25.モーニングコール
高校へ入学して以来、早寝早起きが習慣となっている。
親元から離れているため、朝から家事全般をひとりでやらなければならないというのがその理由だけど、それに拍車をかけているのが隣へ引っ越してきた、かのんと星月さんの存在だ。
料理スキルがゼロに等しいふたりに朝食と夕食を作ってあげて、一緒に食卓を囲むというのが日々のルーティンになってしまったので、その分、起床時間も早まっている。
そういったワケなので、いつものように五時半にセットしたアラームの電子音で叩き起こされるのだろうな、と思っていたんだけど……。
今日に限って、夢の世界から現実の世界へと引き戻したのは、女の子の柔らかい声だった。
「……くん。……れ…ん。……さだよ……」
ゆっくりと開いた瞳にぼんやりと人影が映る。
「蓮くん、朝だよ。朝だってば」
徐々にクリアになっていく意識の中、耳元へ響いてくるのは聞き覚えのある声だ。
「起きてよー。起きてくないと……ちゅーしちゃうよ?」
ミルクティー色をした柔らかなロングヘアが顔をくすぐり、俺は勢いよく身を起こした。
「あっ。起きちゃった。もうちょっとだったのになあ……」
「なっ……。なっ……?」
「おはよー、蓮くん。朝だよっ」
にぱーと無邪気に微笑むかのん。驚きのあまり、口をパクパクさせる俺。
「はっ? なんで!? かのんが!?」
「なんで……って。もう、蓮くんったらやだなあ。昨日のこと、もう忘れたの?」
そう言って、しなやかな動作で取り出された銀色の物体をかざしてみせる。
うん、それは俺の家の合鍵だね……って、違う違う違う違う。聞きたいのはそういうことじゃなくて!
「なんで俺を起こしにきたんだっ!?」
「え〜? 合鍵持ってるからに決まってるじゃない」
「答えになってない!」
「ねぼすけさんを起こしに行くのも、幼なじみの定番でしょ?」
「まだ朝の五時半だっ」
「あっ、それよりも蓮くん。ドアにチェーンが掛かってなかったよ? 用心しないと」
「話をはぐらかすなっ! ってか、なんだ? その理屈でいったら、チェーンが掛かってたら諦めてたのか?」
「ううん。一応、チェーンを切る道具は用意してもらったから、それはないよー」
エヘヘへへって笑ってるけど、それ犯罪だからな?
だんだん思想がヤバくなってきたなと思うと同時に、もうひとつヤバいことがあるなと俺は我に返った。
「とにかく。いますぐ家に帰れ」
「えぇ〜? なんで〜?」
「こんなところ、星月さんに見られでもしたら後が怖い」
「私ならここにおりますが」
淡々とした声に視線をやると、そこにはドアに佇む黒髪メイドの姿があった。
「いつの間に……」
「最初からですけれど?」
「……かのんが俺を起こしに行くって知ってたのか?」
「もちろんです。相談を受けましたので、それはよろしいのではないのでしょうか、と後押しさせていただきました」
知ってたんだったら止めろよ、おい。
「何を言うのですかっ! 推しのモーニングコールを、誰よりも間近に見られるのですよ!? このような僥倖(ぎょうこう)、逃す理由がどこにあるというのですっ!!」
星月さんは、はあはあと息を荒くしながらまくしたてると、こほんと一旦咳払いをしてから表情をあらためた。
「冗談です。お気になさらず」
「大マジにしか聞こえなかったけどな」
「実際のところは、モーニングコールはいいとして、なにか間違いがあってはならないと監視に参りました」
「間違いって?」
「『据え膳食わぬは男の恥』という言葉もございます。寝起きで朦朧としている中、かのん様を手篭めにされるような真似をされるのはちょっと……」
「しないよ!」
「私はされてもいいけどなあ……」
……話がややこしくなるので、ちょっと黙っていてくれませんかね、かのんさん。赤面されながら言われても、こっちが照れるだけというか。
そんな俺たちを交互に見やり、星月さんは冷ややかな視線を浴びせてみせた。
「親密になられるのは良いとして、あくまで健全なお付き合いをお願いしたいものですね!」
「わ、わかってるよ!」
「どうだか……。昨日もなにかしらあったみたいですしぃ?」
「……」
うーん。返す言葉がない。昨日の夕飯時、意識しすぎてギクシャクしてたのはまずかったか。
「とにかく」
もう一度咳払いをして、星月さんはかのんを見やった。
「モーニングコールは良いとして、それが終わったら、さっさとお家にお戻りくださいね」
「えぇ……? まだ蓮くんと一緒にいたいんだけどなぁ……」
「このことを
「スミマセン。いますぐ戻ります」
「というわけで、岡園殿。朝からお邪魔しました。また後ほど……」
「じゃあ、また後で! 私の家で待ってるね!」
星月さんに引きずられるように、両手を振りながら退室していくかのん。
ふたりを見送りながら、しばらく呆然としかできなかったけど、ふと、あることに気がついて頭を抱えてしまった。
「……もしかして。明日も来るのか?」
こんなことなら合鍵渡さなきゃよかったなと思いつつ、俺はため息混じりで身支度を始めた。
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