第17話

 薄暗い、柔らかい絨毯がひかれた狭い廊下。

 左右にはドア、が等間隔で並べられている。

 まさか、こんな汚らわしい場所に足を踏み入れるなんて思いもしなかった。

「女子高校生がラブホテルなんて……。私も随分、落ちたね」

 私は駅近くのラブホテルにいる。

 ここで私は二人目の仇に会う約束をしている。

 一度、スマートフォンを取り出し、仇から送られてきたメッセージを確認する。

 部屋番号は45。私は右に顔を向けると、そこにはちょうど扉があり、45と書かれた金メッキのプレートが貼ってある。

 一度、深呼吸をする。

 この中に両親を殺した男がいる。

 不安しかない。この前のグラハムとは違い、私が誘うのではなく、誘われる立場。つまり、相手の有利な状況にわざわざ足を踏み入れることになる。

 密室で二人きり。万が一のことがあればフロントに連絡も可能だろうが、上手くいく保証はない。

 失敗すれば、この体を一方的に汚され、女性としての尊厳を踏み荒らされた挙げ句、最悪の場合は殺されるだろう。

 ただ恐ろしく、分の悪い賭け。でも、うまく事が運べば、それなりの見返りはあると考えている。

 それに怖いからこそ殺す。家族を殺しつつ、今では若い女を食い散らかす下衆はこの世に存在してはいけない。

 私はドアの横に備え付けられたボタンを押す。

 すると、たった数秒でドアが開かれる。

「君がユメノちゃんね。待っていたよ!」

 扉の前にバスローブ姿で立つ、中年は私をまじまじと見つめる。

 瞳には下心が浮かんでいるように見えて、生理的に気持ち悪さがある。

「あれ、顔が違うけど……もしかして写真は……」

「すみません。まだこういうのが怖いので」

 私は引きつった笑みで対応する。

 目の前にいる中年――リカルドは家族を手にかけた犯人の一人。リカルドは相当な女好きで、毎晩ホテルに女性を呼んでは性行為をしていると杏奈から聞き出した。

 グラハムの思い出話の最中に「それに比べて」と引き合いに出されたリカルドのことを鞠莉さんは相当嫌っているようで、リカルドのことを話している時の表情はまるでゴキブリを見るようだった。

 誰にでも優しい杏奈が明確に不快感を表わす男など、本当会いたくはないのだけど復讐の為なら仕方ない。

 話を聞いてから私は出会い系サイトを利用して、リカルドを探した。本名で登録し、大して美形でもないのだけど顔に自信があるのかアイコンを自分の顔にしていた為、すぐに見つけることができた。

 私は罪悪感を抱きながら、適当なサイトで可愛らしい女性の顔を送り、接触を図ったところ、二つ返事で了承。今に至るというわけだ。

「なるほどね。まぁ、写真よりも可愛いからいいや。取り合えず、入ってよ」

 そして、リカルドはホテルの部屋に私を招く。重い足取りで部屋の中へと入る。

 ピンクの照明に包まれたホテルの一室は如何にもいかがわしい空間を演出しています。

 全面ガラス張りの浴室にキングサイズのベッド。

 備え付けのテレビでは制服を着た女子高校生、もしくは扮した女性が数人の男性に性的に襲われているアダルトビデオが大音量で流れている。

「君、こういうのは初めて?」

 リカルドは下心丸出しの下種な笑みを浮かべ、話しかけてきた。

 私は黙って首を縦に振る。

 すると、「そうかい!」とリカルドは声を弾ませる。そして、私の傍に寄って、肩を持つ。

「大丈夫。僕が優しくリードしてあげるから……」

 耳元で獣のような息遣いを聞かされ、吐き気を催す不快感を味わう。

「そうですか……」

 鳥肌が立つほどの生理的嫌悪感に居ても立っても居られず、私は青年をベッドに突き飛ばす。突き飛ばされた瞬間こそ、リカルドは鯉のような表情を浮かべて驚きましたが、すぐに「そういう趣味なのか」と理解したようです。

 ただただ、気持ちが悪い。

 そして、胸に飛び込んで来いと言わんばかりに大の字になって、ベッドに寝転ぶ。

 こんな男の思い通りに動くのは気が引けます。しかし、私としては至極、都合のいい状況であるのは確かです。

 私はリカルドに馬乗りになる。

「そういえば、本当の名前を名乗っていませんでしたね」

「名前? ユメノでいいだろう」

 私の提案にリカルドは吐き捨てるように拒否する。

「寂しくないですか? 体を交える相手が誰かもわからない。故に偽りでも愛し合うことができない」

「君はロマンチストだね。明治時代ならきっと教科書に載るほどの詩人になっていただろうね」

 そう言うと、彼は

「僕はリカルド」

 と名乗る。

「サイトのプロフィールと全く同じですね」

「名前と筋肉とちんこはさらけ出すものだからね」

 リカルドの言葉にくだらないとも思いながらも私も本当の名前を告げる。

「天海……由紀子です」

「……えっ?」

「聞き覚え、ありますよね」

 その名前を聞いた瞬間、彼の顔がたちまち引きつっていく。

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