2.天ノ川かのん(後編)
噂を聞きつけた連中は他にもいたらしい。
A組の教室前の廊下には、大勢の野次馬が集まっていて、ドアの前を取り囲むように生徒たちが群がっている。
やれやれ。あの様子じゃ、美少女の顔を拝むのは難しいか。それに教室へ出入りするのも大変だろう。
A組の女子たちだろうか、ようやくといった具合に教室を抜け出し、野次馬と化した男子生徒の群れへ軽蔑の眼差しを向けている。
「ほんっと! チョー迷惑じゃね?」
「マジ男って、バカばっかりだし!」
「でも、気持ちはちょっとわかるっていうか。あんなキレイな子見たことないよね?」
「わかる! うち、ちょろっと話を聞いたんだけど、あの髪、地毛らしいよ?」
「聞いた聞いた! 日本人なんだって! それであの髪の色と青い目っしょ? 反則じゃね?」
「お人形さんみたいって、ああいう子をいうんだろうなあ。あれだけカワイイなら、人生勝ち組だよね〜」
嫉妬ではなく羨望に近い声が、否応なしに耳元へ届く。へえ? そんなにカワイイのか……って、アレ? 陽太はどこ行った?
「おいっ! お前ら押すなよっ! せっかくベストポジション確保したんだからなっ!」
キョロキョロと視線を動かした先では、野次馬の先頭をキープしている陽太の姿が。……アイツ、いつの間に。
「蓮っ! ……じゃなかった、オカン! お前も早くこいよ! マジで超カワイイぞ! って、こっち見たっ! こっち見たぞ、オカン!」
わざわざあだ名で呼び直し、陽太は俺を手招きしている。ご丁寧にありがとう。お前のお陰で自分のクラスだけじゃなく、学校中にあだ名が広まりそうだ。
というかな? そんなに大声を張り上げられたら見学しにくいだろうが! もうちょっと上手く誘ってくれないかなあ……。
「おい! お前ら なにしてるんだ! さっさと教室に戻れ!」
騒ぎを聞きつけたのか、向こう側からジャージ姿の体育教師が駆けつけてくるのが見えた。
と、同時に、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく野次馬たち。
陽太なんかは先頭のポジションへいたっていうのに、真っ先に廊下を走っているし。逃げ足早いなあ、アイツ。
「オカン! なにしてんだよ! さっさと逃げるぞ!」
仕方ない。ここは退散しておくかと、踵を返したその時だった。
突如として、ざわざわとした声が後方で湧き上がったのだ。
何か起きたのだろうかと振り返ってみた先には、ひとりの女生徒が胸元に両手をあわせて佇んでいる。
しかも、すんげえ美少女。あまりの美しさに、思わず息を呑んじゃうほどの。
一見して強く印象に残るのは、日本人にしては珍しい、ミルクティーを思わせる淡いベージュ色をした柔らかな質感のロングヘアと、どこまでも透明な海を彷彿とさせる青い瞳だ。
上品な目鼻立ちに、新雪のような白い肌。身長は俺より少し小柄で、一六〇センチぐらいかな? ブレザーをまとった制服姿はティーン向けファッション誌の表紙ばりに決まっている。
いつまでも眺めていたくなる可憐さに見惚れていると、美少女の口元から愛らしい声が発せられた。
「『オカン』……って。もしかして貴方、
躊躇いがちに、だがしかし確実に、美少女は俺のあだ名と本名を呟いている。……は? この子、なんで俺の名前知ってるの?
「そ、そうだけど……?」
戸惑いながら頷いて応じた矢先、美少女はその青い瞳を潤ませ、胸元であわせていた両手を開き、大事そうに握りしめていたぬいぐるみを披露した。
それはフェルト生地で作られた黒ネコを模したぬいぐるみで、不格好な縫い目がはっきりとわかる、あまりにも拙いものだけど。
その昔、同じようなものを作った記憶があるなあと、おぼろげながらも思い出させる代物で……。
……あれ? あの黒ネコのぬいぐるみって、どうしたっけ? 誰かにあげたような気が……?
「それ……! それ、私っ! 私なのっ! 蓮くん……!」
「あっ! やっぱりそうなんだっ!? すごい偶ぜ」
言い終えるよりも先に、美少女は駆け出したかと思いきや、真正面から俺に抱きついて……って、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
なんで俺に抱きついてるのっ!? なんでっ!?
こちらの困惑をよそに、美少女は背中へ回した手を緩めようともしないで、俺の胸元へ可憐な顔を押し付けている。
「蓮くんっ! 蓮くんっ……! 会いたかった……! ずっと……!」
……これが『
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