第16話
電車に揺られること、計三時間。ゆっくりと走るワンマン電車は東京を走る物と比べて、圧倒的に遅く、揺れも少ない。乗客も私を含めて五人ほどしかいない。東京の鮨詰め状態がおかしいのか、はたまた全くと言っていいほど利用者の少ない田舎の電車がおかしいのか。
そんなことを考えながら車窓から景色を眺める。と言っても、曇天の空模様の下、ただ小麦色の畑と茜色に染まった山々が流れるだけ。
天海由紀子との接触からもう半年が経っていた。彼女から話を聞き、事件の全容と彼女の後悔を知った。
僕の父が苦しむ裏で由紀子を含む様々な人間が苦しみ、命を落とした。負の連鎖の先にあるのはただの憎しみだらけの地獄だった。
正直、興味本位で首を突っ込む話ではなかった。ただ、一人の少女が狂っただけと思い込んでいればどれほど楽だったか。
世の中は複雑すぎる。正義も人の心も何が正しいのか私はわからない。法で裁かれないのなら何をもって犯人達を償わせるのか。
彼女のように私刑を下すべきなのか。でも、それは法治国家として決して認めてはいけない。
しかし、法が、警察が機能しなかったから彼女は罪を犯してまで犯人を裁いた。
そして、復讐の為なら愛する人すらも裏切り、傷つける。
一度でも道を踏み外したら突き進むしかない。正義の為なら大罪も犯してしまう残酷さ。
人間は恐ろしい。そのことをただ痛感した。
それは自分自身にも当てはまる。
なぜなら、これから僕は牧野杏奈に会いに行く。そして、杏奈自身から見た、感じた事件の全てを聞くつもりだ。
正直、上司からは反対された。
確かに被害者遺族の話を記事にすれば必ず読者達は食いつく。しかし、加害者ではなく被害者こそ権利を守るこのご時世で少なからず批判が起きる。
それに一番は僕がおかしいと言われた。「何が?」と聞いたら「悪魔に憑りつかれている」と言われた。そして、「好奇心は猫をも殺す」と忠告された。
間違ってはいない。僕は好奇心、探求心という悪魔に憑りつかれ、ゆっくりと冷たい海に引きずり込まれていた。このまま溺死してもおかしくない。
一体、牧野杏奈は天海由紀子のことをどう思っているのか。
今でも愛しているのか。
それとも彼女と同じように憎んでいるのか。
僕はそれを知りたい。そして、その先に起きる真実をこの目で見たい。その目的を達成した時、ずっと僕の心を救う悪魔を祓われるだろう。
「……着いたか」
電車が目的の駅に停まる。
電車から降り、駅を出る。駅前の寂れたロータリーでポツリと停まっているタクシーを見つける。
車内で眠っている運転手を起こすように、窓を叩くと運転手は飛び起き、慌てて身を整える。
運転手は自動ドアを開け、僕を車内へと入るよう促す。折角の昼寝を邪魔されて不機嫌かと思ったけど、そんなことはなく、寧ろ稼ぎ時だと言わんばかりに気合が入っているようだ。
「お客さん、どこに向かうんだい?」
「この住所の付近まで」
僕は牧野杏奈が現在の住所がメモされた紙を運転手に渡す。
すると、運転手は「合点」とカーナビに目的地を設定し、タクシーを走らせる。
田舎だけど意外にも道はちゃんと舗装されていて、運転手の高い運転技術も相まって乗り心地は良かった。
一つ、不満があるとするならずっと森の中を走っているせいで景色が全く変わらないこと。
そんな刺激の少ない時間を大体三十分くらい過ごした頃。
ようやく、森を抜け、小さな集落に入った。見渡す限り、黄金色に染まった田園風景。そして、ポツポツと建っている割と立派な一軒家。
都会では決して見ることのない景色に目を奪われる。
確かに最寄りの駅からも離れたこんな辺鄙な田舎は世捨て人に都合のいい場所だろう。
「お客さん、着きましたよ」
タクシーはある古民家の前に停まる。ここに小原鞠莉が住んでいるようだ。
「ありがとう」
僕はクレジットカードを出し、会計する。
運転手はクレジットカードを返す際、一緒に名刺も渡してきた。
「御帰りの際はこちらにご連絡ください。お迎えに上がりますので」
「それはどうも」
僕は礼を言って、タクシーから降りる。そして、タクシーは来た道を戻っていった。
ふうと一息ついて、私は振り返り、古民家を見やる。
外見は普通の古民家。ここにハーフの美女が住んでいるとは誰も思わないだろう。
僕は高まる鼓動を抑えながら玄関へと向かう。
古びた木製の扉の前に立ち、ベルを鳴らす。すると中から「今から行くわ」と綺麗なソプラノボイスが聞こえてくる。
間もなくして、ドアが開く、中から金髪美女が出迎えてきた。
「あなたが……田中太郎?」
「はい。始めまして。牧野杏奈さん」
金髪美女――牧野杏奈は眩しい笑顔で私を迎えてくれた。
彼女こそがあの天海由紀子が心の底から愛し、そして裏切られ、父親を殺され、ただ闇雲に振り回された悲劇の人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます