第2話 触手とは仲良くなれそうにない


◇◇◇

 

 ――――気持ちが通じ合えば魔物とも仲間になれる。

 そう思ってた時期が私にもありました。


 リリアはロルフ達と分かれた後、独りで探索を続けていた。いつもは森の入り口近くで弱い魔物相手にテイムを試すのだが、今日は新しい魔物との出会いを求めて、森の中程まで足を踏み入れてしまった。


 森の奥深くにいくほど魔物のレベルは高くなる。知能が高い魔物の中には人語を解するものもおり、低レベルの魔物よりはコミュニケーションをとりやすいというメリットもある。


 ―――ただしテイマーのレベルが高かった場合。


 茂みの向こうに小さな魔物の姿が見えたので慌てて追いかけると、可愛らしいリスのような魔物の背中がバックリと割れ、ウニョウニョと蠢く触手にあっという間に逆さ吊りにされてしまった。


 あれからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。真上にあったはずの日はすでに傾きかけている。さっきからトイレに行きたくて仕方がない。


「ふっ、言葉が通じない相手にはどうしようもないじゃない」


 人間の尊厳を失いそうだ。それどころかさっきからまとわりついているこの粘液。このまま粘液に溶かされて死んだらどうしよう。そしたら私は粘液まみれで死んだ冒険者としてみんなの記憶に残るんだろうか。そんなの……間抜けすぎて泣ける。


 リリアが遠い目をしていたそのとき、


「で、いつまでそうしてんの?そういう趣味なの?」


 ロルフが木の上からシュタッと飛び降りてきた。


「ロルフ!?ロルフ!う、うう、よかった、助かった~……」


「なかなか面白いことになってるな」


 ロルフはそう言うと、触手の届かないギリギリの場所でしゃがみこみ、リリアの姿を面白そうに観察している。


「面白くないし!めっちゃ困ってるし!なんなら頭に血が上って死にそうだし!粘液で溶かされて死ぬかもしれないし!」


リリアは自分の窮地を必死にアピールするが、


「そいつの粘液美肌効果あるらしいぜ?高級化粧品の原料として採取依頼とか出てるし」


「えっ?マジで?じゃあちょっと持って帰ろうかな……」


「まぁ、そこから無事に逃げられたらの話だがな。じゃ、俺、仕事あるから」


 そう言うと立ち上がり、くるっと踵を返して歩き出そうとする。


「ま、まさか、このまま放置していくつもりじゃないよね?」


「さぁー、どうしようかなぁー?俺はぼっちだし?友達いないし?友達でもないやつ助ける義理もねーよな?」 


「ちっさ!器ちっさ!いや、冒険者同士助け合うものでしょ?」


「俺は器が小さいらしいからな。器の大きな冒険者が通りかかるまで頑張れよ。じゃあな」


 そういうなりロルフは、スタスタと歩き出してしまう。これまでただのひとりも通りかからなかったのだ。次はいつ人に会えるか分からない。それだけではない。この機会を逃すと確実に人間の尊厳を失ってしまう。リリアの顔からサァーっと血の気が引いた。


「えっ!ロルフ?嘘でしょ?嘘よね?嘘っていって!た、たすけて!お願いします!ロルフ!いや、ロルフ様!もう限界なの!やばいの!なんでもするから!」


「なんでも……?」ピタッと止まると、ロルフは悪そうな顔でニヤリと笑う。


「う、うう、で、できる範囲で、た、たぶん……」


「多分?」


「い、いや、嘘です!なんでもします!冒険者の名にかけて!」


「ふぅーん?その言葉、忘れんなよ?」


 言うが早いか、ロルフは、手にした剣であっという間に絡みついた触手を切り落とし、素早くリリアを横抱きにした。


「えっ!いや、ちょっと、下ろして!」


「うるさい。ちょっと黙ってろ」


 ロルフはリリアを抱えたまま器用に木の間をくぐり抜けると、あっという間に森の入り口近くまで戻ってきた。地面にそっとおろすと粘液塗れのリリアの顔をそっと手で拭う。そのまま前髪をかきあげられ、おでこをコツンと合わせるとするりと頬を撫でられた。


(え、ええ?いや、なにこれ、ちょ、ちょっと……ち、近い!)


 突然のロルフの行動にリリアは分かりやすく固まった。なぜかロルフから、かつて感じたことのないような色気を感じる。


「リリア……」


 一瞬思い詰めたような目で見つめられ、リリアは小さく息をのんだ。そう言えばさっき何でもすると言ってしまった。え、大丈夫、これ?キスとかされたりしない?まさか?ロルフに?


 リリアが思わずギュッと目をつぶると、ふわっと上着をかけられる。


「帰るまでこれ着とけ」


 リリアの体はドロドロの粘液によって所々透けていた。リリアは自分の格好を思い出し、羞恥で真っ赤に染まる。


「あわわわわわ……うう、は、恥ずかしい~~~」


「ま、無事でよかった。今日はもう帰れよ」


 そう言ってロルフはあっさりリリアから離れ、くるりと背を向けて行ってしまう。リリアは、一瞬ポカンとしたが、慌ててお礼の言葉を口にした。


「あ、ありがとう、ロルフ!」


「ん。じゃあな」


 ひらひらと手を振るとあっという間に見えなくなる。


(なぁーんだ、さっきのは冗談か。でもほんと、たまたまロルフが通りがかってくれて良かった!ロルフ、意外といいとこあるじゃん……。これ、汚しちゃったな。今度、ちゃんと洗って返そう)


 リリアはほっと溜め息をつくと、限界を感じて慌てて家路を急ぐのだった。

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