5.世界の理

16.

 少女に連れられ、食堂に通された。


 そこは長机が丁度収まるくらいの狭い空間だった。天井には王冠型の燭台しょくだいが吊るされ、いさり火のようなともしびが光っていた。壁面には見たこともない抽象画が飾られ、戸棚には幾何学的な形をした小物が陳列していた。決して豪奢ごうしゃな空間とはいえないものの、趣のあるしつらえをしていた。


 優しげなお婆さんは台所へと向かう。僕は少女に促されるまま木の椅子に座り、恥じらいながらご厚意を待っていた。


「……」


 食卓だというのに、何処からかチョロチョロと水流の音が聞こえてくる。音のする方向を見やると、戸棚の上に観覧車のような小物が可動していた。


 それを不思議そうに眺めていると、様子を見兼ねて少女が教えてくれた。


「それはね、この世界の時計なの。を刻む水流式の時計。一番上に位置する容器の水が全て滴り落ちると、少し回転して次の時刻へと進む。それを永遠繰り返すってワケ」


 水流式の時計。素材は木材と思われる。見た目は水車のようだ。観覧車でいうゴンドラの部分に、砂時計みたくくびれた水入りの透明な容器が取り付けられている。


 少女の言う通り、頂点に位置する容器内の水だけが落ちるようだ。水の落下が終了すると容器は反転し、水車が小さく回転する。そしてまた次の容器の水が落ち始める、という具合だった。


「……こんな素敵な時計、初めて見たよ」


 僕は思わず感嘆した。


 完全なデジタル化を実現した現代では物理的な時計を見る機会が皆無かいむに等しい。eye《アイ》の急速な普及で腕時計すら持ち歩かない時代である。


 対してこちらの時計は針でこそ刻んでいないものの、ゆったりとした時間を内包し、何より鑑賞物として価値のある素晴らしいものだった。


「近づいてみていい……?」

「もちろん」


 僕は好奇心に駆られ、一言断ってから時計をまじまじと見つめた。


 それぞれの容器にはこれまたよく分からない原語が印字されている。これは僕達の世界でいう"数字"を表しているのだろう。

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