第45話 憂鬱
結局その日は一日そうしていた。
何度か休憩を挟んだものの、アーサーはリヴィアの隣に並び手を握った。
リヴィアはその度に赤くなる。出来るだけ動揺を隠し振る舞いたいが、無理だった。アーサーと目が合う度、手の温かさを感じる度、恥ずかしい位に胸が高鳴るのだ。
そうこうしているうちに最初の宿に着いた。
最初の宿は皇都に近い事もあり、豪華なそれでリヴィアは驚いた。だが皇族一行だ。下手な宿は取れないだろう。しかし一日しか使わないのにこの豪華さはいるのだろうか。伯爵令嬢の筈なのに、庶民感覚が人一倍長けているリヴィアは勿体無い精神で豪華な宿に恐縮していた。
「わーすげー」
「本当に……これが皇族御用達!」
同じような感想が横から聞こえてきて、リヴィアはそちらに身体を向けた。
応接用の居室に寝室がある。それとは別に使用人用の部屋。一日しか使わないのに……
「なあなあリヴィアー。この装飾品持って帰ろうぜー。バレやしないって」
「ダメです!バレますから!罪に問われたらどうするつもりですか!あなたはともかく孤児院が迷惑こうむるのでやめてください!」
セド院長とシェリルである。
二人はリヴィアの従者と侍女として付き添いで来ている。アーサーからは必要な人材は自分が用意すると申し入れがあったが、リヴィアはそれを断った。
視察目的が魔術絡みであるならば、その点で自分と意思疎通できる人物が良かったので、ウィリスに頼んでシェリルを同行させた。
セドに関しては、リヴィアは自分が動かせる従者という者を持った事が無いので、アーサーに頼んでも良かったかもしれない。
けれど残念ながらリヴィアは人見知りで、知らない護衛との旅程には自信が無かった。
仕方が無いので、セドをお金で動かした。教会の人事を勝手に強要してしまうだろうかと悩んだが、ゼフラーダの主要施設は教会なのだそうだ。
リヴィアは驚いたが、セドが教会を上手く言い包めてくれたようで、見事にお金に釣られてくれて助かった。その辺の調整はレストルにも念を押したので抜かりはない事だろう。
ついでに二人共貴人の前ではきちんと猫も被れる。
「それにしても、リヴィアさんはいつの間に第二皇子殿下とお知り合いになったんですか?皇子と婚約して元婚約者にざまあしに行くなんて最高です!」
ざまあって何?
……いやそれより厳密に言うと婚約者では無い。振りだけだ。その辺の事情は内密にしておかなければならないので、二人には言えないでいる。
婚約破棄した相手のゼフラーダ卿に関しては、お互い面識も無いし、多少気まずい思いはするだろうが、何とかやり過ごせるだろう。そもそも向こうは相思相愛の相手がいるのだし、リヴィアにそれ程関心があるとは思えない。
もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
……まあそれにしても。
シェリルがほくほく喜ぶ程、アーサーの演技は完璧だった。リヴィアはまるで大事で愛しい婚約者のように扱われている。人目があっても無くても変わらないのだから感心するしか無い。
のぼせあがりそうな頭を一振りして何とか冷やし、リヴィアはぐっと目を閉じた。
誤解しない!
あの夜会の日に散々引っ掻き回されたじゃないか。
それに……アーサーは否定していたが、皇城でアーサーとライラの噂が消える事は無かった。
お互いがどんな感情で結ばれているのかは分からない。
けれど切っても切れない仲である事は変わらないのではなかろうか。
そこはリヴィアの踏み込めない領域で、リヴィアに出来る事は毅然と噂を否定する事だけ。自分たちこそが愛し合っているのだと嘘をついて。
ちんまりとソファに座り、一人落ち込んでしまう。何故だかは良くわからない。
物思いに耽っているとドアがノックされ、アーサーの来訪が告げられた。リヴィアが焦っているうちに、またしてもシェリルが嬉々としてドアを開けてしまう。
何故聞かないのか……
愕然とするリヴィアを他所に、セドと二人慎ましく部屋の端で待機している。小さくガッツポーズをとるのはやめてほしい。
二人には話せていないから、また仲の良い婚約者を演じなくてはならない。リヴィアは再び顔に笑みを貼り付けた。
「アーサー様、何かございましたか?」
「特に何も無いのだけど少し二人で話したくて」
そう言いながらアーサーは流れるようにリヴィアの手を掬い取った。当たり前のように唇を落とし、そのままソファに腰掛けるように促す。並んで座ると気恥ずかしくて、妙な緊張感がある。視界の端でセドとシェリルがによによしているのが居た堪れないが……
顔を俯けていると、耳がカサリと小さな音を拾った。
視線だけ上げるとアーサーの懐から書類のような物が垣間見え、リヴィアはアーサーを振り仰いだ。アーサーが小さく頷く。
「わたくしも是非ゆっくりお話したいですわ。馬車の中では気恥ずかしくて上手く喋れませんでしたもの」
そう言いにっこりと笑い、セドとシェリルを隣の間に下がらせた。
「ドアは開けておいていいわ」
苦し紛れではあるが、流石に貞操観念を疑われかねない状況だ。最低限の予防は張らねば。
二人が退出するのを見計らい、向かいのソファに座り直そうと立ち上がれば、強く腕を引かれた。
「リヴィア、小さな声で喋るならそこでは聞こえないでしょう?」
リヴィアは思わず息を飲む。
「ほら座って。大事な話があるのだから」
そう言って自分の隣をポンポンと叩いた。
「私たちは婚約者なのだから、これ位誰に見咎められる事は無いよ」
「……はい」
リヴィアは神妙な気持ちで頷いた。
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