ぼっちな俺を振り回す、小悪魔な幼女

ハクセイ

第1話 ぼっちな俺を振り回す、小悪魔な幼女


 俺の名前は、犬飼一成。ごく普通のボッチである。

 だが、ひょんなことから、俺のボッチ生活は大きく変わることとなる。

 まずは俺の回想シーンに付き合って欲しい。


 それは高校二年生の二学期。

 始業式が終わり、本格的に授業が始まった九月二日のことだった。

 その日、俺は校長先生に呼ばれ、校長室へと向かっていた。


 ん? 校長先生に呼び出されるってやばくないかって? 確かに、普通の学校だったら、それはやばい事なのだろう。しかし、この学校は少し変わっているのだ。

 少なくとも俺にとってこの学校は、変の極みにあると思ってくれて構わない。

 目的地の校長室についた俺は扉をノックする。


「入れ」


 中から、それなりに若い女の声が聞こえる。もはや聞き慣れた声だ。そして願わくば、あまり聞きたくない。俺は心底だるそうに扉を開ける。


「しつれいし――」


 と、その時だった。


「いっくーーーん!」

 

 突然、小さな影が俺の股間目がけてダイブしてきた。


『――キン!』


 俺の○玉に凄まじい衝撃が伝わる。


「ぐおおおおおおおおお!」


 俺は尻を頂点とした、山折りような形で床に倒れる。きゅうっとみぞおちに気持ち悪いものがこみ上げてくる。この言葉にしようのない痛み。まさしく男の定めだ。

 両の手を股間に押し当て悶えていると、犯人の声が聞こえてくる。


「いっくん! ちぃね、ず――っといっくんに会いたかったの! だから、今日は、すっごくすっっごく、うれしいの! ねぇねぇ、何して遊ぶ?」


 自分のことをちぃと呼ぶこいつの名は犬飼千里。俺の従兄弟に当たる幼女であり、俺の最も会いたくない人種だ。

 千里は両側に垂らしたおさげを嬉しそうにピコピコとしている。普通に見れば、ただの可愛い幼女なのだが、いかんせん俺に懐きすぎていてやばい。

 して、なぜか毎回俺の股間目がけて突進してくるので、俺の本能的に一番会いたくない人物に認定されている。

 

 いや本当、まじ怖いの。

 

 恐らく千里は、俺が今、どんな状況にいるのかまるで理解していないかったのだろう。

 満面の笑みを浮かべ、俺にずっと話しかけている。実に嬉しそうだ。対し俺は、

「ぐおおおおーー」

 未だ悶えていた。


「おかあさん!どうしよう。いっくんがかいじゅうになっちゃった! ぐおおおーしか言わないよ!」


 そして、お母さんと呼ばれる人物こそ、この高校の校長。犬飼理津子である。彼女は、俺の父の妹に当たる。つまり、叔母だ。

 ちなみに叔母は、幼い頃から俺をおもちゃにして遊んできたので、俺の理性的に最も嫌いな人種に認定されている。


「大丈夫だ千里。あれは、高校デビューに失敗して、新学期早々ボッチになった、ただの可哀想で可哀想な、実に可哀想な奴だから」


 ……おい。まったく答えになっていないぞ。

 それと可哀想を三回も言うな。 俺はかわいそくない!

 俺はそんな意志を込めて、叔母をにらみつける。


「なんだ?一成? 駄目だぞ。なにか言いたい時は、ちゃんと立ってから話さないと。ほら、はやく立って、飛ん、ふっ、どけ」


 このババア、今一瞬笑いやがったな? 貴様には、この痛みが分からんから笑えるのだ。これをもし男が見たら多分顔を青ざめるぞ。

 

