第310話 汎用人型最強遊具

 納得がいかない。すこぶる納得がいかない……。


 お父様とオヒシバが放り投げ、タデとヒイラギが砕いた岩を私は集め、荷車に載せることを繰り返している。

 結局私は他の者たちが作業をしているのを黙って見ていることなんて出来ず、ツルボと共にひたすら動き回っているのだ。


 私もまたお父様と同じく、体を動かし何かをしていないと駄目なんだと気付いた。マグロのように泳ぐのを止めると死んでしまうわけではないが、見ているだけなんて出来ない。

 このことから、お父様に似ていると自覚してしまったのが一つ目の納得がいかない理由だ。


 そして二つ目の理由はテックノン王国側にある。


『ニコライ様が言っていたお姫様を見たかったな』


『あぁ。あの女の子はとても可愛いが、お姫様ではないだろ? お姫様って、もっとこう……なぁ?』


『それにとても立派な王様がいるとも言っていたが、二人とも忙しいのだろう。会えなくて残念だ』


『あんな小さな女の子まで働くなんて、本当に大変なんだな。そもそも国があるなんて信じられなかったけどな』


 作業員たちが作業をしながら小声で話しているのだが、カクテルパーティー効果により聞こえてしまうのだ。断じて私の耳が良いわけではない。


 ニコライさんは私たちを『カレン嬢、モクレン様』と呼ぶが、その二人が噂の姫と王様とまでは説明をしていなかったらしい。ニコライさんの知り合いくらいにしか思われていないようだ。

 タデとヒイラギは『姫』と呼んでいるけれど、王様であるお父様を呼び捨てにしているし、私の愛称くらいに思っているのだろう。


 考えてみれば、いや、考えなくても大きな岩を笑顔で放り投げる王様なんていないだろうし、スコップでホームランを打つ姫なんてどこにもいないだろう。

 さらには、自らの手を汚して率先して岩を集め走り回る姫なんていないはずだ。『お姫様!』とチヤホヤされたいわけではないが、心中はモヤモヤとし納得がいかないのだ。


 聞こえないフリを徹底して作業をしていると、タデが叫んだ。


「モクレン!」


 普通の人であれば持ち上げることも困難な大きさの岩を放り投げ、今は普通の大きさの岩を軽々と投げていたお父様が岩山から降りて来た。

 ちなみにその岩山は、お父様とオヒシバのおかげで今ではだいぶ小さな山となっている。


「どうした? 何かあったか?」


「先程ニコライ殿に聞いたのだが……」


 タデが私にも手招きして呼び、お父様に説明をする。今日はこの場に作業員しかいないが、明日テックノン王国の王様が来て簡単な開通式をやりたいとのことだった。

 ちなみにニコライさんとマークさんは慣れない肉体労働のせいか、皆の邪魔にならない場所で完全に伸びている。ニコライさん本人は「体が鈍っていますね……」と言い訳をしていたが。


「なのでお前たち父娘は一度戻ったらどうだ? さすがに他国の王に会うのに、その格好はないだろう」


 改めて自分の服を見てみれば、土埃に砂埃、さらに石が砕けた粉まで隅々まで付着している。


「……帰りたいのはお前たちだろう?」


 お父様は少し考えた後にそう言ったが、タデは「今日明日ではないはずだ」と言う。

 出産の近い奥さんが心配だろうに、ヒーズル王国の面子を立てることを優先しようとしてくれている。


「しかし……」


「大丈夫だ。レンゲやおババも側にいる。何も問題はない」


 タデを心配するお父様だが、タデは真面目な顔でそう言いきった。

 そうまで言われてしまえば、私もお父様も戻らないわけにはいかない。今度は私たちがタデの面子を立てることにした。


「お父様、直に日が暮れるわ。急いで帰りましょう。タデの言う通り、さすがにこの格好で会うのは向こうに悪いわ」


「そうだ。明日は思いっきり着飾って来い」


 そう言ったタデは笑ってお父様の肩を叩いた。お父様はその肩を撫で、少年のように笑った。


「分かった。ここは任せたぞ」


「あぁ。明日には平坦な道にしておいてやる」


 こうして『お父様』と『お父さん』はハイタッチを交わした。

 それを遠目に見たヒイラギが現れ、一部始終を話すと「暗くなる前に早く戻って」と私たちを心配してくれる。

 二人の勇姿は、それぞれの奥様に伝えねばならない。


 オヒシバとツルボにも話をしたが、ツルボは笑顔でこの場に残ると言った。だが問題はオヒシバである。


「頭にモヤがかかっているようで……私は広場には戻らないほうが良い気がします……」


 どうやら軽い記憶喪失となっているらしく、私たちはその言葉に上手く反応が出来ず、かと言って励ますことも出来ず、お父様が「……この場を頼む」と言い残して岩山を越えた。


「カレンよ、疲れているのか?」


 歩き始めるとお父様は不意に質問をした。


「そうね……さすがに今日は疲れたわ」


 正直な感想を言うとお父様が笑う。


「いつもより歩く速度が遅いのでな。背負ってやろう」


 優しく微笑んだお父様はそう言いながらしゃがみ、疲れていた私はそのままお父様の背中にしがみついた。なんだかんだ言っても、私はやはりお父様が好きなのだ。


「では行くぞ」


 お父様は肩ごしに私を見てそう言うと、一歩ずつゆっくりと歩き出す。だが何だか様子がおかしい……。


「おと……お父様!? ……あぁぁぁぁぁぁ!!」


「はははは! カレンよ! 口を閉じろ! 舌を噛むぞ! 早く帰ろうではないか!」


 やはりお父様はお父様だった。私を背負ったまま、人とは思えぬスピードで走り出し、私は異世界に転生したのに人力……いや、人型ジェットコースターを味わったのだ。

 以前お父様はクジャを背負って走ったが、脳内だけは変に冷静な私は、あの時はかなり気を使って走っていたのだと悟った。


 前言撤回である。通常のお父様は好きだが、こういった部分は娘でも引くのだ……。

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