第4話
「ど、どうして!」
膝が震える。恐怖で体が硬直し、体が言うことを聞かない。
何故、私の家でこんな残忍な事件が起きたのか?
何故、両親が殺されたのか?
何もわからない。意味が分からない。今、私は何をすればいいのだろう? 頭の中が深い霧がかかったような感じがして苦しくて、怖い。
普通なら真っ先に警察に連絡するだろう。しかし、そのことよりも私は最愛の小百合の安否が気掛かりだった。
「小百合!」
まだ見ていない小百合を探しに、走ってはいけないと釘を刺されていた家の中をドタドタと足音立てながら走る。もう、「はしたない」と注意してくれる両親はもうこの世にいない。
「痛っ!」
廊下を走っていると、何かを踏んだようで足裏に鋭い痛みが走る。一体、何を踏んだのかと一度、止まって確認する。
「アクセサリーの……欠片?」
私が踏んだのは硝子で作られたであろうアクセサリーの欠片だった。
こんなアクセサリーはこの家では見たことがなかった。父は小物などに微塵も興味がなく、母も小百合も身に着けていた記憶はなかった。
ならば、可能性はただ一つ。犯人が身に着けていたものということ。私は急いでポケットからハンカチを取り出し、欠片を包むとまたポケットに仕舞い直す。
そして、再び小百合を探し始める。
小百合だけは生きていて欲しい。強い願いだけを胸に家の中を隈なく探し回る。
真っ先に向かったのは小百合の部屋。しかし、そこには小百合の学生鞄だけがあった。玄関の時点でわかっていたが小百合は帰宅している。もし、小百合が帰宅した後に犯人がこの家に現れたとするなら……。
脳裏に最悪の状況が過る。そんなことはない。小百合も私と同じように帰宅後にこの惨状を目の当たりしたはず。そして、まだ家の中に犯人が潜んでいると判断、若しくはショックで思わずどこかに隠れたのだろう。
どちらにせよ、探し出して小百合と会わなければならない。きっと怖い思いをしているだろう。小さな体を震わせているのだろう。
私は姉として、残された家族として、その体をぎゅっと抱き寄せ、安心させなければならない。
それから浴室やトイレ、寝室や押し入れの中と探し回るも小百合は一向に見つからない。
これだけ探し回っても見つからないということはもしかしたら外に逃げているのかもしれない。それなら今頃、近くの駐在所に逃げ込んでいるかもしれない。
僅かに希望が見出される。
しかし、光があれば影が生まれるように一つの絶望が脳裏を過る。小百合が見つからないのも何者かによって誘拐されたのではないか?
もしそうなら、それこそ発見は絶望的だ。
不安と希望が複雑に混ざり合う。ぶんぶんと頭を振るう。小百合はきっとどこかに隠れてやり過ごせている。もしくは逃げ延びている。だから大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「後はここだけ……」
家の中を探し尽くし、残るは庭にある小さな物置だけ。
もし、ここにいなければ急いで駐在所に向かおう。
きっとそこに小百合はいるはずだ。そうであって欲しい。
あれほど探し回していたのに今では見つかって欲しくないと思い始めていた。
私は無心になって、物置の戸を開ける。長年使われていなかった筈なのに、戸の鍵は開いていた。
灯がない物置はまるで夜のように暗く、独特の埃臭さが相まって不気味さを感じさせる。
「小百合!」
物置の奥には小さな少女が小さく蹲っていた。
黒髪にショートヘア。小百合に間違いなかった。
呼びかけるも小百合は全く反応しない。緊張から解放されて、眠くなってしまったのだろうか。
「良かった……」
ゆっくりと小百合に近づき、起こすために肩を揺らそうとする。
目覚めたら直ぐに近くの交番に向かおう。そして、保護してもらおう。
そう思い、私は小百合の肩に触れる。
希望は音を立てて、粉々に砕ける。
ほんの少しだけ力を入れすぎただけなのに、小百合はまるで糸の切れた操り人形のように力なく冷たい床に倒れる。
「え……?」
私の体はまるで石膏のように固まって動けなくなる。
小百合が蹲っていた周辺の床は円形状に赤く染まっていた。
そして、小百合が倒れ、始めて気付いた。小百合の服が赤く染まっていることに。
「嘘……よね……。こんなところで寝ていたら….…風邪ひくよ……」
受け入れがたい事実に畏怖し、信じまいと恐怖で呼吸が荒くなる。
小百合は私に声に一切の反応を示さない。それどころか寝息の一つも立てない。
「どうして……こんなことに」
ほんの数時間前まではいつものように話していた小百合はもういない。父も母も、みんな殺されてしまった。
苦して、辛くて……何より何も残っていないという虚無感
無邪気に「お姉ちゃん」と呼んでくれたあの声を聞くことはもうない。
私は小百合の亡骸を強く抱きしめる。
今までの柔らかく、暖かさはなく、ただ固く冷たさだけ。
受け入れるしかなかった。
この世にはもう私の家族はいないということを。
二度と家族のぬくもりと幸せが味わえないということを。
私は大声を上げて、泣き叫ぶ。辺りの音をかき消すほど騒がしい雨の中で。
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