第23話

 時計の短針が三を指す夜。

 人気の一切ない海沿いコンテナ置き場にポツリと赤い火が浮かんでいる。

 その火は煙草の火だ。

 煙草の持ち主であるリカルドはコンテナの前に停めている黒いセダンに寄りかかり、私を待っていた。

「お待たせ」

「……来たか」

 リカルドはゆっくりと私に顔を向け、煙を吐く。

「復讐……できたようだな」

「はい。おかげ様で」

 ニッコリと笑う私をリカルドはまるで化け物を見るかのような冷たい瞳で睨みつけてくる。

「……まるで遊園地で楽しんできた後みたいだな」

 リカルドは深く溜息を吐く。

 東京に向かうまでの車中で、リカルドは今まで殺しについて語らせた。

 リカルドは今までそれなりに人を殺してきた。牧野グループの為、己の保身の為に。

 全て、自分が生きるために殺してきたが殺しを楽しいとも快楽と感じたことは一切なかった。闇雲に殺人は逆に己の首を絞めることになるだけと吐き捨てるように語っていた。

 あくまで処理、仕事と割り切っているらしい。

 しかし、割り切っていても流石に罪悪感があるらしい。

 殺しをする度にグラハムは度に教会で祈り、ジュリアは酒に溺れてたとのこと。

 だから、何だと私は反論した。

 最初から罪の意識があるならするべきではない。残された遺族のことを考えろと。

 その時、リカルドは「許して欲しいわけではない」と小さく呟いた。

「……なぁ、僕のことは見逃してくれるんだろう?」

 金で出きたライターと煙草をズボンのポケットから取り出し、一服しながら、私に問いかける。

「そのつもりだけど」

「なら、どうして人気のない場所に呼んだ? 怪しまれる他ないだろう?」

 リカルドは悟ったような冷たい声。

 やっぱり、気づくよねと私は懐から黒光りするハンドガンの銃口をリカルドに向ける。

「どうりで銃が一つ足りないわけか。どうせ、元からここで始末するつもりなんだろう?」

「……なら、どうするの?」

 リカルドは銃口を向けられても一切動じない。

 ホテルで少し首を絞めただけでも情けなく命乞いをした男と同一人物とは見えなかった。

「これがある」

 すると、リカルドはポケットから黄土色に輝く銃弾を私に見せつける。

「やっぱり……」

「君では調べられないような場所に一発だけ、隠していた」

 ニヤニヤと笑いながら、リカルドは足元に置いてあったゴルフケースからリボルバー式の拳銃を取り出し、弾を込める。

「さぁ、これで君を撃ち殺すのが普通の逆襲だろう。でも、僕は違う」

 たった、一発で私を仕留める。それもほんの数メートル離れれば相手を視認できなくなる暗さの中で。

 余程の神業と強靭なメンタルの持ち主でないと引き金を引くことすらままならない。

 しかし、リカルドにはそれをできるとわかる凄みがあった。

「撃つのね」

「そうさ。僕は撃つ覚悟をしてきた。でも……それは君ではない」

 張り詰めた空気が流れる中、リカルドが取った行動。

 それは銃口を自らの口に咥えることだった。

「え?」

 突拍子もない行動に私は唖然とした。

 ホテルの時は組織を売ってでも自分の命を守ろうとしたのに、それを今になって投げ捨てるようなことをするなんて、矛盾している。

「僕だって一人の男た。覚悟を決めれば……何だってだってできる」

 脳裏に最悪なシチュエーションが思い浮かぶ。

「君は君自身の手で復讐を遂げたいようだね。これは最後の抵抗だ。僕は負けた。素直に認めるよ。だから、君には殺されたくない。君の復讐は果たさせるわけにはいかない」

「やめて!」

「死ぬまで苦しめ」

 私の静止など聞く耳を持たず、リカルドは微笑みながら引き金を引く。

 甲高い発泡音と共に背後のコンテナに赤い血が飛び散る。

 リカルドは白目をむきながら、グッタリと車に寄りかかるように倒れ、ピクリと動かなくなる。

「ふ、ふざけないでよぉぉ!!」

 最悪な結末に私は慟哭する。引き金を引くことができなかった銃を地面に強く叩きつけ、膝をつく。

 胸の中で渦巻く、後味の悪い苦味が非常に不愉快で吐きそうになる。

 私はこの手で復讐を遂げたかった。この手で仇を苦しめ、殺したかった。それが復讐の道理だ。

 私の心の中でずっと渦巻く呪いはこの手で血で染めなくては決して解けない。

 それなのに……だからこそ、リカルドは自ら命を断った。私の思い通りにならないように。

 最後まで自分勝手で我儘な男。

 憎い。リカルドが。それだけではない。リカルドという男を過小評価していた私自身が一番憎い。

「……畜生」

 まるで生まれたたての子鹿のように震える脚で立ち上がるとリカルドの死体を車の中に運ぶ。

 死体のポケットから車のキーを探し出し、見つけるとエンジンをかける。

 サイドブレーキを外し、ハンドルを切って、車を海の方角へと向ける。

 車から私は降りる。

 クリープ現象で勝手に動く車はゆっくりと海へと向かっていき、やがて大きな水飛沫を上げて、海の中へと沈んでいく。

 私はその様子を呆然と眺めていた。

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