宵の住人は振り向かない
久慈川栞
宵ヶ丘へようこそ
タタタン タタン タタタン タタン
規則的な音とともに電車は進み、乗客が同じように体を揺らす。揃って揺らめく様は、さながら海中のイソギンチャクのよう。皆一様にスマートフォンや本に目を落としているか、或いは目を瞑って寝ているのか寝たふりをしているのか。電車は夕焼けを吸い込みながらゆっくりと速度を落とし、駅に停まった。吐息とともに開いた扉から人々が吐き出され、そして新たに飲み込まれていく。
『ーー当電車は、快速に変わります。終点、宵が丘まで停まりませんので、ご注意ください』
車掌の籠った声が車内を通り抜けて、そして扉は閉まった。乗客は再び海中を揺らめく。窓の向こう側をただ通過するだけの住んだことのない土地が走り抜けて、そこには確かに人が住んでいる筈なのに乗客はそんなことを気にも留めない。ただ黙って揺れるだけだ。
トンネルに入り、抜ける。乗客の一部に角が生えている。三つ目の駅を通過する頃には足の数が増減している乗客がいる。
『まもなく、宵が丘。宵が丘』
電車が再び速度を落とす頃には、人の姿をしている者は唯ひとりとなっていた。スーツを着たサラリーマンのひとりは目が消え、本来髪があった部分から伸びた触角の先に移動している。黄昏色のネイルが反射するOLは、スカートの下から毛のそよぐ大きな尾がまろび出て、爪は大きさと鋭さを増していた。
宵が丘の駅はさほど大きくない。手しかない駅員が誤って迷い込んでしまった者がいないか指を光らせている。ただ一人の彼女は漆黒のリュックを背負い何食わぬ顔で改札を通り抜けて駅前通りに出た。幼児が積み木を適当に積み上げ、気に入らなくて薙ぎ払ったような街並みが広がる。
「あら、なっちゃん」「なっちゃんだわ」
背後からの呼び声に振り向くと、妙齢の女が手を振っていた。
「学校帰り?」「おかえり」
よく似た二面の顔が交互に喋る。彼女はにこりと笑い頷いた。
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