第27話

 しかし、いくら経っても銃声は起きず、私は死なない。

「私を無視……」

 この期に及んで命令を聞かないボディーガード達にいらつき、譲二は周りを見回す。

 そして、絶句する。

 ボディーガード達は全員、その場で蹲り、一部の者は白目を剥いて失神しているものもいた。

「な、何が起きた!」

 譲二は激しく呼吸をしながら私を睨む。

 しかし、私を睨んだところで何も理解できない。なぜなら、私は何もしていないから。

「動揺……し過ぎね」

 私は辛うじて残る意識でドレスの下にしこませておいたスタンガンを取り出し、譲二に首元に当てる。

 すると、譲二は悲鳴を上げながら、体を小刻みに震えながら、バタンと倒れる。

 ようやく譲二の手から解放され、急いでスタンガン同様にドレスに仕込んでいた酸素管を取り出す。

 そして、足りなくなった酸素を肺一杯に取り込む。

「もしや……空調を!」

「えぇ、コントロールルームで少し弄らせて頂きました」

 私がここに来る前、コントロールルームで火災が起きた場合に使用されるシャッターを下ろし、換気扇も止めておいた。

 そうすることで会場内の空気の循環を止め、酸素を薄くする。そして、譲二達が気づかぬ内に呼吸困難になり、その隙に譲二を殺すというのが作戦だ。

 正直、分の悪い賭けで失敗する確率が高い。そもそも私も呼吸困難に陥り共倒れや、そもそも譲二達がダウンする前に私が殺される場合があるなど問題が山積みでした。

 万が一の場合に備えてのサブプランがありましたが、多数の無関係な人間を巻き込む可能性が高く、それは飽くまで最終手段として切りたくないカード。

 しかし、賭けは私が勝利した。私の心はまるで今から遊園地に向かうような非常に弾むような楽しい気分で満たされていた。

 私は倒れる譲二へとゆっくりと視線を向ける。

 そして、呼吸ができず、苦しそうに呻く譲二の頭を踏み付ける。

「気味がいいですね。どうですか、地べたを這い蹲って、女に踏まれる屈辱の味は?」

 私の声色はここ数年で一番明るい。笑顔が全く崩れない

今まで空っぽだった心が一瞬で満たされる。

 そして、靴を譲二の口に無理矢理突っ込ませ、苦悶の表情を浮かべる様を見て、私は高笑いをする。

「ぐぅ!」

 呻くことしかできない譲二は赤子同然だ。

 私は譲二の顔を蹴り飛ばす。額から血がツーっと流れる。

 そして、落ちていた拳銃を拾い、安全装置を解除し、銃口を譲二の額に当てる。

「この瞬間……どれほど待ちわびていたと思う?」

「……六年だね」

 抵抗しようにも体を動かすことのできない譲二は行きつく末を悟ったような顔を浮かべる。

「六年間、私はあなた達を憎み続けてきた。それも今日で終わりです」

 そして、私は引き金に指をかける。引き金を引けば復讐は終わる。

 ここまで散々を苦しい思いをしてきた。家族を失い、頼った方を死の追いやり、時には死を受け入れたこともあった。

 しかし、皮肉にもここまで生きられたいのは、復讐を遂げられたのは杏奈があの時に助けてくれたから。

 苦しいだけじゃなかった。杏奈と出会えて、恋をして、それはもう何よりも幸せでした。

 ですが、私は最終的には杏奈を裏切る。さらに父親を殺し、悲しませることになる。

 これだけが復讐を遂げるにあたり、一番苦しいこと。

 でも、こればかりは止めるわけにはいかない。

 譲二を殺さなければ、私の人生は始まらない。そして、私の心に常に後悔を残すことになる。

「僕が死ねば。このホテルは……グループは終わりだ。良かったね。君の復讐にはお釣りがでるよ」

「そう……ね。そこに興味はない」

「最後に二ついいかい?」

 譲二の最後の願いを私は聞き入れる。

「僕は生まれ育ったこの町が好きだ。だからこの町のリゾートホテルを作りたくてね。夢だったんだ」

 夢が何だ。夢の障害となった家族を殺していい理由にはならない。

「そして、もう一つ。杏奈なんだね」

「えぇ。安心してください。杏奈さんは生きています」

「だろうね。ボディーガードを殺さないところを見ると、関係のない人間は殺さないつもりなのは理解できるよ」

 杏奈はホテル裏にある、廃墟となったロープウェイ降車口に避難させておいた。

 今頃、パーティー参加者か警察にでも保護されていることでしょう。

 すると、「ならいいや」と譲二は安心し、ゆっくりと目を閉じる。

「さぁ、引き金を引け。君の復讐を持って僕の夢と命を奪え」

「……さようなら」

 私は別れを言って、引き金を三度引く。

 薬莢が三発、空中に飛び、硝煙の臭いが鼻孔を通る。

 譲二の額から噴水のように血が噴き出し、周囲の床と譲二自身。そして、私自身を赤く染める。

 その瞬間、私の復讐は終わった。心には何もなかった。虚無感ではない。まるで澄み渡る青空のような解放感。

 自然と笑みが零れる。

 三発目の薬莢が地面に落ちた時、会場の扉が開き、多数の警察官が突入してきた。

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