっちは新作の絵本とドレス。どれもティアラにぴったりだと思って買ってきたんだよ」
―――カミール王子はとにかく物を与えすぎるし、
「ほぉーら、兄ちゃんが抱っこしてやろう。高いたかーい!はははっ!ティアラはちっちゃいな。軽すぎて飛んでいってしまいそうだ」
―――アデル王子はスキンシップが激しすぎる。
兄妹仲が良いのは良いことではあるが、その溺愛ぶりは留まることを知らず、年々激しくなっているようにさえ思える。
(私が立派な淑女に育てなければ!)
アンナは使命感に燃えていた。
「姫様、午後はダンスのレッスンが二時間ございますよ。身体を動かせば少しはご気分も晴れるのでは?」
いつもならこれでご機嫌は治るはず。ところが今回は違っていた。
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