第60話 崩壊



 人の集う食堂。立ち回るメイドたち。静かに始まる朝。

 しかし、これから始まる一日の平穏を打ち破るように、その日ゼフラーダの結界陣は崩壊した。


 ◇ ◇ ◇


 悲鳴のような警報音が屋敷中に響き渡る。

 慌てふためくメイドや侍従に何事かと叫ぶ辺境伯とイリスを他所に、その場にいる数人の魔術持ちが事の成り行きをいち早く察知し、凍りついた。


「殿下……?」


「ああ……」


 額に手を乗せ前髪を乱す。


「参った。この展開は予想していなかった」


 いや、予想より早かったと言うべきか。

 思わず皮肉げに自嘲し、口元が歪む。

 ゼフラーダの結界の崩壊理由を調査しなければならないが、辺境伯領の管理責任問題も問われる。更に一番重要なのが結界陣の再構築。


 このタイミングで仕掛けてくるとは正直大胆だと思うが……故意だろうか?


「直ぐに教会へ向かう」


 がたりと音を立て椅子を立つ。教会はあらゆる魔術を維持する重要拠点だ。


「アーサーわたくしも行くわ!」


「お待ちください殿下!」


 ライラとディアナの言葉にアーサーは振り返るも、その眼差しは険悪だ。


「ここは我が領地。殿下と言えど……」


「私は教会に向かいます。よろしいですねゼフラーダ辺境伯」


 言いかけるディアナにアーサーは目もくれず伯に有無を言わさぬ圧をかける。

 伯は急に話を振られびくりと肩を震わせた。


「あ、ああ……」


 アーサーの迫力に思わず首肯する伯にディアナは鋭い目を向ける。


「辺境伯の許可は得られましたので失礼します」


 目礼で挨拶し、アーサーはフェリクスに目配せしてセドを連れ立って食堂を後にした。

 恐らくセドは結果陣の保管場所とされる、教会の鍵の開け方を知っているのだろう。

 高位の聖職者しか把握出来ないそれを手にしている時点で怪し過ぎるが、何故かセドという存在に入手可能と納得してしまうのだから不思議なものだ。


 リヴィアは戸惑いに食堂を見渡したが、項垂れるように俯く伯を睨みつけるディアナが目に入り、直ぐに逸らした。


 ◇ ◇ ◇


 「殿下がいらっしゃる時にこんな事が起こるなんて」


 ポツリと漏らした辺境伯夫人の言葉には、自責の念ともアーサーを咎めるようとも取れる言い回しである。リヴィアは眉をピクリと動かした。が、憔悴しきった夫人の顔を見て目を伏せた。


 アーサーたちが出て行ってから、夫人の提案でそのまま食事は再開された。

 おそらく、当分まともに食べる余裕は無いと言う配慮だろう。お腹を空かせているリヴィアにはありがたい提案だったが、事態を飲み込めないイリスがうるさく喚いていた。夫人の一喝で大人しく口をつぐんだけれど。


 辺境伯はおろおろと視線を泳がせては、ばたばたと落ち着かなく、部屋を出たり入ったりと繰り返している。

 ここゼフラーダはこの夫人が取り仕切っているように見える。


 夫人の警護が厚いのも、役目を担うのが単純に彼女だからなのだろうか。早馬の件もあるし、何より伯のこの様子では、恐らく今何が起こっているのか検討もついていないのではなかろうか。


 隣室で私兵に問い詰めるような喚き声が聞こえる。少なくともあの警報音は常人にも聞こえるものだったのだから、察する事は出来たはずなのだが……

 それとも結界の崩壊など受け入れられない、というだけかもしれないが。


 そしてそんな伯に蔑みの視線を送るディアナにも、なんとなく居た堪れない。父の想い人であるディアナには幸せでいて貰った方が、リヴィアも憑き物の一つでも落とせた思いで皇都に帰れたのだが。


 そんな自分勝手な考えが頭を過ぎり、小さくため息を漏らした。


 × × ×


二章終了です。

三章は全体的に暗いです。

苦手な方はごめんなさい('ω')

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