 それはそうと、跳ぶか。


 千里が心配そうな顔をする。


「いっくん、大丈夫?」

「お、おう。こ、これくらいどうってこと無いぜ」


 ぴょんぴょんしながら答える俺。なんとも格好のつかない感じだ。


「そうじゃなくて、ひとりぼっちは大丈夫?」

「グフッ……」


 幼女にボッチを心配される。五〇の精神ダメージ。


「いやぁ、やっぱり一成は面白いな。その様子なら、千里を任せても大丈夫そうだな」

「どこをどう見たらそう見える。おまえの目は節穴か!」


 俺のツッコミを無視し、叔母は自分の要件を口にする。


「一成。校長命令だ。おまえ今日から学校にいる間、千里の面倒を見ていろ」


「…………はぁ!?」


 と、いうことがあった。以下長くなるので略。

 要点をまとめると現在、近くの保育園と幼稚園に空きがなく、次に空きがでるのは当分先だから、それまで面倒を見てくれ。とのこと。「自分で見ろよ!」という俺の反論は、「仕事がたまってんだよ!」という鬼気迫る叔母の言葉により却下された。


 さて、回想は終わりだ。


 賢い君たちのことだ。

 もうすでに理解していると思うが、今や、俺たちはクラスの注目の的だ。

 今は休み時間。机の周りには女子たちが集まってきている。

 

 可愛い~。とは言っているが、実のところ、こいつらは幼女を可愛いと言っている自分可愛い! という打算があって言っているに過ぎないビッチ共だ。

 俺には分かる。

 と、その中の女子Aが千里に大量の飴を渡そうし、それを大喜びで貰おうとする千里に俺は注意する。


「千里、貰いすぎだ。そんなに沢山食べたら昼ご飯食べられなくなるだろうが」


 俺の膝の上に座っている千里が、不思議そうな顔で見上げる。


「いっくん。もらえるものはもらえるときに、もらえるだけもらっておかないといけないんだよ……?」


 な……なんという意地汚さ。誰だ!! 千里にこんな教育をした奴はッ!!!


「お母さんがそう言ったのか?」

「ううん。いっくんだよ」

「……えっ?」


 まさかの俺だったようだ。

 注意した手前、俺はなんだか居たたまれなくなり、キョロキョロする。すると、先ほど千里に大量の飴を渡そうとしている女子Aと目が合う。


「あ、一成君も飴食べる?」


 なんということだ。この子はそこら辺の女どもとは違う。俺は勢いよく答える。


「是非、お願いいたします!!!」

「え、即答とか、きも」


 前言撤回、このくそビッチが!!!

 

 などと会話をしていると、千里が胸元をぎゅっと握りしめてくる。

 千里は目をこすりながらあくびをしていた。どうやら眠たくなったようだ。まったく子どもはいつもよく分からんタイミングで寝るな。


「いっくん。だっこ……」

 

 と言う千里。くっ。ちょっと可愛い。

 ビッチ共が再び「きゃああ!!」騒ぎだす。

 馬鹿かお前たちは! 全くせっかく眠ろうとしているのに大きな声を出したら起きるだろうが! 

 注意しようとしたとき、天使が現れた。


「皆、しーーっだよ? ほら、千里ちゃん寝てるんだから、この休み時間はこれでおしまい。さ、皆そろそろ授業始まるし、席につこう?」


 隣の席の天川一花さんだ。長くて美しい黒髪に、すらっとしたスタイルを持ち合わせたこのクラスの、否この学校のマドンナ的存在の美少女だ。

 彼女の鶴の一声により、皆が席に戻る。と天使がこちらを見て、微笑む。


「千里ちゃん、懐いてるね」


 ……何これ。幸せなんだけど。


「う、うん……ま、まぁね」


 くそう。こんなところで、ボッチの弊害が!


