第21話

 お店は黒を基調にした内装になっていて、落ち着いた雰囲気を演出していた。

 席は個室になっていて防音性も高いらしくて、リカルド曰く、政治家や芸能人が接待やお忍びで来る場所とのこと。

 個室はカラオケボックスより、少し大きい程度の広さ。

 座り心地の良い椅子が二つ対面に並び、その間に黒い丸テーブルが置かれている。

 テーブルの上には青いカクテルの入ったグラスとオレンジジュース。そして、サラダが置かれていた。

 対面に座るジュリアはカクテルをすっと手に取り、一口飲む。

「私に復讐しにきたの……?」

 ジュリアは妙に落ち着いた目で私を凝視する。

「さぁ、どうでしょうか」

 はっきりとせず、敢えて、はぐらかすことで相手の一手を伺う。

 ジュリアは「嫌な女」と言わんばかりに眉を顰め、怪訝な表情を浮かべる。

 そして、グラスを置き、溜息を吐いてから

「いいわ。私を殺しなさい」

 と言う。

「どういう心境の変化で?」

 驚愕する。まさか、自ら死を求めるなんて思いもよらなかった。

 私は黙ってジュリアさんの真意を問いただす。

「言い訳にしか聞こえないと思うけれど、私は孤児だった。だから、家族の良さなんて全くわからなかったし、失うことの怖さなんて知らなかった。家族を手に入れて気付いたの。そして、私はなんてことをしたんだろうって」

 ジュリアは俯きながら、自身の過去と己の犯した過ちを語る。

 本当なら悲しい境遇に同情の一つくらいはするべきだろう。

 だが、その同情と殺人が結びつく道理は一切ない。

 そもそも、ジュリアから何一つ、反省や後悔などと言った感情が感じられなかった。

 ただそれらしい言葉や側を演じて、同情を誘って、罪を軽くしようとしているようにしか見なかった。

 孤児だから、温もりがわからないからと他人の家族を殺してもいいなんて倫理はない。

「だから、あなたに憎まれても、殺されても仕方がないと思っているわ」

「馬鹿にしているのですか!」

 薄っぺらい言葉が逆鱗を逆撫でた。

 私はなりふり構わず、テーブルを叩き、ジュリアを睨み付ける。

「悲しい過去があったから殺しをしていいわけがない! それに罪の意識があるのなら、どうして自首しなかったのよ! 結局あなたは我が身可愛さにそれらしい言葉を並べて、許されようとしている卑怯者! ふざけるな!」

 私らしくない、乱暴な口調でジュリアに詰め寄る。

「卑怯……者?」

「えぇ! 人の感情を弄んで、裏切る卑怯者よ!」

「……だから何よ?」

 ジュリアの化けの皮が剥がれる。

 今までのクールビューティな顔立ち。女性らしい高く、品のある声色から一変、まるで狼のような鋭く、恐ろしい表情と、ドスの効いた低い声となる。

「仕方ないじゃない。叔父様がやれと言われたから殺したまでだし。それに追加報酬をくれるって言ったから、やらないわけがないでしょ?」

 ジュリアは殺人に対し、罪悪感など一切抱いていない。それどころか開き直り、金儲けの仕事と思っていた。

 本性を現した後のジュリアはまるで白雪姫に毒林檎を食べさせる魔女のようだ。

「あの時、男遊びで散財しちゃって、いいタイミングだったわね」

「あなたは!」

 ジュリアの鋭い言葉の刃によって私の理性が切れた。怒りに狂った私は獲物を狩る肉食獣のようにジュリアへと飛び掛かる。そして、彼女の胸倉を掴む。

「己の欲の為に人を殺すなんて!」

[あなただって己の欲の為に復讐するのでしょう?]

 心臓を矢で射抜かれたような痛みと衝撃を受ける。

「図星のようね、でも、欲を持つのは仕方がないわ」

「だから、殺しをしていいって!?」

「そうよ! だから、私を殺せばいいのよ!」

 ジュリアを地面に落ちていたフォークを拾う。反撃されるかと身構えましたが、ジュリアは正反対の行動を取った。

 いきなり、私の手を掴み、フォークを握り締めさせる。そして、フォークの先をジュリア自身の首元に当てさせる。

「ほぉら。後少しだけ力を入れれば殺せるわよ。そして、何度も上げ下げして滅多刺しにすればいいわ! ほら、やってみなさい!」

 フォークを握る力が強くなり、腕が小刻みに震える。

 このまま、フォークを突き刺したい。ジュリアの言う通り、滅多刺しにして無残に殺してやりたい。

 怒りで理性を失いそうになる。

「それは……」

「できないわよね! 私を殺すことは私と同類になること! あなたが人の心を持っているなら私の家族に同じ苦しみを与えるのかしら?」

「……!」

 私の引きつった顔と震える腕を見て、ジュリアは勝ち誇ったように高笑いをする。

 この流れでジュリアを殺せば私は彼女と外道。同じ人の心を失った化け物になる。正直な事を言えば既に復讐を行い、グラハムを殺した時点で既に外道。ここから先、無関係な人間を巻き込まずにしたところで、所詮は団栗の背比べ。

 正直、ジュリアを殺そうが私は外道であることに変わりはない。

 しかし、グラハムが行方不明になった時の鞠莉さんの落ち込む姿が脳裏に過ってしまい、手が震える。

 だから、私はジュリアを殺さない。残された家族のことを考えて、敢えて猶予を与えるべきなのだ。私はゆっくりとジュリアから離れる。

 生かされたジュリアは乱れた服を整えると、私に悪魔のような笑みを浮かべる。

「残念ね。私を殺せなくて。ねぇ、今どんな気持ち?」

「そうですね。今、あなたを殺せば、悲しむ人がいます。あなたの家族には一切の罪はありません。それにこんな可愛らしい息子さんにあの苦しみを味わせたくはないですね」

「な、何を言っているの? 私の息子を……知っているの?」

 首を傾げるジュリアの前に三枚の写真を置く。

 三枚の写真に写るのは幼稚園で遊ぶ、ジュリアの一人息子――メッシが写っていた。

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