第26話

「さて、パーティーもそろそろお開きと言いましょうか。最後に会長。一つお言葉を」

 ステージ上ではしゃんとしたスーツ姿にちょび髭を生やした司会が声高々に進行していた。

 司会に指名を受けた会長――牧野譲二はゆっくりと立ち上がり、堂々とした足取りで壇上へと向かっている。

 私はその様子をコントロールルームから見下ろしていた。

 ここでは照明や音響、映像など空調など、会場のありとあらゆるものを管理する部屋。

 当然、ここの部屋には操作する為の専属の係がいるが、その人は私の後ろで全身をロープで巻き付けられ、口にはガムテープで張られた状態で放置されている。

「さてと」

 譲二が壇上に上がる瞬間、私は会場全ての照明を落とす。

 突然の暗転に参列者達が驚きと困惑でざわめき始める。

 私はポケットからUSBメモリを取り出し、傍らに置いてあったパソコンに差す。メモリの中から映像を選択し、これをプロジェクターに映すように操作する。

 間もなくして、プロジェクターが起動。暗転した会場を僅かに明るくし、参列者達が街灯に群がる虫のように一斉に注目する。

『そうだ! 君の家族を殺したのは私達だ! 会長の差し金だった!』

「この声は……グラハムさんじゃないか!」

「そういえば今日はグラハムさんを見かけないね」

「殺しってどういうことだ?」

 数年前に行方をくらましたグラハムの声が流れ、殺しという物騒な単語を聞いて、会場が一斉にどよめく。そんな人々を他所に見ながら、私はある操作をして、コントロールルームを後にする。

『牧野会長は内浦にリゾートホテルを建てる為に家族を殺した。私、リカルドはその首謀者の一人です』

「リカルド!」

「こ、殺しただって!」

「どういうことだ!」

「誰か説明してくれよ!」

 パーティー会場の端で私は混乱する状況を静観する。

 海に沈める前にリカルドに吐かせた言葉を聞いた参列者達の心に不安と疑惑を生まれる。

 嘘か真かわからないと参列者はどういうことかと一斉に譲二に視線を向ける。

「なるほど。おもしろいことになりました」

 譲二は慌てることも動揺することもなく、ただ平然とこの状況を分析している。

 そんな譲二を不審に思いながら、私は誰にも気づかれないように観葉植物にライターで火をつける。

「焦げ臭い……おい! 火が出てるぞ! 誰か消せ!」

「私が消しておきますから。あなた達は逃げてください」

 火を見て、激しく混乱する中で譲二は淡々としたまま、避難を促す。

「ですが!」

「わからないのかい? 誰かが意図してこのパーティーを……いや、私達を潰そうとしている」

 そして、混乱した参列者達を見回す。まるで中から犯人を見つけ出そうとしているかのように。

 おそして、参列者達は我先にとパーティー会場から逃げ出す。

 残念なことにその先に逃げ場はないですが。

 私は人の波に逆らい、壇上へと向かう。そして、舞台袖に隠れる。

「会長を逃げないのですか」

「あぁ、犯人はきついお灸を据えてやらないとな」

 秘書らしき老人に避難を促される譲二は逃げる様子はない。

「君は早く逃げろ」

「は、はい」

 逆に秘書を逃がすと、譲二は壇上に向かって、

「ここには僕達しかいない。出てくるといい。犯人」

 と呼び掛けてくる。

 私は誘いに乗り、舞台袖から登場する。

「初めまして、牧野譲二」

「君は……」

 私は仮面を外す。

「天海由紀子。あなた方の殺した天海の娘です」

 本当の名前を告げる。

 譲二はグラハム達とは違い、私の正体を知っても、一切リアクションを取らず、余裕の表情を浮かべている。

「彼らは君を殺しそこねたということか」

「否定しないのですね」

「否定してどうする? 君は私を殺すことに変わりはないのだろう?」

 そう言うと、譲二はジャケットのポケットから煙草を取り出し、口に咥える。そして、ライターを取り出し、先端に火を付け、一服する。

「実はホテルに爆弾を仕掛けてあるわ。一発でドカンよ」

 しかし、譲二は顔色一つ変えないどころか、鼻で笑う。

「……見え透いた嘘はやめなさい」

 残念なことに嘘だ。本当は爆弾の「ば」の字もない。

 でも、無意味な話ではない。

「嘘をついているように見えますか?」

 譲二は目利きをするかのように私を凝視する。

 そして、煙を吐きながら、「なるほど」と何か納得したように頷く。

「よしなさい。君はまだ若い。そんな綺麗な手をここで汚してはこれからの人生を棒に振ることになる」

「どの口が……言うのよ!」

 歯軋りが起きるほど歯を食い縛り、拳を固く握り締める。

 元凶であるはずが、まるで他人事のように語る譲二に私は燃え上がる炎のような激しい憤りを感じる。

「あなたが! 私の家族を! 人生を奪っておきながらあたかも自分が正しい大人であるかのような口ぶり! 殺したいくらい憎いわ!」

「君は勘違いしている。それが正しい大人なんだ」

 もう一度、口から煙を吐き、携帯灰皿に吸殻を仕舞う。そして、重い腰を上げた瞬間、舞台袖から黒いスーツ姿のボディーガード達が素早く現れ、私を取り囲む。

 そして、ボディーガード達は懐から黒く光る拳銃を取り出し、銃口を私に向ける。

 私は手を挙げることなく、ただ譲二を睨み付ける。

「大人になれない君に言っても意味はないけど、来世の為に助言しておく。大人に必要なのは力と狡猾さだ」

 譲二は不敵な笑みを浮かべながら、抵抗することのできない私に近づいてくる。

 壇上に上がり、私の目の前まで来ると、ボディーガード達と同様に拳銃を取り出し、私の眉間に銃口を当てる。

 鉄特有の不気味な冷たさが死を痛感させる。

「どうして、家族を殺したの……」

「仕方がなかったのだ。君の父は強情だったのが命の尽き。私達は破格とも言える条件を出した。でも、君の父はそれ以上の物を求めた。だから、殺した」

「それだけのことで!」

「私達にとってはとても重要なことだ。それこそ人命と同等の重さだ」

 銃口を額に何度も当てる。無機質な鉄の音が耳だけでなく骨を伝わる。

「さて、世間話は終わりにしよう。君はここで殺す。美しい君は売女の素質があるけど、生かすことはそれだけ復讐の機会を与えることになるからね」

 譲二は引き金に指をかける。

 絶体絶命の危機。私は周りを見回す。

「そういえば、先程から杏奈が見受けられませんね」

 娘の事を口にすると、譲二の動きがピタリと止まる。

「お前……かなりの外道だな」

 譲二は初めて顔を歪ませる。

 どんな外道でも所詮は一人の親。自分の命以上に子供が大事だということはジュリアの件で知っている。

「杏奈をどこにやった! 答えろ!」

 頬に鋭い痛みが走る。私はまるで仁王のような恐ろしい表情を浮かべた、譲二に殴られたのだ。

 殴られた衝撃で私は強く地面に叩きつけられる。追い打ちをかけるように譲二は倒れた私の胸倉を掴み、持ち上げ、激しく揺さぶる。

「なら、命を絶ってくれない? そうしたら、杏奈の無事は保証するわ」

「……君は人質を取って、有利な状況にいると思っているそうだけど、周りを見るといい」

「……えぇ。その上で私はあなたの死を求めているのよ」

「そう……か! なら、お前ら! 撃ち殺せ!」

 額に汗を流しながら、激情した譲二は周囲のボディーガード達の発砲を許可した。

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