「それにしても、意外だったな。一成くんって子どものお世話するの上手なんだね。私もさ将来は保育士さんになりたいから、一成くんたちを見てると、こっちまで幸せな気分になれるよ。だからさ……ありがとうね?」


『あ、この人と結婚しよう』

そう決意した瞬間であった。


そんなこんなで、初めは苦手だったクラスメイトたちとの会話も千里を通してなら、俺は会話できるようになっていた。そうして会話を繰り返すうちに、いつしか俺個人に対して話しかけてくる人もちらほらと出てくるようにもなった。


千里は俺の日常を変えてしまった。だけど、その日常は、俺にとってかけがえのないものになった。


そんなある日のことだった。


「入園先が決まった?」

「ああ。どうやら、千里もえらく気に入ったみたいでな。私としても申し分ないし、入園させることにした」


 叔母からそう告げられる。


「そっか。元々そういう話だったし、決まってよかったじゃん。けど、まだ入園まで期間があるだろうし、それまでは俺が面倒をみるよ」


 少し寂しいが仕方ない。そう思い、提案をしたが、しかし、帰ってきたのは予想外の答えだった。


「千里なら来ないぞ」


「……は?」


 突然の叔母の言葉に固まる俺。


「いやな。千里が、ちぃが近くにいるといっくんに迷惑かけるから。って言ってな、一人で入園までお留守番するって言ったんだよ」


 そのとき俺は初めて自分のことが嫌いになりそうだった……。

 千里は一人が嫌いだ。前に俺が千里の家に行ったとき。一人でお留守番していた千里は、部屋の隅で丸まってしくしくと泣いていた。

 俺は知っているはずだ。一人がどれだけ辛く寂しいものか。構ってくれる人のいない空間がどれだけ退屈で、憂鬱になるのかを。


 そんな思いを千里は自ら……。しかも俺を気遣ってが理由ときた。

『ふざけんな』

 幼児に気を遣われるなど、こんなに惨めな気分はない。

『ふざけるな』

 俺に遠慮なんてしてんじゃねーよ。

『ふざけろ』

 俺と千里の間に、もはや普通なんてものはなくていいんだ。


――だから、


「……叔母さん。鍵、かして」


 俺は駆けだしていた。運動のしていないせいか、すぐに息切れを起こす。だが、足を止めることは許されない。部屋の隅で丸まっている千里のことを思うと、走るしかないのだ。

 俺は腹が立っていた。幼女に気を遣わせるだらしない自分と、それから俺の気持ちを勝手に決めつける千里に、本当に腹が立っていた。

 俺はあの日常をそれなりに気に入っていたというのに、あいつは勘違いをして自ら離れようとした。


 そんなの、会って、一言文句を言ってやりたくもなる。


 俺はもつれそうになる足に鞭を打ちながら走る。

 そして数十分が経った頃、俺は千里の家の前に着いていた。

 切らした息を整えるため、大きく呼吸をし、最後に、「ふうー」と息を吐く。 

 よし、体力も気持ちも落ち着いた。後は、千里に会うだけだ。

 俺は叔母さんから借りた鍵でロックを解除すると、勢いよく扉を開け――るその時であった。


「いっくーーーん!」

 ……あ、デジャウだわ。これ。


『キン!』

「ぐおおおおおおおおお!」


 再び尻を頂点とした、山折りのような形で倒れる。千里が嬉しそうな顔をする。


「あのねあのね、男をたぶらかすには、手に入らないと思わせることが一番、こうか的なんだよ」


 その言葉を聞いて、一瞬ですんとなるのが分かった。俺は問う。


「…………千里? それ、誰から教わった?」

 

 千里が考えるふりをする。


「うーん。わかんない」

「お母さんだろ?」

「違うよ~?」


 嘘つけ!と、心でツッコミをいれると同時、俺ははっとする。


「……おい、まさか、入園先が決まったというのも嘘なのか?」

「うんん。それはほんとだよ?」

「そうか。で、その保育園の名前は?」


 千里が元気よく答える。

「いっくん保育園だよ!」


 あー、うんうん。いっくん保育園ね。やっぱり、


「俺じゃねーかァァ!!!!!!」


 これは幼女を矯正させようと奮闘する物語である。


――――――――――――――――――――――――――――――――


ぴーえす。おかあさんへ、いっくんを家につれてきてください。

                          ちさとより。


(完)

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