第309話 ホームラン
砂埃などが落ち着くのを待ち、複雑な思いを抱えたまま監視小屋まで戻って来たが、小屋の一部は崩れた岩の下敷きになっている。
あのままここにいたら危ないところだったと、皆と共にホッと胸を撫で下ろした。
「……まぁー! ……うー!」
「あら?」
山が崩れたおかげか、どうにかニコライさんの声が私の耳にも届いた。明らかに「モクレン様、カレン嬢」と呼んでいるに違いない。
「……どうにか聞こえる感じね」
誰に、というわけではないが、独りごちるとお父様は崩れた岩をヒョイヒョイと駆け上がる。お父様が登るということは安全だと判断し、私もその後に続くと背後から吹き出す声が聞こえる。
振り向けばタデとヒイラギが顔を真っ赤にし、笑いを堪えている。
「……似ていないわ」
二人に真顔でそう言えば、声を出して笑い始めた。これは似ているのではなく、純粋な私の知的好奇心からの行動なのに。
それを言うと「そういうところだ」とタデに笑いながら言われ、軽くショックを受けてしまった。
「カレン、見えるか? 聞こえるか?」
私たちのやり取りを気にしていなかったお父様に話しかけられ、岩の上からテックノン王国側を見てみると、まだ砂塵が舞ってはいるがなんとなく人影が見える。
鼻と口を塞ぎ、どうにか目を凝らして見るが、人の顔までは判別出来ない。
「ニコライは一番後方にいるぞ。私たちに誰も気付いていないな。行くぞ」
そう言ったお父様は楽しそうに岩を降りていく。お父様の後を辿り、私も難なく地上へと降りた。
私たちの気配に何人かが気付いた頃、お父様は声を張り上げた。
「ニコライ! 久しいな! 口だけではなく、しっかりと体を動かせ!」
「ややっ! モクレン様!?」
名指しされたニコライさんと思われる人影がこちらに向かって走って来る。
「ニコライさん!」
私が叫ぶと、ようやく目視が出来る場所にニコライさんが到着した。いつもの品の良い服ではなく、作業服のようなものを着ている。
「カレン嬢ー! お会いし……」
「待って」
笑顔で駆け寄って来ようとしたニコライさんのいつものセリフを遮り、私は淡々と話す。
「ニコライさん? いくら汚れをつけたところで、手を見たら作業をしたかどうかなんてすぐに分かるわよ」
その言葉を聞いたニコライさんは立ち止まり、目を見開いて口を固く閉じた。まさに『なぜ!?』という表情だ。
「大丈夫だカレン。最後のほうはニコライも働いていたぞ。私は耳が良いのだ。全て聞こえていた」
微笑むお父様の言葉を聞いたニコライさんは、錆びついたブリキのおもちゃのようにギギギ……、とお父様を見つめた。ニコライさんはまだお父様の超人さを知らないのだ。
「再会の挨拶よりも、先にここを片付けてしまおう。カレンよ、岩はテックノン王国へ運ぶのだったな?」
「えぇ」
「ニコライ! 荷車なり何なり早く用意しろ!」
体を動かしたいと思われるお父様が叫ぶと、テックノン王国側の皆がざわめく。気付けば背後にはタデとヒイラギがおり、道具を借りると言いながら勝手に近くにあった道具を手にすると、それを見たお父様はウキウキ顔でまた岩を登り始めた。
「姫、おそらく危険なことが起きる。起きないわけがない。少し離れていろ」
お父様と長年の付き合いのタデは溜め息混じりでそう言い、私はヒイラギに手を引かれ安全と思われる場所に避難させられた。
ここにもたくさんの道具が置かれており、道具置き場として何かがあっても大丈夫な場所なのだとニコライさんたちは判断したのだろう。
お父様のことだ。きっとまたおかしな行動を起こすに違いない。そう思っているうちに、ヒイラギがタデの近くに到着するとお父様が叫ぶ。
「行くぞ!」
私と同様に、不穏な空気を察したテックノン王国勢は一歩下がる。と同時に、「ふんっ!」というお父様の声が聞こえた。
……ドスッ!
なんとお父様は岩の頂上でバランスを取りながら、足元の崩れた巨大な岩を投げたのだ。砂と土が混ざったような地面に落ちた岩は、当たったら即死を免れないような音を響かせていた。
「モクレーン! 広範囲にねー!」
お父様の奇行に慣れているヒイラギはにこやかに叫ぶが、私とニコライさん一同はあり得ない光景に時が止まったように動けずにいる。
タデにいたっては、投げられた岩を道具を使って黙々と砕いて、運びやすい大きさに加工している。
さらに岩が投げられると、その軌道を確認しながらツルボが岩を駆け下りて来た。
「運びます」
そう言って小さくなった岩をいくつか抱え、私の近くに置いていく。ここでようやくテックノン王国の作業員たちが「荷車ー!」と、叫びながらバタバタとし始めた。
「お? オヒシバ、いけるか?」
少し驚いたようなお父様の言葉が聞こえ、そちらを見るとお父様の横にはオヒシバが無表情で立っている。いろんな意味で危険を感じてしまう。
オヒシバもまた岩を持ち上げ、お父様ほど飛距離はないが岩を投げた。するとすぐにまた岩を持ち上げ、落ちた岩に狙いを定めて投げた。
……これはきっとストレスからの破壊行動なのだろう。もうオヒシバを止めることは誰も出来ないほどに、岩に向かってピンポイントで岩を投げている。ぶつかり合ってガーン! ガーン! と鳴り響く音に、お父様すら軽く引いている。
いろんな意味でその場の全員がオヒシバを心配し始めた頃、砕け散った小さな岩……というよりは石が私を目掛けて飛んできた。
「しまった! 姫! 避けろ!」
予想外の出来事だった為か、タデが叩き落とそうとしたが間に合わず焦ったように叫ぶ。
ただ、私は妙に冷静だった。向かって来る石の軌道を見ながらも、体が勝手に動いていたのだ。何かを握りしめ、そして前世の記憶を頼りに自然に体が動いた。
「セイッ!」
『ガキィィィン!』
姫どころか女子らしからぬ雄叫びを上げ、気付けば私は金属製のスコップを振っていた。石はスコップに当たり、その打ち返した石はオヒシバの頬を掠め遥か彼方へと飛んでいく。
綺麗に振り抜いたスコップは私の手を離れ、ザクッという音と共にニコライさんの足元に突き刺さった。
辺りには静寂が訪れ、どの方面からも何か言いたげな視線を浴びてしまう。そんな中、叫ぶ者がいた。
「ひひひ姫様〜! 私はなんてことを……!」
予想だにしない私の強烈なホームランを浴びたオヒシバは、どうやら正気に戻ったようである。慌てふためき、いつものオヒシバに戻っていた。結果オーライである。
ただそんな中で、タデとヒイラギの「あの身体能力……」という呟きだけはハッキリと聞くことができた。私は今一度「……似ていないわ」と告げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。